第3話 紅に染まる病室で


「本当に、燃えるように鮮やかな赤色だね」

「その色、あんまりすきじゃない」


 紅葉を見ていたら、八歳ほどの綺麗な少年が慣れたように病室に入ってきた。


「おや、また来てくれたのかい?」

「うん、ボクのいるべきところはここだもの」

 少年はうんしょっと登ってきて、老人の隣に座る。


「神様はいつもイジワルだ。……やっと会えたのに。一緒にいれる時間はいつもみじかい」

「ふふ、どんな時だって君だってわかったよ」

「せめて今みたいにお話しできる生き物にして欲しかったな」

「どんなときの君だって、とても紳士的で素敵だったよ」

「貴方を守るには、弱すぎる!」

「ボルゾイの時の君は、散歩の度に他の犬から守ってくれていたね。さすがは私の護衛騎士だ」

「当たり前だよ。僕の役目だもの! でも、あのときはいつも一緒にいれたのに、今は入院中の兄ちゃんの付き添いの時しか一緒にいられない」

 意識は身体に引きずられるのだろう。

 幼い口振りがいとおしいと感じられた。

「お兄さんの骨折も経過が順調そうで良かったよ」

「良くないよ。一緒にいられる時間が減っちゃう」

「なればこそ、一瞬一瞬が宝物みたいだねぇ」

 少年は宝物という言葉が気に入ったらしい。

 宝物、大切な宝物と小さく呟く。

 気をよくして老人の皺だらけの手を取って、甲にキスを落とす。

「本当は恋人のキスをしたいんだけど。それはお預け」

「忠義の接吻かい」

「ほんとは足にしたいのだけど」

「はははっ額への接吻で我慢しておくれ」

 

 手の甲への接吻は忠義の証。

 足の甲への接吻は服従の証。


 そして額への接吻は祝福の証。


 傑はカサカサになってしまった唇を、小さな額に落とした。


 もう随分と生きた。この身が朽ちるのも間もなくだろう。

 だが、傑はとても満足だった。


 彼はいつも隣にいた。


 孤独を感じるまもないほどに、いつだって傑の側にいてくれた。


 約束を、守ってくれた。


「僕を置いていかないで」

「大丈夫だよ」

 傑は少年の頭を優しく撫でる。 

「……いつだって私を見つけてくれてありがとう。今度は私の番だよ」

 焦がれる想いは積み重なって、深い深い愛情へと変わった。

 最期まで大切に時を一緒に過ごそう。


 永眠ねむりさえ、次の再会までの一時の別れだ。


 穏やかに傑は微笑む。

 



 今度は、私の番だ。


「必ず君を見つけるから」


 

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