第4話 いざ佐矢香さんの住居へ

「どう佐矢香ちゃん、味の方は?」


「ええ、とっても美味しいです。ぜひともお母様から料理教わりたいですね」


「それはよかったわ! 機会が出来たらそうしましょうよ!」


 4時近くと少し早い時間の中、夕食のカレーライスをとる事となった。

 ……モデルの瀬名さんと。


 有名人……それも美人さんと一緒に食事なんて、こんなの喉が通らないわ。

 隣に住んでいる父さんは鼻を伸ばしているし、何このカオスな空間。夢なら夢だと教えてくれ。


「ご飯に誘ってなんだけど、こんな時間まで付き合わせてごめんなさいね。後でタクシー代立て替えとくわ」


「いえ、お気になさらず。自分で払いますので」


「えー、さすがにそれは……」


「でしたら勇人君を連れて行ってもよろしいですか? 私の家見せようと思いまして」


「なるほど! それはOKだわ!」


「……はっ?」


 一瞬意味が分からなかった。

 俺が瀬名さんの家に向かう……? まだ心の準備していないのに……?


「よかったじゃない勇人。確か引っ越しの予定って中学卒業してからでしょ? 一足先に佐矢香ちゃんの家行けるわよ。そこから寝床のスペースとか相談すればいいし」


「いやいや、母さん……そんな急に……」


「大丈夫大丈夫。むしろ勇人は奥手なところあるから、これで1皮向きなさい」


 そんなんでいいのか母よ……。

 俺が瀬名さんをチラ見するも、彼女は嫌な顔をしないどころか微笑んでくる。


 瀬名さん、笑っているところ悪いですけど俺は一般人だぞ? 

 一般人が有名モデルの家に上がり込んでいいのか? ファンの方にリンチされたりしない?


「勇人」


 と、食後のコーヒーを飲んでいた父さんが、俺と向かい合った。


「……なに、父さん」


「いいか。これからお前は瀬名さんのところに行くんだ。もし彼女に手を出したら……その時に父さんどうなるのか分かったもんじゃない」


「まさか親から殺害予告出されるなんて思ってもみなかったよ」


「とにかくだ。母さんに言われて引き下がるを得ないが、まだお前のアパート探しを諦めていないからな。必ずや安価で住みやすいところを紹介させて、お前と瀬名さんを別れさせる!!」


「もうお父さんやめなさいよー。完全に迷惑なクソオタになっているわよ」


「そんなぁ千代美~……」


 マズいな、俺はこんな危険な人の息子だったのか。

 瀬名さんとの間に何かあったら、ファンの方々より先にこの人に殺されてしまいかねない。


「勇人。こんなクソ雑魚オタは気にしないでいいから、あなたは気兼ねなく佐矢香ちゃんのところに行きなさい。佐矢香ちゃんもよろしくね」


「はい、お母様」


「というか、明日日曜だからそのまま泊まってもいいんじゃない? 寝泊りも大事な勉強だしね」


「すぐに帰るから安心して……」 


 なんか厄介な事になったな……。

 現在進行形で父さんがブツブツ言っているし。


「この際、私も同行すればいいのでは……でもそれでサーヤに嫌われたら……いやあくまで保護者として付き添いしていると言えば何とか……そして監視という名目で四六時中サーヤを見続けて一石二鳥……」


 オタクは行き過ぎると暴走しがちになるとは言うけど、この人を見ると納得せざるを得ない。


「(……勇人君と一緒にか……フフッ)」


 それと瀬名さんが何か呟いた気がするけど、俺にはよく聞き取れなかった。



 ◇◇◇



 気付けば、俺は瀬名さんと一緒にタクシーに乗っていた。

 ただリラックスの概念なんてないとばかりに、席に座りながら縮こまってしまっている。


 それは瀬名さんが助手席じゃなく、俺と同じ後部座席に座っているからだ。

 おかげで彼女からいい香りがしてくるし、スカートから覗く美脚が視界の端に映っているし……心臓がバクバクしっぱなしだ。


「勇人君、もしかして車酔いとかした?」


 今の瀬名さんはハンチング帽とグラサンを身に付けている。

 乗る前に「あまり名前を出さないで」と言っていたので、身元バレを防いでいるはずだ。


「いえ、大丈夫ですよ……」


「そう……ご飯あまり食べてなかったみたいだし無理しないで。家でゆっくりしててもいいから」


「そんな……」


 なんて優しい人だ。

 この人が俺のお姉さんだったらなぁ……俺1人っ子だし。


 タクシーは瀬名さんの家があるという隣の隣町まで、30分以上走っていった。

 今さっき、俺と父さんがいた場所でもある。

 

 タクシーのカーナビを見る限り、間違いなく入学先の高校の近くに向かっている。

 瀬名さんが高校近くに住んでいるという話は本当のようだ。


 そうしてとある場所に到着し、俺達はタクシーを降りる。

 支払いは瀬名さんのクレジットカードで済まされた。


「ここが私の家だよ」

 

「へっ?」


 瀬名さんが示す先に2階建ての白いアパートが見える……けど、絶対に違うよなこれ。


 指さす先がそれっぽいけど、相手は有名モデルだよ?

 そんな彼女が、こんなシンプルなアパートに住んでいる訳ないじゃないか。


 きっと俺の見方が悪かったんだ。きっとそう。

 自分で言うのもなんだけど、割と間の抜けたところがあるしな。


「まだ信じられないみたいね。このアパートがそうだよ」


「……マジっすか」


 と思ったら合っていたらしい。

 俺の目に狂いはなかったと。


「とりあえずここにいるのも何だし、中に入って」


「はぁ……」


 ポカンとする俺に対し、アパートへと案内する瀬名さん。


 どうも門にはオートロックが搭載されているらしく、瀬名さんが暗証番号を押す事で中に入る事が出来る。

 

 彼女は階段を上がり、奥の扉を開けた。

 ここが彼女の部屋だろうか。


「さぁ、どうぞ」


「お邪魔します……」


 玄関に入ってみると、実に女の子らしい華やかな香りが鼻腔をくすぐった。


 これは……瀬名さんの香りだな絶対。

 なんだか嗅いでいると変な気持ちになりそう……もちろん堪えるけど。


 そうして奥に進むと、化粧道具やぬいぐるみやらに囲まれた部屋が見えてくる。

 まさしく女の子の部屋。妹や姉がいないから、まともに入ったのは初めてだ。


 ……女友達はいなかったって? 察してほしい。


「お茶用意するから腰かけて」


「ああ、どうも……。その、意外ですね。瀬名さんがこんな……じゃないこのアパートに住んでいるなんて」


 テーブルに座った後に、今までの疑問を投げた。

 瀬名さんがキッチンでお茶の用意しながら答えてくれる。


「有名人はタワマンに住んでいるって言うけど、さすがに色々と高いからね。それに年寄りの方々が多いから、私の事を有名モデルだと思っていないっぽいの。一応、友達にはこのアパートの事を教えているけどね」


「そういう事ですか」


「……幻滅したでしょ? まさかあの瀬名佐矢香がアパートに住んでいるなんて」


 なんて自嘲気味に言う瀬名さん。

 しかし俺は首を振って、


「いえ、別にモデルがアパートに住んじゃ駄目なんて事ないですし……それに綺麗だと思いますよここ」


「……フフッ、お世辞が上手いんだね勇人君」


「本当ですよ。お世辞なんかじゃ……」


「分かってるよ。ありがとうね、そう言ってくれて」


 こちらに振り返った瀬名さんが、あの握手会と同じような微笑みをしてくれた。

 笑うだけで色気ムンムン。俺が口元を緩ませる中、瀬名さんが2人分の紅茶をテーブルに置いてくれた。


「はいどうぞ」


「ありがとうございます。……なんかすいません。色々としてもらっちゃって」


「気にしないで。私がそうしたいと思ったからだし、それに勇人君は私の遠縁だもの。お互いに助け合わなきゃ」


「遠縁ですか……」


 改めてそう言われると「本当に遠縁なのか?」なんて疑問が出てくる。

 それに聞きたい事も出来てしまい、それを瀬名さんへと伝えた。


「でも遠縁だからって、ここまでする必要がないんだと思います。どうして俺なんかを?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る