第11話 バイト先が決まった

 数時間後。

 寝間着に着替えた俺達は、寝床に入る準備を整えていた。

 

 アパートで寝るのはこれで2回目。

 そろそろ慣れておかないといけないけど、瀬名さんが隣にいると考えるとそうもいかないらしい。

  

 なんせ瀬名さんは例のルームウェア姿だし、風呂上がりのいい香りもする。

 これでドキドキしない男はあまりいないだろう。いるとしたらその男は同性愛者だ。


 さらに瀬名さんが風呂に入っている時にシャワー音がするけど、それを聞くたびどうしても彼女の裸などを想像してしまう。


 服や下着を全て脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ綺麗な裸でシャワーを浴びる。

 色白の肌から滑り落ちるシャワーの雫、恍惚な表情を浮かべる瀬名さん……といった感じの妄想。


 こんな事、本人にバレたら間違いなく軽蔑されるだろう。

 顔に出ないように気を付けなければ。


「勇人君、お風呂でのぼせた? 顔が赤いよ」


「えっ? ああ、そうかも……今回は長く浸かってたんで……」


 とか考えているそばから頬が赤くなっていたらしい。

 さすがに表情は隠せても生理現象は無理だったか……。


「次からは気を付けてね。それよりもそっちの布団でほんとによかった? 背中痛くなんない?」


「よかったも何も、瀬名さんを床に寝かせる訳にはいきませんよ。俺は別に大丈夫なんで」


「……そっか……まぁ、あなたがいいならそれでいいんだけど……」


 瀬名さんが床に敷いた布団について、どこか不満げな様子だ。


 この間もそうだったけど、ヤケに布団の事を気にしているな。

 俺が嫌だと言ったらどうなるんだろう?


「じゃあ、そろそろ寝ますかね」


「うん……あっ、そういえば勇人君、バイトする予定らしいね。お母様から聞いたんだけど」


「あー、まだこっち来て間もないので決めてないんですよね。どうっすかなぁ」


 なるべく高いバイトにしたいところだけど、その場合は大抵危険が伴うものだ。


 いざとなったらコンビニに雇われようかとも思っている。

 バイト=コンビニというくらい、コンビニはバイトにもってこいなのだ。


「決まってないならさ、私の仕事の手伝いするってのはどう?」


 しかし、瀬名さんから思わぬ提案が舞い込んできた。


「仕事? それってモデルの?」


「そっ、撮影機材の搬入や撤収作業。裏方みたいなものかな。私からマネージャーに言っておくからさ、やってみない?」


「裏方ですか……」


 聞く限り力仕事らしいけど、悪くないな。

 

 それに裏方なら、瀬名さんの仕事風景が見れるかもしれない。

 瀬名さんの仕事には興味が出てきたところだし、どういうものなのか確かめてみたい。


「俺でよかったら引き受けます」


「勇人君なら言ってくれると思った。それじゃあ明日、一緒に事務所に行こうね」


「分かりました」


 なんかラッキーだ。これでわざわざバイト探しをしなくて済む。

 そう安心しつつ布団に入り込むと、瀬名さんが電気のスイッチに手をかけた。


「お休み、勇人君」


「はい、お休みなさい」


 部屋が暗くなった後、俺は目をつむった。


 ただやっぱり緊張していたのか、今回は11時頃に寝る事となった。

 最初の頃よりかは上達した……かな。



 ◇◇◇


 

 翌日、俺達は朝食を食べてから着替えを始めた。

 もちろん一緒に着替えるとかエッチなシチュエーションはなく、それぞれ別部屋で着替えるという形ではある。


「勇人君、入っても大丈夫?」


 俺が無難な服装に仕上げると、戸を叩く音と瀬名さんの声がする。

 奥で着替えていた彼女が戻ってきたのだ。


「ええ、大丈夫ですよ」


「失礼するねー」


 扉から私服姿の瀬名さんが入ってきた。

 

 オフショルのセーターにジーパン。

 それが大人びて色気ある瀬名さんに結構似合っている。


 メイクは見る限りナチュラルだけど、それによってお姫様のような綺麗な顔立ちになっている。

 元々、すっぴんが出来すぎているので当然と言うべきか。


「綺麗ですよ、瀬名さん……」


「出来れば他の言葉で」


「他の言葉? ……えっと、可愛いですよ」


「~~ッ。可愛いかぁ……フフッ、可愛いねぇ……」


『綺麗』だと慣れている様子なのに、『可愛い』だと口元を緩ませる。

 よく分からないけど、でもそういうところが可愛いんだよな瀬名さんって。


「……コホン。とりあえず前みたく変装するからさ、なるべく周りには気を付けてね。名前呼びくらいなら大丈夫だと思うけど」


「いいんですか? タクシーに乗っている時に名前出さないでって言ってたような」


「それは運転手さんがいるタクシーの中だったから。街中なら聞かれる事なんてないよ」


 そういう事か。


 瀬名さんが変装用として、グラサンとハンチング帽を被る。

 特徴的なグレーアッシュの髪は帽子の中にまとめられ、一目では瀬名佐矢香だと分からないようになった。


「それじゃあ『ヤジマ』を案内するよ。付いて来て」


「はい」


 いよいよ瀬名さん所属の事務所に行くのか。

 どんなところなのか楽しみだ。


 という訳で、アパートを出た俺達はバスで移動。

 バスには出勤中と思われるサラリーマンや年寄りなどが乗っている。


 若いのは俺達くらいだし瀬名さんが美人だから目立つのではと思いきや、どの乗客も俺達の事を気にも留めていないようだった。瀬名さんの正体もバレていない。


 やがてバスはとあるビル群へと到着。

 俺達は、その中にある高層ビルの前に立っていた。


「このビルの中に『ヤジマ』があるの。高い所は大丈夫?」


「特に問題ありませんね。瀬名さんは?」


「私は駄目でさ、未だに事務所が落ち着かないんだよね。さすがに最初よりかは慣れてきたかな」


 そんなたわいもない話をしながら、そのビルの中へと入った。


 エレベーターで10階に到着した後、『ヤジマ』と書かれた扉が見えてきたので瀬名さんが開ける。 

 するとそこには、社員やマネージャーらしき人達が事務仕事をいそしんでいるという、まさに戦場と言うべき光景があった。


 俺はその忙しさに驚き、思わず辺りを見回してしまう。


「おはようございます」


「ああ、おは……よう?」


 瀬名さんがその中を通りながら挨拶する訳だが、社員が俺を見るなり怪訝そうな顔をした。


 いやそうだよな。

 モデルの後ろをパッとしない男が付いていたら、何だコイツとか思うよ。


 さすがの瀬名さんも遠縁云々は言わないだろうし、ここは「モデルと知り合ったバイト志望の学生」として通ろう。出しゃばりダメゼッタイ。


塚本つかもとさん、おはようございます」


「ああ、佐矢香。おはよう」


 瀬名さんが着いた先には、1人の女性がデスクに座っていた。

 

 黒いショートボブと眼鏡、パリッとしたビジネススーツを着た理知的な印象。

 多分、この人が瀬名さんのマネージャーなんだろう。そういう雰囲気をしている。


「……ん? その子は誰だ?」


 何らかの書類からこちらに向いた女性……塚本さんだったかな? 

 その人が俺に気付いて眉をひそめた。


 それに対して、瀬名さんが塚本さんに耳打ちしようとする。

 やっぱり俺は単なるバイト志望の少年だと扱うのだろうか。


「実はですね、私と同居する事になった遠縁の子なんですよ」


「……何?」


 ……あれ?

 瀬名さんが思いっきりネタバレした? これヤバくないか?

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