クリスマスの特殊任務
九傷
クリスマスの特殊任務
『こちらトナカイA。配置についた。どうぞ』
「こちらサンタA。了解した。3分後、扉のロックを解除する、どうぞ」
『トナカイA了解』
『トナカイB了解』
『プレゼントA了解』
『ソリA了解』
第一エリアに配置されたそれぞれからの返事を確認し、スイッチに指をかける。
既に対象が目覚めていることは確認している。あとは予定通りことを進めるだけであった。
『サンタBからサンタAへ。足が痺れてきた。体勢を変えていいか。どうぞ』
「サンタAからサンタBへ。死体は動かないものだぞ? ……まあ、任務開始前だし許可しよう。他の者も、これが最後のタイミングだ。体勢を変えるなら今のうちにしておけ。どうぞ」
『助かった……。足を組み替えたらすぐ死体に戻る。どうぞ』
やれやれ、と溜め息を吐きつつ、俺も体勢を変える。
残り1分――作戦開始時間が迫ってきていた。
今回俺達に依頼された任務は、監視対象のモニタリングである。
この依頼は、その監視対象を楽しませるために企画された、言わば『リアル脱出ゲーム』であった。
ちなみに監視対象は、俺達に依頼をした金持ち一家の子供達である。
俺達は死体役として、屋敷内の各所にオブジェクトとして配置されていた。
(全く、実にくだらない任務だ……)
くだらない任務ではあるが、給料は良いため、やること自体に不服はない。
ただ、少々退屈というだけの話だ。
「こちらサンタA。これより、扉を開錠する。各自心して任務にかかれ」
『了解』
――開錠だ。
まずは第一エリアである子供部屋の扉が開錠される。
子供達には時間が来たら部屋の外に出るように伝えられているため、程なくして外に出てくるだろう。
部屋の外にはトナカイAが配置されているため、その反応を待つ。
『こちらトナカイA。対象が部屋から出てきた。しっかり5人いる。どうぞ』
「了解だ。そのままモニタを続けてくれ」
依頼者の子供達は全部で5人。まずは不足なく部屋から出てきてくれたようだ。
子供というのは時に理解を超える行動をするから、人数や行動についてはしっかりと確認しておかなくてはならない。
『こちらトナカイA。対象がこちらに気づいた。これより、任務に徹する』
どうやら、対象の子供達がトナカイAの存在に気づいたらしい。
トナカイAは子供達にダイイングメッセージを残す死体の役目を担っているため、それに徹するということだろう。
通信機からは、子供達のキャッキャとした声が漏れ聞こえてくる。
『ねぇねぇ、なにか書いてあるよ?』
『本当だ。え~っと、カイル、これなんて書いてあるの?』
『これは……、一階への扉の鍵は、台所にあるってさ』
『台所に? なんでだろ?』
「わからない。でも、そういうゲームなんだと思うよ』
このゲームの趣旨について、カイルという少年はしっかりと理解してくれたようである。
この少年がいれば、ゲームはつつがなく進行できそうであった。
『ねえ、この人はなんで眠ってるの?』
『この人は眠っているんじゃなくて死んでいるんだよ』
『えぇ!? 死んでるの!?』
『死んでいる役、だけどね』
『役?』
『うん。そういう役割ってこと』
『それって、本当は死んでないってこと?』
『そうだね』
『ミア、確認してみるね!』
『え、あ、ちょっと』
通信機の音声に耳を傾けていると、何やら不穏な流れが聞こえてくる。
これは、大丈夫なのだろうか……?
『いたたたたたたたた!!』
『ああ! 死体が動いた!』
『駄目だよミア! 無理やり目を開いたりしちゃ!』
どうやら、トナカイAはつむっている目を無理やり開かれたらしい。
子供がよくやるイタズラの類だが、中々えぐいな……
『えーい!』
『とりゃー!』
『ぐえぇぇぇぇぇぇっ!?』
情けない声が通信機から響く。
一体何をされているのだろうか……
暫くしてから、子供達の声が遠ざかっていく。
そして――
『こ、こちらトナカイA。ひどい目にあった……』
「大丈夫だったかトナカイA。報告はできるか?」
『あ、ああ。目を無理やりこじ開けられたり、服を脱がされ毛を毟られたが、とりあえず生きている。ただ、忠告はしておくが、アイツら、かなり手強いぞ……。あのカイルって少年以外、全員ワンパクの悪ガキだ。心してかかれよ……』
悲痛な声とともに通信が終了する。
そして――
『ぎゃあああああああああああああ!!』
台所に配置されていたトナカイBの叫び声が通信機から発せられる。
どうやら、子供達は順当に台所へと向かったらしい。
その悲惨とも思える叫び声に、他の隊員達も段々と恐怖を感じ始めたようだ。
『サ、サンタA、撤退の許可を!』
「だめだ! 撤退は許可できない!」
既に報酬は前金で受け取っているのである。
今さら撤退などできようはずもなかった。
『ぎえぇぇぇぇ! やめて! ホースを突っ込まないでぇぇぇぇ!!!!』
その通信を最後に、トナカイBの通信は途絶えた。
◇
「いやぁ君達、よくやってくれたよ! 子供達も実に楽しそうだった!」
そう言って俺の肩を叩くのは、今回の依頼人である。
つまり、あの悪魔たちの親だ。
「……いえ、任務ですから」
俺はなんとかそう答えるが、他の隊員達は俯いたまま何も言わない。
というか、みな一様に何かを失ったような顔でフラフラとしていた。
「これは残りの報酬だ。受け取ってくれたまえ」
「……ありがとうございます」
「それでだけど、また来年も頼みたいんだが、引き受けてくれるかな?」
「「「「「「「「断固お断りいたします!!!!」」」」」」」」
クリスマスの特殊任務 九傷 @Konokizu2
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