Anh.14『花で飾られた女』
―2008.10.6 23歳―
軽井沢で働き始めて2年目の夏。
チャイルドマインダーという新たな夢を見つけた
そして接客中の会話で偶然事情を知った
彼は群馬県前橋市の工業団地にある自動車部品工場に勤めていて、社長は彼の父。親に買って貰ったAUDI R8を乗り回し、軽井沢で女の子と豪遊する日々で、軽井沢から大宮くらいは苦ではないと言う。
「いいの、いいの。好きに休めるから。
両親は川越に住んでるのに、自分だけは前橋の寮。親父は月一の定例会議にしか顔を出さないし、俺だってたまには東京戻って遊ばなきゃやってらんないからね。通り道だよ」と少し感覚がズレてはいるが、優しい気遣いもくれる。
話し上手の迅との車内は楽しく、高い割に
「先週コンビニから帰って来た彼が『お土産〜』って渡してきた物が衝撃的で。
ペットボトルによく付いてる景品?それを大量に持って帰って来たの……」
「えぇっ――!万引きじゃん!」
彼は運転しながらも、気持ちの良いリアクションはお手の物。
「だよねぇ。でも『これは商品ちゃうから万引きちゃうやろ』って。『れーが欲しがってたからやん』って。なんか引いちゃった……」
「てか前に、財布からお金抜かれるって言ってなかった?……ホント手癖が悪いね。なんで別れないの?」
「うーん……。最近は千円札じゃなくて一万円札も抜かれるようになったし、何回も別れようとはしてるんだけど、その度に泣き付かれて……。
『軽井沢に来たんは、れーを追いかけて来たんや』って言い出すし。何だか気持ち悪くてね。
野球部の知人に確認したら、救急搬送に付き添って貰った辺りから、私の事を聞き回ったり、付き纏いらしき行為もあったみたい……。
だからどうすれば良いか迷ってて」
「だったらもう『俺と付き合ってるから』って言っちゃいな?特定の女は作らない主義だけど、演技とかなら付き合うよ?」
少しずつ距離を置くのも面倒になっていた純麗子は彼の提案に乗り、迅と二股していた事にして恭弥と強引に別れた。
数週間、恭弥からの昼夜問わずの電話やメールに悩まされたが、『着信拒否とメールブロックは変に刺激しそう、逆上されたら怖い』と周囲に言われジッと放置。
連絡が取れないとなると次はレストランの前で待ち伏せされるようになり、従業員に守られながら敷地裏手の
「あれだけ付き纏ってくるなら、俺らが車で出掛けてるのも目撃されてるよね……?
もっと決定的な感じを見せつけないと諦めないのかも。
来週のクリスマスイヴ、レストランの前で待ってる。一晩、俺にくれない?良い作戦がある」
―2008.12.24 24歳―
クリスマスイヴは年間で一番忙しい日だ。
本当なら一刻も早く
寮へと戻る従業員に付き添われながら玄関を出れば、迅がスマートにエスコートを代わる。
車に乗り込んですぐミラーをチェックした彼は、
「アイツはあの木の陰だよ。自転車で来てるみたい。今から行く場所はここから車で3分程だし、自転車でも十分付いて来れるかな」と言い、ダイナミックなエンジン音を轟かせた。
迅は恭弥の姿を確認しながら車を走らせ、4つ星ホテルの駐車場に停車した。恭弥が見ている事を確認した上で二人は車を降りる。
ホテルのエントランスドア目前で、突如恭弥が殴り掛かってきた――。
ドアマンと警備員が瞬時に彼らの間に入り、あっさり取り押さえられた恭弥は、
「お前なんてただの
ドアマンは
「お知り合いでしたか?」と尋ねた。
純麗子は怒りと震えを隠しながらも酷く冷淡に、
「いいえ。全く知りません」と言い放ち、掴まれたジャケットをわざとらしく直した迅も、
「知り合いな訳ないですよ。早く連れてって下さい」と、羽交締めにされ地べたに這い
部屋に入った迅は、
「あぁ……。散々だったねぇ。やり過ぎちゃったかなぁ」と渋面を作ったかと思えば、口の端でほくそ笑む。
「シャワー浴びて来なよ」
「えっ……」
「なんにもしないからさぁ。――ってな訳はないよ。
一晩くれるって約束だよね」
親しくなる前から危険だと認識していたはずだった。どうして安心してしまったのか……、純麗子は脈打つ鼓動に問い
私の記憶の中の彼女が、追憶に沈む――。
送迎してもらう途中で、彼が財布を忘れた事に気付き、寮へ取りに寄った日。
借りた洗面化粧台の収納からは、溢れ出す程の女性用小物が乱雑に陣地取りを繰り広げていた。
同じような物が何種類も残されている光景に、この部屋を訪れる女性達が互いに複数人の女性の存在を知りながらも、干渉し合わない
嫌悪が募る洗面化粧台の前をすぐにでも離れたいが、洗面所を出るのも危ない気がして躊躇した。しかしそのまま彼は何もせず、変わりなく紳士的に車へと戻った。
その日もこれまでも、ずっと迅に手を出されなかった事で、自分は彼をシェアする彼女達のような対象では無いと、思い上がってしまっていたのだ。
「早くシャワー浴びて来なって」と、容赦無い現実が回視の彼方に打ち寄せる。
「あっ、でも私、今日生理で」
馬鹿みたいにありきたりな嘘を
「別に構わないけど。じゃあ風呂でしよ」と彼は迷い無く言って退けた。
「いやぁ、えっと、私は気にするかな……」
「はぁ……。何それ。だったら口でしなよ」
呆れたような色を含む、冷たく
(彼の声は、こんな声だった……?)
悲愴な嘆きを残して、意識が私に切り替わる――。
明らかに純麗子が自分で蒔いた種。それなのに、刈り取りもせずに。
窮地に陥ったタイミングで、いつも彼女は意識の底へ逃げ隠れる。
私の最低最悪な目覚めは全て、間違いなく彼女のせいだ――。
この物語は、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。作者の人生とも全く交差しない、詮索謝絶の完全なるフィクションです。
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