第5話 良い事

 俺はあの撮影まで瀬名さんの事を知らなかったし、ファンですらない立場だった。

 少なくとも悪友と変た……父さんに比べて、彼女に対し『熱』を持っていない。


 そこから俺と瀬名さんがまさかの遠縁関係ときた。


 改めてその真実を投げられると、さらりと受け入れられないというか、むしろ不釣り合いなのではとも感じてくる。


 だって相手は有名モデルで超美人。

 対し俺はどこにでもいる平凡な親から生まれた、至って平凡な男。


 そんな奴を、単なる好意だけでアパートに住まわせるなんてありえるだろうか?


 もし俺が瀬名さんの立場だったら、部屋の空間が狭くなるとかで門前払いはすると思う。

 なのにそうした文句1つ言わずに応じてくれた瀬名さんには感謝しつつも、どこか釈然としない気持ちがあった。


「ここまでする必要はないのにか……」


 瀬名さんが顎下にコツンと指を当てて、思案していた。

 その仕草があざと可愛い。さすが女優さんだよ。


「いや、瀬名さんのご厚意を無下にするつもりじゃないんですけど……」


「分かっているよ。普通なら何で家に招き入れるのかって思うよね。さっきの言葉は至極当然の事だよ」


 すると、グイっと瀬名さんのお顔が近付いてくる。

 うぉ、すごくいい香り……唇も艶やかで柔らかそう……。


「そんなにも知りたい? 私がこうした理由」


「は、はぁ……」


「よろしい。まぁ、これは私の勝手なんだけど、引っ越しに困っている遠縁の子がいるって聞いたから、私なりに力になろうと思ったの。この通り1人暮らしだし、手を差し伸べても罰は当たらないかなって」


「なるほど……」


「それにね、私はあなたの事をもっと知りたいから」


「えっ?」


 納得しかけていたところに、妙な発言が舞い込んできた。

 

 俺の事を知りたい?

 もう遠縁の関係だって知っているんじゃ?


「母から俺の事を聞かされていないんですか?」


「そういう意味じゃないよ。もう可愛いね、勇人君って」


 クスクス笑う瀬名さん。

 ……俺が可愛い……可愛い?


「……まぁともかく、本当に俺がここにいていいんですね?」


「もちろん」


「ちょっと頼りないところもありますけど」


「それは見なきゃ分からない。今のところ勇人君を頼りないって思った事ないよ」


「……じゃあこんな自分ですが、よろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしくね勇人君」


 まだ本当に住んでいいのかと思っていたりしたけど、場の雰囲気でそんな事を口にしていた。

 もうこうなったら、なるようになるしかない。


「それじゃあ、俺そろそろおいとましようかと思います」


「えっ、帰るの?」


「はい。さすがに長居するのは失礼ですので」


「でも外暗くなってきているし、それに泊まらせるから着替え持っていきなさいってお母様に言われてるんだけど」


「……はい?」


「……あっ、もしかして着替えの事聞かされていない? ほらっ、さっきお母様から頂いたお菓子の中に着替えが……」


 瀬名さんが取り出したのは、母さんから渡されたお菓子の紙袋だ。

 その中にさらに紙袋が入っていたので、俺が中を見てみると服と下着が……。


「…………」


 あんのオカア……すぐ帰るって言ったのに……。

 ていうか女性に男の着替え渡すなよ! デリカシーというものがないのか!?


「あの、ごめんなさい……ちゃんと聞いておけばよかったね」


「いえ、瀬名さんのせいじゃないです! ……まぁその、お言葉に甘えて一泊を……」


 もう面倒になったので、そうする事にした。

 

 元々彼女と一緒に暮らす予定なんだから、その予行練習みたいなものと思えばいい。

 いきなり住むのと覚悟してから住むとじゃ、かなり違う。

 

 ……そうだよ、これは予行練習。

 決してそういう野性的な目的はないので……。


「本当にごめんね。なんかお詫びでも出来れば……」


 深く悩む瀬名さん。

 すると何か閃いたかのようにニンマリし、俺に振ってきた。


「そうだ勇人君、私が『良い事』してあげようか?」


「良い事?」


「うん、あなたにしか見せられないとっても良い事」


 意味ありげにウインクする瀬名さん。


 その魅力的な仕草にときめきつつも、俺の心臓の鼓動が早まる。

 良い事ってそういう事? いや、さすがに初対面でそんな……。


「私がモデルなのは知っているよね? だから色々とポーズを見せようかなって」


「……あっ、なんだ……」


 デスヨネー。

 さすがに俺の考えすぎだったわ。はぁみっともない。


「せめて勇人君にだけの姿を残したいからさ。私がポーズをとったら、勇人君はスマホで撮影して」


「そういう事……モデルらしい考えですね」


 でも俺にだけの姿って何だ? ……まぁいいか。


 ともかく、その内容には大いに興味があった。

 前の撮影会時もそうだったけど、彼女のポーズは実に蠱惑的。ぜひともこの目でもう1回確かめたい。


 それにそんなポーズを撮った写真が欲しくないというと……嘘になる。


「それじゃあ一発目行くよ。カメラマンよろしくね」


「ああ、はい」


 立ち上がった瀬名さんが後ろ手を組んだ後、ちょんと前屈みになった。

 

 可愛いな……。

 シンプルだけど、可憐さがあって中々良き。


 見とれてしまう俺だったけど、当初の目的を思い出してすぐシャッターを押す。

 そうしてスマホの画面に、瀬名さんの可愛いポーズ写真が表示された。


「何回も撮ってもいいのに」


「えっ、でも……」


「私は大丈夫だから。ほらっ、まだ撮影は終わってないよ」


 今度は妖艶な体育座りを決め込んできた。

 綺麗に揃えられた色白の美脚、その膝に乗せられたふくよかな胸。そしてこちらを惑わすような瀬名さんの艶やかな笑み。


 これ撮っていいのだろうか……。

 でも瀬名さんがそうしてくれと言っているし……もういい、毒を食らわば皿までだ。


 ――カシャ、カシャ、カシャ……。


 気付けばシャッターを連続して押していた。

 

 この写真、他の人に見られたらいけないよな。絶対にバレないようにしなければ。

 家にあるパソコンに移すのもいいかもしれない。


「どう? いい写真撮れた?」


 体勢を崩す瀬名さん。


 終わった後に気付いたけど、自分の頬が熱くなってしまっているようだ。

 それでも小さく頷く。


「え、ええ……とても素晴らしかったです。さすがモデルさんと言うべきか……こんなの滅多にない体験ですよ」


 俺にとっては他愛もない褒め言葉だった。

 ただそれが嬉しかったのだろうか、瀬名さんの口元が緩むのを見えた。


「じゃあ、私を褒めてくれた勇人君にご褒美あげようかな」


「えっ?」


「お互い風呂に入った後に第2ラウンド。今度は私の寝間着姿を撮ってもらうから」


「…………」


 何だか急にレベルが高くなったような……気のせいか?



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 あけましておめでとうございます! そしてここまで読んで下さってありがとうございます!

 これからも面白いと言われる作品になれるよう、全身全霊頑張りたいと思います。どうか応援してくだされば幸いです!


「面白い」「続きが気になる」と思った方は、ぜひとも☆や♡やレビューよろしくお願いします!

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