もやし・ざ・ろっく!

明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆

もやし・ざ・ろっく!

「もやし、てめーはクビだ」


 春。

 ライブの前日に、僕――百瀬ヤスシはバンドをクビになった。


「エッナンデ!?」


 驚きのあまり、キョドり気味に尋ねる。


「てめーが超寒いもやし野郎だからだよ!」


 夏野太陽――大学デビューしたての元バンドマスターバンマスが、学食のイスにふんぞり返りながら言い捨てる。


「もやしみてーに細い腕も猫背も引きつり笑いもキョドってるところもビビるとカタコトになるのも髪がモサモサなのも、ぜーんぶが超寒い! 極めつけに、情熱のかけらも感じられねぇさむーいドラム! ちっともバンドマンらしくねぇ。てめーみたいなもやし野郎は俺のバンドにゃ要らない」


「そ、そんな……がんばって練習してきたのに」


「さっさと消えろよ」


 夏野に背中を蹴り飛ばされながら、僕は学食をあとにする。

 こうして僕は、希望を懸けていた大学デビューに、のっけから失敗した。





   ♪





「それやめろよ」


 大学で午後の一般教養ぱんきょを受講していると、隣に座る駿河九郎くんが話しかけてきた。


「エッナニ⁉」


「エッナニ、じゃねぇよ。その貧乏ゆすり、ウザいからやめろって」


「ごめんっ」


 気が付けば、膝が机の下で振動していた。

 悩み込むと出てしまう、僕の悪いクセだ。


「そのクセはヤベーけど、お前、顔は悪くないんだから。別にバンドしてなくても彼女くらい作れると思うんだけど」


「そんなことはないよ……僕はもやしだから」


「過去にいたことはなかったのか?」


「1人だけ」


「いたんじゃねーか」


「小学生の時だけど」


「あ、うーん。まぁでも何だ、悪かったな。太陽のヤツ、歌は上手いし顔もいいけど、ワガママで思い込みの激しいところがあるからさ。こういうときに、サブバンマスの俺が上手いこと立ち回らなきゃならなかったのに」


「あ、うん……ありがとう」


「ありがとう、はねぇだろ。お人好しだな」


 駿河くんが苦笑した。

 その笑顔は優しかったけれど、同時に僕に、もうバンドへは戻れないんだという事実を突きつけた。

 ますます、悩みが深くなっていく……。





 小学生時代、僕はクラスでいつも一番背が高かった。170センチもあった。

 足が速くて、勉強もスポーツも1番で、何よりドラムがすごく上手かった。

 僕は学校のヒーローだったんだ。

 でも、中学に上がったころから、様子がおかしくなってきた。


 背が、1ミリも伸びなくなったんだ。


 いつも僕のことを見上げていた友人たちが追いついてきて、やがて追い抜いていった。

 勉強もスポーツも、僕よりデキるヤツがどんどん出てきて、僕はあっという間にスクールカースト最下位になった。

 それでもドラムだけは続けていた。

 ドラムだけが僕の心の防波堤だったんだ。


 バンドで大学デビューして、モテてモテてモテまくってやるんだ!

 それが僕の唯一の希望だった。

 だから、遠いのをガマンして夏野や駿河くんと同じ大学に入ったんだ。

 なのに……。





「ね、キミ」





 いきなり、とびきり可愛らしい声が耳に飛び込んできた。


「わぁああっ!?」


 僕は飛び上がる。

 いつの間にか授業が終わっていて、講堂には誰もいない。

 いや、1人だけ、いる。


「ボクと付き合ってよ」


 とびきり可愛い声をした女性。

 いや、可愛いのは声だけじゃない。


 大きな二重まぶたの目には長いまつ毛。

 すらりと通った鼻筋。

 色っぽい唇は薄っすらと微笑んでいる。

 セミロングの髪は黒色で、裏側だけ、目の覚めるようなあお色に染め上げられている。

 ピアスの色も碧。

 身長は僕と同じくらいだろうか。

 濃紺のキャミソールの上に白い革ジャンを羽織っていて、下はデニムのホットパンツと黒タイツ。


 読モをやってると言われても絶対に信じる。

 びっくりするほどの美人だ。

 こんな美人が自分に話しかけているとはとても思えなくて、僕は背後に人影を探す。


「キミだよ」


 ナゾの美女が僕の手を取った。

 目の覚めるような、碧のネイル。


「ねぇキミ、ボクと付き合って?」


 美女が薄っすらと微笑んで、首をかしげてみせる。

 パーフェクトな角度だ。

 これで落ちない男はいないんじゃないだろうか。


「エッアッソノゥ」


 キョドっている間に、美女は僕の手を取って歩きはじめる。

 講堂を出て、大きな中庭を抜けて、学外へ。


「ア、アノッ」


 どこに行くんですか!? っていうかアンタ誰だ!?

 僕の疑問を先取りするかのように、


「アオ」と、美女が言った。「海野アオ、2回生――キミの1個センパイ」


 美人の先輩が僕の手の平に、碧いネイルの乗った爪で文字を描きはじめる。


「王様の白い石――アオ、だよ。気軽に『碧ちゃん』『碧先輩』『キング・ホワイト・ストーン様』と呼んでほしい」


「ア、アオ」


 こんな風に異性に手を握られたのなんて初めてで、僕は『アオ、碧』と繰り返すので精一杯だ。


「キミの名前は?」


「も、ももも百瀬ヤスシです」


「もももももせヤスシ?」


「百瀬ヤスシ、です」


「ふふふ、ドモりすぎ。大丈夫。取って食べたりしないから」


『ふふふ』と言いながら、実際には笑っていない美女――碧先輩。

 ミステリアスというか、ダウナーな感じの人だ。


 っていうか、この状況は何?

『付き合って』ってそういうこと!?

 いやいや落ち着け、僕。

 僕みたいなもやし野郎に交際を申し込むような奇特な女性なんているわけがないだろ。

 だったら、強引なサークルの勧誘?

 新歓コンパに1人1名必ず連れてこい的な?

 いや、もっとヤバいヤツで、のこのこついていったら『ワレェ、ワイの女にナニ手ぇ出しとんのやゴラァ!? 百万円払わんかい!』みたいな展開になるんじゃぁ……?


 ビビりちらかしながらも、碧先輩の手の柔らかさが心地よくて、それに碧先輩の手の力が思いのほか強くて、僕はその手を解けない。


「着いたよ」


 気が付けば、僕は大きな居酒屋の前に来ていた。

 あぁ良かった。やっぱり新歓コンパだったんだ。

 数十人が入れそうなほどの大きな宴会部屋に入ると、





「やっほ~碧。早かったなぁ~」





 全体的に『でかい』女性が声をかけてきた。


 まず、背がでかい。

 180近くありそう。

 そして胸がでかい!

 いろいろとでかい点以外は、お嬢様系の学生さんといった感じだ。

 にっこりと微笑んだ優し気な糸目、ゆるふわ三つ編みの長い黒髪、白をベースにしたカーディガンとロングスカート。


「シラコも早いじゃない」


「ウチは準備係やから~。あとシラコ言うたらプンプンやで~」


 でかい女性が指でツノを作って怒ってみせたあと、僕に向かってにへらぁと微笑みかけてくれて、


「ウチは白玉シロ~。碧んとこのバンドメンバーやねん」


「えっ、バンド!?」


 ってことは、これは軽音サークルの新歓コンパ!?

 やったぁ!

 これでまたバンドが組める!

 僕のモテ学生ライフがやってくる!


「軽音部って知らずにここまで来たん? 碧っ、ちゃんと説明したらなあかんやろぉ~? 音楽に興味ない子やったら可哀そうやんかぁ~」


「それは大丈夫」碧先輩が自信満々にうなずく。「だってこの子、貧乏ゆすりがとっても速かったから」


 いや、『この子』って。

 っていうか貧乏ゆすり? 碧先輩、僕の貧乏ゆすりを見て、僕をここに連れてきたの!?


「貧乏ゆすり? それはちょっと面白そうかも~」


 僕らを皮切りに、続々と人が入ってきた。

 白玉先輩はそれらを捌く仕事に戻っていく。


「キミとボクは、こっち」


 僕は碧先輩に手を引かれ、奥の方に座る。

 すぐ隣に碧先輩。逃げられないように退路を塞がれているような……。


「楽しみだね」


 相変わらず、『ふふふ』と言いながら実際には笑っていない碧先輩。

 けれど口元は楽しげだ。


「ところで碧先輩、コレってどのサークルなんですか?」


 ウチの大学には複数の軽音系サークルがあったはずだ。

 中でも最も大所帯で強豪と言われているのが、





「「「「「軽音楽部!!」」」」」





「ンヒィ!?」


 周りにいた上級生たちが一斉にこっちを向いたので、僕は白目を剥きそうになった。


「そう」と碧先輩。「■■大学が誇る最強の音楽集団。ようこそ、■■大学軽音楽部へ」





   ♪





「「「「「カンパ~イ!!」」」」」


 酒が入ると、碧先輩はすごくなった。


「ね、もやしちゃん。飲んでるかい?」


「飲んでませんよ! まだ19ですよ、僕」


「ふふん。ボクの酒が飲めないっていうのかい?」


「だから飲めませんって」


 碧先輩が僕にもたれかかってくる。

 僕は緊張して、貧乏ゆすりをしてしまう。


「はぁ、なんだか暑いなぁ」碧先輩がもぞもぞと革ジャンを脱ぎ始める。「キミも脱ぎなよ」


「や、ちょっ」


「引き締まった体をしてるねぇ。モテるんじゃないのかい?」


「モテませんよ。僕はもやし野郎だから……」


「そうかい? お腹なんて、ずいぶん鍛えられてるようだけど」


 先輩が僕のTシャツをまくり上げてきて、指先で僕の腹筋をつついてくる。


「アッアッアッ」


「何かスポーツは?」


 撫でさすってくる。


「ヤ、ヤッテマセン」


 先輩の指が僕の太腿にまとわりつく。


「つまりこの腹筋も、太腿の筋肉も全部、ドラムで鍛え上げてきたってわけだ」


「えっ!? 何で――」


 僕がドラムやってること、碧先輩にはまだ話していないはずなのに。


「そりゃ、分かるよ。これだけ見事な貧乏ゆすりを見せられればね」


 どどどどういうこと!?

 僕が混乱していると、


「新入生による一発芸大会~!」


 宴会場の中心で司会進行をしている白玉先輩が、とんでもないことを言い始めた!


「エッ一発芸!?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


 薄っすらと微笑む碧先輩。


「聞いてませんケド!?」


「大丈夫だよ。その貧乏ゆすりを見せれば、絶対にウケるから」


 どういうことだよ……。


「はい、ギターパート志望の■■くんでした~! 次は誰かなぁ~? 我こそはという人!」


「はーい」


「ンヒィ!?」


 何てこと! 碧先輩が僕の手を持ち上げて、僕の声マネをした。


「おっ、碧が連れてきた子やなぁ。ほら立って、前出てきて~」


「ああぁ……」


 言われるがまま、宴会場の中心に立たされる僕。数十人もの視線にさらされて、僕は気絶寸前だ。


「何をやってくれるんかな~?」


「アッソノォ……」


「貧乏ゆすりやりまーす」


 またしても、碧先輩による声マネ。


「あ、じゃあこのイスに座って~。はい、3・2・1・Q!」


 どうなっても知らないからな!?





   ♪





 ウケた。

 上級生たちにバカウケした。みんな、


『はえぇえ~っ!』

『すげぇ! 速すぎて見えねぇ!』


 みたいな感じてめっちゃ喜んでた。

 ……ナゾだ。


「いやぁ、やっぱりボクの目に狂いはなかったよ」


 さらに酒が入った碧先輩が、バンバンと肩を叩いてくる。


「ね、軽音部に入ってよ。ボク、キミとセッションしたいな」


 碧先輩が僕にしな垂れかかってくる。


「ね、キミはしたくない? ボクとのセッション」


「あわわ……」


「あはは。リアルに『あわわ』って言ってる人、初めて見た」


 全身が、熱い。

 喉が渇いた。

 僕は大慌てでコップの中身を飲み干す。

 干してから、気が付いた。


「コレ、中身――」


 とたん、目が回った。

 そこから先の記憶はない。





   ♪





「コイツ寝ちゃってるよ」


「いいよ。この子はボクが連れてくから」


 ……眠い。

 頭が働かない。


「家に連れてくのか!? さすがにヤベーだろ。俺ん家に連れてこうか?」


「ダ~メ。そんなこと言って、この子を取っちゃうつもりなんでしょ? この子はボクのだから。ボク専属のドラマーにするんだから」


 誰かに背負われているような。

 甘い匂いがする。

 眠すぎて、目を開けることができない。





   ♪





 ……チュンチュン


「――はっ!?」


 飛び起きた。

 知らない部屋だ。


「昨日、軽音部の飲み会に行って……それで? うっ」


 頭が痛い!

 それに、


「トイレ!」


 足の踏み場もないほど散らかった六畳間を抜け、トイレと思しきドアを開くと、


「あ、もやしちゃん」


「きゃあ~っ!?」


 お風呂上がりの――全裸の碧先輩に出くわして、僕は悲鳴を上げた。





   ♪





「ほら、行くよ」


 菓子パンとミネラルウォーターをご馳走になっていると、碧先輩が立ち上がった。


「エッドコヘ!?」


「部活」


「アッソノゥ……僕、授業あるんですけど」


「でもキミ、ボクの裸見たよね」


「さっきのは不可抗力と言いますか」


「見たよね?」


「アッハイ」


 北向きのアパートを出て、大学へ向かう。徒歩5分。

 僕が正門に入ろうとすると、


「こっちだよ」


 碧先輩が僕の手を引く。

 引っ張られるまま付いていくと、


「ここは」


「部活棟」


 ところどころにひびの入った、年季モノの3階建て。


「こっち」


 薄暗い階段を上り、2階、3階へ。

 じょじょにタバコ臭くなっていって、同時に僕の緊張が高まっていく。

 その緊張が頂点に達したときに、





「おっせーぞゴルルルルァア!」





「ンヒィ!?」


 ドスの利いた声に怒鳴りつけられ、僕は悲鳴を上げた。


「もうテストは始まってんだぜ!? バンマスなら時間くらいちゃんと守れってんだよ、碧!」


 声の主は、少女だった。

 いや、ここにいるってことは大学生なんだろうけど、何というか全体的に『小さい』んだ。

 その少女が僕に向かってニカッと笑い、


「あ、わりぃわりぃ。おめーに向かって言ったんじゃねぇから気にすんな」


「そうだよ、気にしないでね」と碧先輩。


「てめぇは気にしろよ!」と少女。


「あはは、ゴメンゴメン」


 まるで悪びれる様子もなく、碧先輩。相変わらず口だけで笑う。


 少女の隣では白玉先輩が微笑んでる。

 白玉先輩のすぐ横に立っていることもあって、この少女がことさら小さく見える。


 大きな二重まぶたの目、人形みたいに整った顔立ち、背中まで伸びた長い金髪のツインテール。

 金髪ツインテール!?

 改めて字面にしてみるとすごいな。

 ゲームかアニメの世界かよ。


 身長は、僕よりも頭一つ分も低い。140くらい?

 上はぶかぶかなパーカー。

 下は何を履いているのか見えない。

 そして、細いナマ足の先にあるのはどでかいバッシュ!

 極めつけに、少女がその手に持っているのは通常のものよりもひと回りもふた回りも大きなベース。

 何というか、


「……サイズギャップ萌え?」


「おおっ!?」


 少女が駆け寄ってきた。

 僕の肩をバンバンと叩く。


「ヒッ」


「分かってんじゃねぇか! そうそう、サイズギャップ萌えだぜ! ガールズバンドなんて所詮は見た目が命。曲なんて誰も真剣に聴いちゃいねーんだからよ。だから、こうやって工夫してんだ」


「イナズマちゃん、誰も聴いてない、は言い過ぎ」


「けどよ碧、可愛いバンドとダサいバンドがあったら、どっち見に行くよ?」


「可愛いバンド」


「だろ?」


 少女が僕に再び笑いかけてきて、


「俺様ぁ性格がこんなんだからよ、せめて色目使ってバンドに貢献しようとがんばってやってんだ。だっつーのに肝心のバンマス様は遅刻しやがるし……」


「ところで赤ちゃんは?」


 碧先輩が廊下を見回しながら言う。


「赤ちゃん?」


「うん。ウチのもう1人のメンバーなんだけど」


「赤ちゃんはアカンわぁ~」白玉先輩がスマホから顔を上げた。手で涙を作ってみせて、「心が風邪引きサ~ンバ」


「また? 長いね」


「まぁ今日の『結果』が出るまでは、さすがになぁ~」


「俺様ぁ赤の気持ち分かるけどな」


「イナズマちゃんってば言動おっさんなのに心は乙女だよね」


「てめーは心がおっさんだけどな」


「アッソノゥ……それで今から、何が始まるんです?」


 3人が一斉にこちらを向いた。


「「「入部テスト!」」」





   ♪





 薄暗い廊下を抜けると半分屋上みたいになったスペースに出た。

 そのスペースの上にどどんと乗っかっているのが、


「防音室?」


「そ。我らが軽音部の部室。ほら、入って」


「アッハイ。失礼しまぁす……」


 二重になった防音扉を開こうとすると、


「ぐすっ……」


 中から泣きはらした様子の女子が出てきた!

 僕が慌てて飛びのくと、女子はそそくさと去っていく。


「い、今の何デスカ」


「あー。落ちた子だろうねぇ」


 碧先輩がさらりと言う。


「えっ、落ちることあるんですか!?」


「そりゃ入部テストだからね。けどもやしちゃんなら大丈夫」


 何を根拠にそんな……。


 僕が震えながらドアを開くと、ちょうど次の入部希望者がハイハットを鳴らしはじめたところだった。

 部室の中は、広い。

 普通、音楽スタジオだと六畳くらいの広さしかないのに、この部屋はその3倍はある。

 けど、それほどの広さを持つはずの部屋が、今はひどく狭く感じる。

 たくさんの上級生たちが、壁際にずらりと立ち並んでいるからだ。


「ヒッ」


 昨晩は和気あいあいとしていた上級生たちが、鬼気迫る表情で部屋の中心――テストを受ける入部志望者を見据えている。


 青い顔でドラムを叩いているのは、昨日見かけた覚えのある新入生。

 上級生らしきVoボーカルGギターベースが一緒に演奏している。

 曲は流行りのJポップ。


 Vo・G・Bは、かなり上手い。

 少なくとも夏野のバンドよりは圧倒的に上手い。

 対する新入生Drドラムスの方はというと……ちょっと、うーん、という感じ。

 8エイトビートは叩けているけど、繋ぎ目の即興フレーズフィルインでもたつく。

 リズムキープもできてない。





 ――ドワワァア~ンッ!





 突然、銅鑼ドラのような音が部室に鳴り響いて、僕は飛び上がった。

 見れば部屋の隅で、Zildjanのチャイナシンバルを叩く男性がいる。

 筋肉モリモリマッチョマン。

 ザ・ドラマーって感じの男性だ。


「そこまで!」


 男性が言った。


「そんな」入部志望者が立ち上がる。「まだ10分経ってませんよ!?」


「そんだけ見りゃ十分だよ。残念だが他を当たってくれ」


「せっかく推薦人を5人集めたのに!」


「悪いな。次は……おっ、例の貧乏ゆすりボーイだな?」筋肉先輩が僕を見た。「推薦状は持ってきてるか?」


「エッ推薦状!?」


「もちろん」碧先輩が紙束を取り出す。「はい、ドラムパートリーダーさん」


 なるほど、この筋肉先輩が軽音学部におけるDrパートリーダーらしい。

 僕がこの人くらい筋肉モリモリだったらきっと、夏野も僕をクビになんてしなかったんだろうな……。


「推薦人は碧にイナズマ、シロにくれなゐ。おわっ、くれなゐのヤツ、2枚とも貧乏ゆすりボーイにぶっこんでんのか」


 くれなゐ? あぁ、赤ちゃん先輩のことか。


「さて貧乏ゆすりくん。ルールは簡単だ。10分以内に、俺をうならせるドラムを叩ければ合格だ」


 でも、お粗末な演奏だと10分を待たずに銅鑼を鳴らされるわけだよな。


「ウチはこの通り強豪で、本来は飛び入り参加は許可しない方針なんだ。けどくれなゐと碧がやたら推すから、こうしてねじ込んだ。だからお前さんには、追加でハンデを負ってもらう」


「エッ!?」


「課題曲は、碧が作詞作曲した中で最も難易度が高いモノを選ばせてもらった。さらには、この場で曲を受け取って、覚えて、演奏してもらう」


「10分の中で、ですか!?」


「そうだ」


 な、何てこと……。


 早速、楽譜を渡される。

 ドラム譜というヤツだ。

 だけど……あぁぁぁ!


「ほらほら座って。イスの高さ調整して」碧先輩が僕をドラムの席に座らせる。「スティックはコレ使ってね。タムの角度は大丈夫? シンバルの高さはどうかな」


 慣れているのか、碧先輩は僕の体格に合わせてドラムセットの高さ・角度を手早く修正してくれる。

 隣では白玉先輩がシンセサイザーキーボードの電源を入れ、アンプの音量を調節し始める。

 イナズマ先輩はどでかいベースを武器のように担ぎながら、ベベベベと鳴らし始める。


 僕は気が気でない。

 だって、だって僕、実は、


「それじゃ、始めよう。ワン・ツー・スリー・フォー」


 実は――!





   ♪





(はあっ!?)


 ドラムパートリーダーは仰天した。

 碧が連れてきたドラム志望者の、ド下手くそぶりに。


 辛うじて8ビートは叩けている。

 が、そもそもこの曲は8ビートではなく16ビート。

 それも碧のクセが前面に出た、ドラマー泣かせな超テクニカル16ビートだ。

 多彩なルーディメンツを駆使してハイハット部にライトシンバルを織り交ぜ、スネア部もスネアとタムタムを交互に叩き、裏拍やさらにその裏、32ビート拍にキックを織り交ぜるようなエグさを極めたオシャレ系のビートだ。


(俺ですら簡略化させないと叩けないビート。そんなエグいビートを叩ける逸材が現れたって聞いたから、ねじ込んだってのに)


 見れば、さきほど10分を待たずに不合格にされた新入生が、ものすごい形相で貧乏ゆすりボーイを睨んでいる。


(こりゃ、炎上する前にさっさと中止させた方がいいか)


 パートリーダーがチャイナシンバルに向けてスティックを振り上げた、その時。





   ♪





 ダメだ!

 このままじゃ、僕は確実に不合格になる。

 せっかく碧先輩に拾ってもらえたのに。

 セッションしたいって言ってくれたのに!

 諦めたくない!

 どうすればいい!?

 そうだ!


「あのっっっ!」


 僕は演奏を止め、あらん限りの声で叫んだ。


「実は僕、楽譜が読めないんです!」


 全員が、ポカーンとした顔になる。


「だから、耳コピさせてもらえませんか? 先輩は先ほど、『この場で曲を受け取って』と言いました。だったら音源を『受け取る』のはルール範囲内のはずです」


「残り7分だぞ」ドラムパートリーダー先輩が顔をしかめる。「できるのか?」


「やらせてください」


「分かったよ。碧」


「うん」


 その時にはもう、碧先輩はスマホを取り出し、音楽再生アプリを起動させていた。


「ありがとうございます」


 テクニカルな16ビート。

 確かなBベースと暴れ回るGギター

 Gとユニゾンして一緒に暴れ回るDrドラムスのフィルイン。


 動画再生時間は3分57秒。

 間に合わない。2倍速で聴く。

 集中する。音の一粒一粒に至るまで聞き逃さない。


 いつしか僕の足が貧乏ゆすりをしている。


 この曲、めちゃくちゃテンポが速い。

 でも、何だか聴き覚えがある。

 人間が歌うことを前提にしてない早口な曲。


 そう、YouTubeやニコ動で人気のボカロP『青子・緑子』。

 これは、青子・緑子の曲によく似た早口アップテンポな曲だ。





 推定、216bpm。





 一般的なJポップが160bpmなのを思えば、ちょっと異常なほど早い。

 しかも16ビート。手数は単純に2倍。

 昔の僕なら、とてもじゃないけど出せなかったスピードだ。


 演奏を聞き終わった。

 残り時間は4分と少ししかない。


「行きます」


 僕は短く告げて、カウント代わりのハイハットを4回。

 演奏が始まった。


 まず、最初の2小節でBベースがぐいんぐいんと暴れ回る。

 音源を聴く前は意味が分からなかったけど、今なら分かる。

 今日不在のGギターの代わりを務めているんだ。


 続く2小節、Bに絡み合うようにして、DrドラムスのフィルインがBとユニゾンする。

 4小節目でシンセサイザーが乗り、それでイントロは終了。


 碧先輩が鋭く息を吸った。


 マイクが拾ったその音が、ドラムの返しスピーカーから僕の耳に襲いかかる。

 すごい。

 ブレスまで可愛いだなんて。


 歌が始まった。

 僕は夢中になった。





   ♪





(何だ、コイツ)


 ドラムパートリーダーは目を疑った。

 大学で一番上手いはずの自分ですら叩けないえげつない16ビートを、貧乏ゆすりボーイが寸分たがわず叩ききっている。


 貧乏ゆすりボーイの左足が、ハイハットペダルを保持している足が、激しく振動している。

 メトロノームかと思うほど正確に、曲と同じ速さで振動している。


(そうだ。上手いドラマーは、必ず左足でテンポを取る。左足でテンポが取れないヤツは、安定しない。アップテンポな左足は、貧乏ゆすりのように見える。というか、貧乏ゆすりをして足首と膝を鍛えるんだ。先代のドラムパートリーダー――天才ドラマーのゴッド先輩がそうだったように!)


 ドラムパートリーダーは耳も疑った。

 だが、耳よりもなお疑ったのが、目だ。


(碧が笑ってる)


 あの、気難しいことで有名な碧が。

 リズムキープにメチャクチャやかましくて、数bpmでもズレようものなら、とたんに顔をしかめる碧が!


(は、はははっ。お前、ついに理想のドラマーを見つけたんだな)


 隣のサブパートリーダーが肩をつついてきた。

 彼女は青い顔をして、パートリーダーにメトロノームを見せる。





 216bpm。





 演奏と、メトロノームの針の動きが完全に一致している。


 パートリーダーは数秒待つ。

 針の動きは演奏と完全に一致している。


 さらに数十秒待つ。

 やはり寸分の狂いもない。


 結局、彼は演奏が終わるまでメトロノームを見つめ続けたが、最後まで1bpmすらズレなかった。


(コイツ、天才だ。リズムキープの怪物)





   ♪





 演奏が終わった。

 僕は顔を上げる。

 全身汗だくになっていた。


 碧先輩が、僕に振り向いた。

 碧先輩が笑っている。





 ――わぁああああっ!





 大歓声がわいた。

 上級生たちが、新入生たちも、さっき落ちたドラム志望の人すらもが、熱狂しながら拍手をしている。


 それは、そうだろう。

 これほどの演奏だ。


 土台を守りつつGギターの代わりまで務めるイナズマ先輩の鋭いBベース

 G不在で足りない音域をさり気なくカバーしつつ、けっしてノイズにならないよう裏方に徹する白玉先輩のKキーボード


 そして何より、ぞっとするほど可愛くて艶やかな声から繰り出される、聴く者の心を虜にさせるVoボーカル

 216bpmという早口な歌なのに、ただの一度もつっかえることなくスラスラと、それでいて情熱的に歌い上げた碧先輩。

 この拍手は、賞賛は当然だ。


 ――ドワワァア~ンッ!


 視線がドラムパートリーダー先輩に集まる。

 先輩が大きく息を吸って、


「合格っ!」


「ようこそ!」アオ先輩がとびきりの笑顔を見せた。「バンド『キング・ホワイト・ストーンズ』へ!」

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