Anh.13『直向きで果てしない愛……?』

 ―第8場―

『天罰と逃竄とうざん旅寓りょぐう


 ―2007.4.21 22歳―

 勢いで逃げ出した後、卒業までの約半年間をマンスリーマンションで過ごした。

晋作と顔を合わせ辛く欠勤を続けた挙句にバイトを辞めてしまった為、11月に受ける筈だった正社員登用試験の受験資格を失った。

合格を確実視されていた純麗子すみれこは、就職活動を一切しておらず、遅すぎる戦線も世は就職氷河期――。

結局は母のコネで軽井沢の旅館に入った。


 母 なつみは娘の苗字が変わらないよう離婚してからも蔵埜くらのを名乗ってきたが、純麗子の結婚が決まった事で、自身も旅館の主人と再婚し女将になっていた。

しかし婚約破棄により結局連れ子となった純麗子は、母の気遣いも虚しく“樫坂かしさか”の苗字に変わる。


『樫坂屋旅館』は明治34年から続く軽井沢の老舗旅館で、夫 樫坂 清彦かしさかきよひこは4代目。前妻に先立たれ、男手一つで一人息子の頼彦よりひこを育ててきた。

清彦は柔和で優しいが、女の争いには疎く、妻が周囲から冷遇されている事にも気付いていないようだ。


 義兄となった頼彦は、純麗子を嫌っているのか彼女にだけ凄然と無慈悲。仲居たちももちろん純麗子を良く思わず、彼女は拾って貰った身で厚かましいながら居心地悪く感じていた。


 軽井沢の地での楽しみを求め、彼女はmixiのバーベキューオフ会に参加。

そこで再会したのが大学時代の先輩、和泉 恭弥いずみきょうやだった。

彼とは就職活動に明け暮れていた昨年秋、野球部の練習グラウンド横で急に倒れた所を助けて貰った縁がある。


 当時、野球部員の中で恭弥は、卒業後もやたらと部に顔を出し、連鎖販売取引ネットワークビジネスを持ち掛けてくると噂されていて、在学時代に人気選手だった彼の噂は部内に留まらず、もちろん純麗子の耳にも届いていた。


「なんで軽井沢に?」

「俺も春から軽井沢の旧車カフェで働いとって。偶然やなぁ!」

純麗子は久々の関西弁に懐かしさを感じる。

軽井沢に来てからは、なるべく関西弁を話さないよう気を付けていたのだ。

「また、旧車カフェへお邪魔しますね」という社交辞令に恭弥は、

「ホンマに来てやぁ!」と何度も念を押し、連絡先交換までする羽目はめに。

しかし、この出会いは偶然ではなかった――。


 案の定しつこく誘われ、カフェを訪れる……、そんなことを繰り返す内に純麗子は根負けし、恭弥との交際が始まった。

大学時代はショートを守る花形選手だった恭弥は、軽薄で執拗な所に目をつむれば、彫が深く目鼻立ちがはっきりとした面立ちに、色素が薄い瞳や肌、元野球部員らしい鍛え上げられた体つきも魅惑的ではある。


 しばらくして純麗子がホテルでの経験を発揮し、旅館の離れにあるフレンチレストランの給仕長メートル・ドテルに抜擢されてからは、恭弥との時間が取れなくなった。

彼は連鎖販売取引ネットワークビジネスを続けるため、旧車カフェのバイト代もぎ込んでいるのかお金が無く、たまにデートに出掛ければ支払いはいつも純麗子。

彼女の財布からお金を抜き取るほど困窮しているようで、何度注意しようが少しも慌てず、シラを切り通すのだった。


 同じバーベキューには、純麗子が働くレストランの常連客であるじんも来ていた。

綺麗で整った顔はしているが、ガラスの向こうに人なんていないかの如く平然と、そこに映る自分の姿を確認するナルシストな男だ。

彼は口説くこともマナーだと思っているような調子の良い人物で、毎回違う相手と店を訪れては、連れの女性が席を立てば純麗子へ声を掛けるという不誠実さに、初めから危険な匂いを感じていた。


 しかし彼女は岐路に立たされた先で、また道を選び損ねる――。





 この物語は、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。作者の人生とも全く交差しない、詮索謝絶の完全なるフィクションです。

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