第8話 広がる景色と、狭まる・・・

「ところで、あの山上先生、まだ在籍されているのかな?」


 これは大槻園長にとっては、さして唐突な質問というわけでもない。その問題については、かねてより大宮氏に手紙等で相談していた案件でもある。山上保母も大槻園長も昔から知っている大宮氏にしてみれば、ここは中立を保たざるを得ないところ。


 大槻氏は、園長としてのポジションでの自己の見解を述べ始めた。


 ええ。街中の御自宅から週5日ほど、原付で通ってくださっています。

 本日も、保育室で学童保育に入っていただいております。

 山上先生は、こちらに全面移転が決まりかけた頃から、原付免許を取得に行かれましてね。御本人曰く、終戦後の勤め始めた頃のことを考えたら、どうということでもないと言われていました。

 確かあの方は、よつ葉園で火事が起きた後に、必要に迫られて何とか自転車に乗れるようにされたと伺っていますが、そのときのことを引合いに出して、懐かしそうに話されていたのを覚えていますよ。

 大宮さんが子どもの頃見られた山上先生、あ、結婚前でしたね、新橋先生のあの頃のお仕事ぶり、御本人からも大宮さんからもお聞きしておりますが、確かに、それをほうふつさせてくれました。

 そのおかげもありまして、彼女は今もこの新天地に通勤しておられます。

 現在山上先生には、日中保育と一部の園内行事を御担当いただいております。

 数年前までは中高生の女子の担当も一部お任せしていましたが、今では小学生以上の子らとの接触は、津島町にいた頃に比べて格段に減りましたね。

 と、言いますか・・・。


 少し口ごもり始めた大槻園長に、少し年長の大宮氏が質すように尋ねる。

 数日前には雨も降ったが、この日は、晴れ間が広がっている。

 園長室の窓の向こうには、田園地帯と児島湾が広がっている。


「と、言うか・・・? 何か、あったのかな?」

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