第3話 ジェラシー

 何で……俺は夢を見ているとでもいうのか……?


 この時、動揺しすぎて目をパチパチしてしまっていた。

『開いた口が塞がらない』という言葉通り、口もだらしなくあんぐりだ。


 でも間違いない。

 ふんわりなロングヘアー、モデルの名に恥じない麗しい美貌……俺が撮影イベントで見た瀬名さんそのものだ。


「せ、瀬名佐矢香さんじゃないか……なんで彼女がこんなところに……」


 動揺を隠せなかったのは父さんも同じだったようだ。

 そりゃあそうだよな……有名モデルがいきなり現れたら、誰しもそうなる。


「初めましてお父様。驚きはしたでしょうけど、私なりにご子息様のお力添えになればと思いまして」


「は、はぁ……」


「……もしかしてお母様、はまだ?」


「それがまだなのよぉ。この中でを知っているのも、今日来る事を知っているのも私だけという」


「そうでしたか……となるといきなり押しかけてきたような感じですね。申し訳ありません……」


 と言って、頭を下げる瀬名さん。


 これに対して、父さんはどういう反応するのやら。

 やっぱりさっき言ったみたく厳格に対応するのだろうか。


「……い、いやいやとんでもない! 実は私、サーヤ……じゃなくて瀬名さんの大ファンでして! 前の撮影会の時は仕事で行けなかったんですけど、あなたが出ている雑誌は常に買っております!! ポスターもこっそりと揃えておりましてはい!!」


 ……いきなり何を言い出すんだこの人は……。

 

 予想していたとはまるっきり違うどころか、あまりにもオタク臭さに閉口せざるを得なかった。

  

 まさかここで、父さんが瀬名さんのファンだったと知るなんて……。

 あと母さんがジト目で見ているのがなんとも……。


「フフッ、それは嬉しいですね。ファンでいて下さってありがとうございます」


「サ、サーヤが私に感謝を……!! 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい……!!」


 もはや限界オタクのそれだ。

 もうやだこの親。


「なんか暴走している亭主は置いといて。佐矢香ちゃん、この子が息子の勇人よ。真面目なのが取り柄って感じね」


「握手会以来ね、勇人君。……あっ、名前言ってよかった?」


「い、いえ、大丈夫です。あの、覚えてくれていたんですね、握手会の事」


「ええ、わざわざ遠くまで来てくれたものね、改めて本当にありがとう」


「いえそんな……」


 父さんのような感じじゃないけど、こうも美人に褒められるとこそばゆい……なんて思っている場合じゃないよ。

 未だに「どうして」という疑問がいっぱいで、真っ先に質問したいくらいだった。


「母さん、一体これはどういう事なんだ? 何で瀬名さんがここにいるんだよ?」


「それはちゃんと話すから。ほらっ、お父さんもそこでキモく悶えないで座りなさい」


「おっと、これはいけない。サ……瀬名さんの前ではしたない姿を見せてしまった」


 キリっと父親モードになっているけど、既に遅いという。

 というかさっき父親の威厳とか言っていたよな? もう自分の言った事を忘れてない?


「さてと。実はお母さん、2人に内緒でルームシェアしてくれる親戚を探し続けていたのよ」


 俺達がテーブルに座った後、お母さんが事の経緯を伝えてくれた。

 なお俺の前には瀬名さんが座っていて、目が合った途端にニコリと微笑んでくる。


 思わず目をそらしてしまう。

 自分でも分かるくらい、顔が少し熱くなった。


「親戚の方々も何人か協力してくれてね、周りに声掛けしてくれたんですって。でもどこもかしも空振り。あー駄目かもねーと思ってたら、従兄弟の従兄弟のさらに従兄弟に電話が繋がって、それでOKしてもらったの!」


「もしかして従兄弟の従兄弟のさらに従兄弟って……」


「そう、佐矢香ちゃんのご家族! 最初苗字を聞いた時、有名モデルと同じだなぁって思ってたら、本当にモデルの家族だったって訳! 電話で聞いた時ビックリして、膝がガクガク震えたわ!」


「……俺と瀬名さんが、遠縁だったという事か……」


「そういう事! 私達、有名人と血筋だったという事なのよ! 嬉しいったらありゃしないわ!」


 お母さんも興奮しているのが、話からよく分かる。


 普通に考えれば珍しい話じゃない。

 日本は狭い国なんだから、有名人とほんの少し血が繋がっているなんてあり得る話だ。


 でも、俺と瀬名さんが遠縁……遠縁か……。


「……それで瀬名さんが同居させてくれるって事なのか?」


「そうよ。佐矢香ちゃん1人暮らししているんだけど、その場所が高校の近くにあるって。登下校がスムーズになれるわよ!」


 ……1人暮らし……ですと?


 それはつまり、年頃の男女が同じ屋根を共にするという事……。


「瀬名さん……」


「ん、どうしたの勇人君?」


「その、瀬名さんは1人暮らしをしているんですよね?」


「うん、そう」


「他に誰もいないんですよね?」


「そうね」


「そんな時に俺が転がり込んで……大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫も何も、私は平気よ? 勇人君の手助けが出来たらそれでいいし」


 この人、結構豪胆? あるいはそういうの気にしないやつ?

 俺? 俺は女の子の家に入った事ないのでお察し下さい。


「という訳だから、今のうちに勇人は荷物の準備とかした方がいいわ。それと佐矢香ちゃんと暮らせるからってハメを外さないようにね」


「……母さん、それ分かって言っているの?」

  

「さぁ、どういう事かしらねぇ?」


 なんて目線をそらしつつ「ワタシナニモワカリマセーン」的な顔をする母さん。

 この狸……。


「それじゃあ佐矢香ちゃん、せっかくいらしてくれたんだしご飯を……」


「あー、ちょっと待って。1つ言わせてほしい事がある」


 話をしようとした母さんに対し、父さんが急にさえぎる。

 俺が見やると、父さんがやや険しい表情をしていた。


「なぁに、お父さん?」


「前もって言うが、瀬名さんのご厚意を無下にする訳じゃない。むしろ彼女には大変感謝している。しかしいくら遠縁とは言え、いきなり男女を同じ屋根の下に住まわせるのはどうかと思う」


 おぉ……父さんが俺の言いたい事を代弁してくれた。

 ちょっと父さんの事を見直したよ。


「しかも互いに年頃で、さらに彼女が有名なモデルときた。それこそハメを外してもおかしくはない。だから同居は……同居は……同居………………」


「……父さん?」


「あらあらお父さん。自分の推しが息子と暮らすと分かって、嫉妬に狂っているのね」


 そういう事だったのかよ!?


 血が出そうなほどに口元を噛み締めているのがヤバい。

 あと睨んでいるよこの人。俺の事を呪い殺すんじゃないかというくらいに睨んでいる。怨霊かよ。


「とまぁ勇人、お父さんの事は気にしないでちょうだい。佐矢香ちゃんもね」


「え、ええ…… 」


 瀬名さん、ドン引きしてますがな。


 にしても、本当に一緒に暮らすのか……。

 俺は恨めしそうに睨む父さんを尻目に、瀬名さんを見ながらそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る