第2話 まさかの到来者

 それは、撮影イベントから時が経った頃の事だった。


「これならどうだ? 割といい感じだが」


「父さん、そこは家賃が高いよ」


「おっと、すっかり見落としていたよ。すまんすまん」


 俺は父さんと一緒に不動産屋に来ていた。


 数ヶ月後に高校進学を控えている俺は、スムーズに登下校できるよう1人暮らしする事となった。

 というか両親からそうすすめられた。


 それで引っ越し先のアパートを探している途中なんだけど、中々予算内に収まるものが見当たらない。


「うーん、ちょっと家に持ち帰って考えてみるか。すいません今日はこれで」


「そうですか。またのお越しをお待ちしておりますね」


 父さんが不動産屋さんに頭を下げた後、俺を連れて外に出た。

 ここは引っ越し先予定の街なので、帰りは父さんの車を使用する。


 俺が助手席に乗った後、父さんが車を走らせた。


「ふぅ……アパート探しも楽じゃないね、父さん」


「それはそうだろ。でも親元を離れて暮らすのっては将来必要だからな。お前にはぜひとも経験してもらいたいのさ」


「なんか色々申し訳ない……」


「別にいいさ。ただアパート探すのは面倒だよなぁ……親戚とかがルームシェアしてくれたりしないだろうか」


「さすがに厄介されるようなのはいいって。第一、そんな気前よく頷いてくれる親戚なんていないだろうし」


「ハハッ、父さんの親戚はパッとしないからなぁ! ……あっ、法事とかでこれバラさないようにな」


 別にバラす気ないから安心してくれ。 


 そもそも自分は親戚付き合いが上手くないし、親しい親戚もいない。

 そんなのに対して、快くルームシェアしてくれる人なんていないだろう。


 まぁ、それが分かっているからこそなるべく低予算で借りられるアパートを探しているし、バイトだってするつもりだ。出来れば高いところで。


 そんな事を父さんと話しているうちに、地元が見えてくる。

 俺達の家に到着すれば、母さんが居間で出迎えてくれた。


「おかえりー。どうだった?」


「いや全然。また父さんと一緒に探すつもりなんだけど」


 聞いてきた母さんへと首を振る俺。

 するとどういう事か。お母さんがニッコリと嬉しそうな顔をした。


「それならよかったわぁ!」


「えっ?」


「実はね、遠縁の方がルームシェアをしてくれるそうよ。高校から近いし、私2つ返事でOKしちゃったの」


「……はいっ!? そんな都合よく!? ていうかもうOKしちゃったのか!?」


「そりゃあ快く同居させましょうって言われたらねー」


 まさかさっきまで話していたルームシェアが現実になるなんて……。

 というか息子に相談なしで決めちゃったのか……それはそれでどうかと思うぞ。


「いやいや、何勝手にしているのさ……。俺、その人の事知らないし、そんなお邪魔になる事……」


「大丈夫よぉ。相手様がぜひともって言っているし、何より勇人もよく知っている人なんだから」


「へっ、よく知っている人……?」


「ええ、知りすぎてビックリするかもね」


 俺がよく知っている人……遠縁だって言っているのに?


 それとも1回会った事があるのだろうか。

 葬式とかでなら可能性があると思うけど、俺はあまりそういった人と話した事ないしな……。


「父さん、誰なのか見当つく?」


「いやさっぱり……千代美、誰なんだその人は?」


 父さんも誰なのか分からないらしい。

 ちなみに『千代美』とは母さんの名前だ。


「まだ秘密。でも今日こちらにおいでになるから、いずれ分かると思うわ」


 ここに来るだって?


 一体誰なんだろう……こんな平凡な俺を住まわせようという変わり者は。

 そもそも男なのか女なのか分からないし、ましてや性格がキツいのも嫌だな……。


「母さん、その人って男性、それとも女性?」


「ああ、それはねぇ……」


 ――ピンポーン。

 

「あっ、もう来たかも。はいはい、今行きまーす!」


 呼び鈴に気付いた母さんが、颯爽と玄関口へと向かっていった。

 

 残された俺はというと嫌な予感に苛まれる。

 もし性格がキツい人だったら、すぐに断りたいところだ。


「心配するな、勇人」


 不安に駆られる俺の肩に、そっと手を置く父さん。


「父さん……」


「どこの馬の骨とも知れない相手なんだから、不安になるのは当たり前だ。もし嫌だったら断ればいい。それに父さんも、ちゃんとどういう人物なのか見極めるつもりさ」


「そこまでしなくてもいいのに……」


「なに遠慮するな。ここで父親の威厳を見せないと」


 少し大げさだと思うけど、まぁ本人が言うのなら……。

 そう話している間にも、2人分の足音が向かってくるのが聞こえてきた。


「どうぞどうぞ、狭いところだけど」


「いえ、とんでもありません。むしろ落ち着きがあって素晴らしい空間だと思います」


「まぁ、お世辞が上手いんだから!」


 女性の声? まさかルームシェアしてくれる人って女性なのか?

 母さんとお客さんらしき人が居間に入ってくるけど、その瞬間に頭が真っ白になってしまった。


「……へっ?」


 道行く人が振り向きそうな色気のある美貌に、グレーアッシュの長いくせ毛。

 そしてスタイル抜群のプロポーション……。

 

「お邪魔します。私、瀬名佐矢香と言います。……ってもう分かってはいますよね」


 そうはにかみながらお辞儀したのが、あの有名モデルの瀬名佐矢香さんだった。

 ……なして……?

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