第12話 佐矢香さんの後輩

「勇人君、彼女が塚本理奈つかもとりなさん。私達のマネージャーであるの」


「塚本だ。よろしく友田勇人君」


「よ、よろしくお願いします……」


 今、俺と瀬名さんと塚本さんは応接室にいた。

 応接室には大きなテーブルと2つのソファーがあり、その1つに俺と瀬名さん、その向かいに塚本さんが座っている。

 

 で、こうして互いに挨拶している訳だけど、さっきから塚本さんのこちらを見る視線がキツい。

 

 完全に怪しい人間を睨みつけるそれ。

 いや、むしろ養豚場の豚を見るような感じだ。


 こりゃあ、俺の事を信用していないだろうな。

 彼女からすれば馬の骨とも知らない凡人なんだし。


「それで、君が佐矢香のアパートに暮らしていると。学校に通いやすくする為に」


「……はい」


「特に抵抗感はなかったのか?」


「ないはずないですよ。女性と同じ屋根の下なんて初めてですし、結構ドキドキしてます。ていうか親が勝手に決めたものなので、俺にはどうにも……」


「ふーん……」


 アカン、警戒されている。

 何せ有名モデルのマネージャーさんなんだから、そのモデルのアレコレに気を遣っているはずだ。


 仮に俺が瀬名さんの胸元を見ちゃったり、猫のモノマネをさせた事をバレてしまったら……ああ考えたくない。


「瀬名さん、どうしてさっきあんな事を……」


「それは塚本さんだからよ」


「塚本さんだから?」


「彼女はマネージャーなんだけど、本当の母親みたく私達の事を気遣ってくれている。だから私にとって塚本さんは信頼できる人だし、この事を秘密にしたくなかったの。……まぁ、秘密にしててもいずれバレてたと思うし」


「確かに……」


「とにかく塚本さん、勇人君がバイトを探してるみたいなの。だから彼に裏方の仕事を任せようと思っているけど、どうかな?」


「……裏方か……」


 塚本さんが瀬名さんから俺に向いて、また睨みを利かせる。

 ああこれ……絶対に嫌われているな。「お前みたい奴にバイトを任せられない」とか言われても不思議じゃないというか……。


 ――コンコン。


「誰だこんな時に……入ってくれ」


「はーい、お邪魔しまーす!」


 塚本さんがそう言うと扉が開かれた。

 元気そうな女の子の声と共に。


「おはようございます、佐矢香さん、塚本さん!」


「おはよう小春こはるちゃん」


「ああ、おはよう」


 入ってきたのは、瀬名さんはおろか俺よりも小柄な女の子だ。

 明るいライトブラウンのセミロングをしていて、その片方に赤いリボンを結っている。

 

 大人びた瀬名さんと比べると、幼い印象があるか。

 小学高学年か中学生にも見えなくもない。


「あれー? 初めて見る人がいますが、どなたでしょうか?」


 その小柄な女の子が、俺を見るなり首を傾げていた。

 マズいな……誰なのか知らないけど、彼女にも事情を知られたらヤバい。


「ああ、俺は……」


「彼は友田勇人。裏方のバイトの面接しに来た子だ」


「あー、バイト志望者なんですね。初めまして。あたしは新人モデルの辻城小春つじしろこはると言います! これからよろしくお願いしますね、友田さん!」


「よろしく……」


 彼女もモデルだったのか。

 服装とか結構オシャレしているし、そこに気付けば自然と分かるものか。


 というか塚本さん、俺の正体を出さなかったって事は庇ってくれたのか?


「それで塚本さん、今日の仕事は何ですか!?」


「昨日言ったのに忘れたのか。今日は10時から『中村スタジオ』で雑誌の撮影。テーマは『女の子同士の戯れ』で、佐矢香と小春がタッグ組むんだ」


「あー、確かそうでした! 佐矢香さん、今日はご指導何卒お願いしますね!」


「ご指導だなんて。もっと気楽でいいよ」


 ニッコリと微笑む瀬名さん。

 同じモデル同士、仲が良いんだろうなぁ。


「では小春が来た事だし、そろそろスタジオに行くとするか」


「はい」


「分かりました!」


「……何している友田君、早く行くぞ」


「えっ? あっはい。あの……」


「基本、この仕事は力任せだから教育はいらないよ。詳しい事は後で話す」


 あまりいろいろ言わないし、なおかつ現場に連れて行こうとしている。

 という事は俺の事を許してくれたのかな? いや、まさかな……。


 ともあれ、女性陣の後を付いて行く事になった俺。

 事務所を出た先で塚本さんの車に乗り、そのまま中村スタジオとかいう目的地へと向かう。


 運転席にはもちろん塚本さん。

 助手席は俺、後部座席は瀬名さんと辻城さんが座っている。


「友田さんですっけ? バイト先を『ヤジマ』にしたのって、やっぱ佐矢香さん目当てですか?」


 後部座席に乗っている辻城さんが尋ねてきたので、俺は席から身を乗り出すように振り返った。


「自分家の近くに、こんなバイトがあったんだって感じで選んだだけでさ。瀬名さんの事は最近まで知らなかったんだ」


 瀬名さんとの同居がバレたらどうなるのか、分かったものではない。


 そこで話に嘘(バイトを選んだ理由)と本当(瀬名さんについて)を交える作戦をとった。

 こうする事で信憑性を高める訳だ。


「そうなんですかぁ。でしたらこれから先、佐矢香さんの魅力が分かるようになりますよ!」


「そうなんだ?」


「ええ! 佐矢香さんはプロポーションよし、器量よしの美人。さらにあたしのような後輩にも優しく指導してくれたりするので、男女問わず超人気なんです。バレンタインの時なんか、あたしを含めて後輩の女の子からもらったりしてますよ!」


「もう、大げさだよ小春ちゃん……」


「大げさじゃありませんって! あたしもいつかは、佐矢香さんみたいなモデルになりたいんですよね!」


「だったらもっと頑張らないといけないね」


「はい、てな訳で今日もよろしくです!」


 瀬名さん、辻城さんに慕われているみたいだなぁ。

 そこから瀬名さんの立ち位置がよく分かる。


 まぁそれはともかく、車の中に3人分の香りが充満していてソワソワしてしまうのは秘密だ。

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