第13話 撮影風景
やがて車は大きな建物へと到着。
ここが中村スタジオらしく、既に撮影を担当するカメラマンやディレクターの方々が集まっていた。
ここで俺を待ち受けたのは、塚本さんが言ったように力任せの仕事だった。
そう、着いた途端に早々やらせたのだ。
ダンボールをスタジオ内まで運ぶというシンプルなもの。
そのダンボールの中にはあらゆる機材が入っていて、どれも高価なものらしい。今回の撮影を仕切るディレクターに落とさないでくれと釘を刺されたものだ。
さぞかし大変な作業になるかと思っていたら……そうでもなかった。
「いやぁ、君がいて助かったよ! こんなにも重いのを運べるなんてやるじゃないか!」
「いえいえ。こういうのは慣れているので」
なんとか無事、ダンボールを運び出す事に成功した。
実は実家の隣に何でも屋さんがあって、その社長から手伝いを頼まれる事がたびたびあったのだ。
重い荷物が中心なので、自然とこういう作業に慣れてしまったらしい。
「そんな謙遜に言わなくてもいいんだがなぁ。せっかくだから撮影も見ていくかい? 瀬名ちゃん達の雄姿を拝めるぞ!」
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて……」
俺はディレクターのご厚意を受け入れ、瀬名さん達の到着を待つ事にした。
直後として、塚本さんがこちらへとやって来る。
「やるじゃないか。あの作業に音を上げるスタッフがいるというのに」
「どうも。まぁ大変なんだろうなぁってのがよく分かりましたよ」
「モデルを最高のアドバンテージで撮影するからな。手抜きなんて許されないんだよ」
なるほどね。この業界の事はよく知らないけど、適当なのは駄目って事か。
そんな時、ディレクターの高らかな声がしてくる。
「おお、来たか瀬名ちゃん! じゃあ始めるよ!!」
「はい、よろしくお願いします」
写真映えしそうな服装に着替えた瀬名さんが来たのだ。
彼女が白い背景を背にした後、いよいよ撮影が始められる。
――カシャ! カシャ! カシャカシャ!!
「瀬名ちゃんいいよぉいいよぉ! 次は流し目をして!」
機材照明に包まれたスタジオ、カメラや反射鏡などの小道具を持ったスタッフ、そのスタッフに指示をするディレクター。
そしてカメラのフラッシュに焚かれ続けられながら、艶やかなポーズを繰り出す瀬名さん。
こちらを誘うような流し目をしたり、口元に指を置きながらウインクをしたりと、その仕草1つ1つが実に蠱惑的だ。
まさに未知の体験。
塚本さんが言っていた手抜き云々の意味が分かったような気がした。
「今回の雑誌、爆売れ間違いなしだな」
「ああ。俺も前々から雑誌や写真集買ってきたんだけどさ、その事を彼女にバレたんだよ。それで怒られると思ってたら『瀬名ちゃんだ! やっぱ可愛い!』だなんてテンション上げ上げ。こっちがビックリしたよ」
「結構女性人気も高いからな。もし彼女が瀬名さんと出会ったら、抱かれてほしいとか言うんじゃね?」
「NTRかよ。でも悪くないかも」
スタッフの内容はともかくとして、瀬名さんの女性人気も高いと。
そもそもこのスタジオに女性のスタイリストやヘアメイクがいるけど、誰もが瀬名さんに対して熱い視線を送っている。
微かに「瀬名さん憧れるなぁ……」という声も聞こえてきた。
「どうだ? 佐矢香の仕事ぶり」
その様子を見ている時、塚本さんが尋ねてくる。
彼女の表情はどこか誇らしげなようだった。
「なんというか……臭い表現ですけど、見る者を心打つと言いますか。素晴らしいと思います」
これだけクオリティーの高いポーズをしてくれるのだから、それは雑誌の売り上げが上昇する訳だ。
後で『ヤジマ』の雑誌、探してみようかな。
「そっか。それで、君は本当に佐矢香と一緒に住んでいる訳だね」
「……ええまぁ、さっきも言ったんですけどね」
そこを念押してくるのな……。
俺は誰かに聞かれていないかと周りを見てしまう。
「別に周りに明かすつもりはないよ。佐矢香にも迷惑がかかるからね」
「はぁ……」
「実は私、前々から遠縁の男をアパートに住まわせる事を聞かされたんだ」
それを聞いて「やっぱりか」と思った。
さっきから俺の存在に慣れているように見えるのが、その証だ。
「『引っ越しに困っている子がいるから、どうしても力になりたい』『塚本さんの迷惑にはならない。もし何かあったら自分が責任を取る』って言ってな。苦く思ってしまった私だったけど、つい彼女の熱意に負けてしまったんだ」
「そうだったんですね」
「まぁ、前に年下の男の子が好きとか言ってたのも関係あるだろうな」
「へっ、年下?」
「もしかしたら友田君、佐矢香のターゲットにされているかもな」
瀬名さんが俺をターゲット……しかも年下好き?
「ハハッ、いやまさか。俺なんてどこにでもいる平凡な奴ですし、住まわせたのも絶対同情からですよ」
「……あっそ。君がそう思うのならいいんだけど」
「?」
「とにかくだ、あまり佐矢香の事を困らせるような事はしないでほしい。それと彼女へのセクハラは言語道断。何かあったらすぐに分かるからな」
「俺がセクハラするような人に見えますかね?」
そんな事をすれば、それこそ父さんや亮に殺されてしまうよ。
というかやっぱり俺、塚本さんに警戒されているよなぁ……。
もちろんモデルを大事にするのは、マネージャーとして至極当然の事。
なので塚本さんが俺を警戒する事に対して、『不安』はあるが『不満』は一切ない。
むしろ瀬名さんを心配するなんて、塚本さんはすごく優しい人なんだろう。
俺の事を警戒しつつも、なんやかんやで仕事を与えてくれているし。
頑張らなきゃな、バイトの仕事。
「塚本さん、こんな俺なんですけどバイト頑張りますので。これからもよろしくお願いします」
「そうか」
「それと、優しいんですね。瀬名さんの事をよく想っているのが分かります」
「……そう煽てても給料は上げないけどな」
何故かそっぽを向く塚本さん。
……もしかして照れてる?
「辻城小春入りまーす! よろしくお願いしまーす!!」
「おお、やっと来たか! じゃあ打ち合わせ通りにお願いな!!」
「はーい! では佐矢香さん、どうぞ!」
「はいはい。じゃあ顔をこっちに」
辻城さんが顔を近付けさせると、その顎をクイっと持ち上げる瀬名さん。
ほぉ、百合ですか。大したものですね……。
気付けば、女性陣から黄色い悲鳴が沸き上がる。
辻城さんの頬にも紅が差して、実に蕩けそうな表情になった。
「えへへ。瀬名さんの指、ひんやりしてて気持ちいいです……」
「もうこの子ったら。では撮影どうぞ」
再びフラッシュが焚かれる中、今度は瀬名さんと辻城さんが互いに顔を近付かせた。
つまりあと数センチでキスしそうな勢い。
「見て、瀬名さんと辻城さんのキス寸前!」
「はぁ……いいなぁ……」
この通り、女性陣は色めき立ち中である。
かく言う俺も少し興奮してしまっているけどね……百合って悪くないし。
「……!」
俺と瀬名さんの目が合った時、瀬名さんがニッコリしてきた。
目をそらしたけど、代わりに顔が熱くなってしまった。
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モデルの仕事のやり方とかは自分なりに調べたのですが、現実とはやや違う事もあるかもしれないのでご了承ください(モデルの仕事なんてやった事ないので)。
「面白い」「続きが気になる」と思った方は、ぜひとも☆や♡やレビューよろしくお願いします!
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