一章 第4話 暑い夏が始まる。

「島田 あいさん、ですね。漢字はこれで?」


あ、はい、と返事をした僕の前で藤原さんは律儀に僕の名前をメモしていた。僕たちは公園の木陰の下に移動し、まずは互いについて知ろうということで自己紹介をした。(なぜか将来の夢まで聞かれた)ここで思ったのは、藤原さんは最初に話しかけられた時の印象とはまるで違うということだ。普通に真面目そうな人になってるし、僕はなんか職質受けてるみたいになってる。なんで。


こうして妙な雰囲気の中、僕について軽く藤原さんに話し、この本たちについて調べていくことになった。この雰囲気は僕が想像していたものとはだいぶかけ離れており、例えるなら、クラスで先生に勝手にグループ分けされて、特に話したこともない女子と一緒に、共通の課題を淡々と終わらせていく時の雰囲気に近い。つまり、地獄。これからは、全く楽しくないし、事務的な会話しかないし、そもそも会話ないしで色々終わってるみたいなことになっていくのだろう。



あぁ、さらば俺の青春…。さっきまで激しく踊り狂っていた心の中の小さな友人は、すっかり冷え切ったダンスホールでただひとり、涙を流し始めた。


そんな僕の心配をよそに、太陽はこちらを睨むように照り続け、セミは体育祭の応援みたいな合唱を繰り広げ、夏は自分の役割を存分に発揮しやがっていた。


猛暑の中、悲しみに耽けながら、とりあえず本を手に取ってみた。ぱらぱらとめくっても、まあ特に何もなく、ただの本だ。これがみんなは見えないってほんとかね。普通に持てるし、読めるし、見えてるし。にわかには信じ難いことだ。ましてやこの量………。これが、歩く図書館か。これがいつもそばにあるから、歩く図書館だ!とはならんけどな。などとなんとなく本を触っていたら、ふと本の背表紙についている小さなボタンのようなものを見つけた。


「あの、ふじ、わらさん、これ、」


カタコトの外国人みたいになってしまった。やはりそんな僕の声を全く気にせず藤原さんは、そのボタンをまじまじと見つめていた。見た目からすると多分押せる。なんで本にボタンがあるのかはさておき、押したらどうなるのかは全く想像もつかない。まあとにかく今は触らない方が無難だろ———


“カチ”


「————!!!!」


押した?!え、押した??え、ちょ、ええ?


目の前の信じられない光景に驚いている間も無く、凄まじい光に包まれ———







目を開くとそこは、……………説明がめんどいんであれです、あれ、あのー異世界?的なやつっす、はい。だった。


まず、多分ちょっと大きめの街だ。城下町だろうか。街行く人々は、いつの時代なんだそれはみたいな服装をしてるし(しかも西洋チック)、耳が横に伸びてる人もいる。全身に甲冑を纏った人だっている。


ただ、変わらないことと言えばこの暴力的な暑さ。なぜかこれだけは一緒についてきやがった。


状況が理解できない。これがいわゆる、異世界転生みたいなやつか?でも異世界転生って大抵、現実世界で死ぬのがトリガーなはず。てことはあの眩い光は、………爆発で、俺は死んだ………ってこと?


つまり僕はこれからこの異世界で、妙に僕だけ都合よく強かったり、クソ雑魚能力かと思ったら、実は最強な能力でした!みたいなノリで無双できるってこと。小説で腐るほど見た。そういうタイトルを。全部説明してくれる清々しいほど親切なタイトルを!


僕のバックにあの無数の異世界転生モノがついている限り、異世界ここで困ることはないだろう。


「なんか、まずいことしたみたいですね。私」


聞き覚えのある声の方を向くと、そこにはいかにも魔女というような服装をした、中学生ぐらいの少女が立っていた。


「まさか、藤原さん……?」


少女はこちらを向くと、首をゆっくりと縦に振った。どうやら一緒に転生してしまったらしい。まあ多分一緒に死んだから。でも、知り合いが誰もいないスタートじゃなくてよかった。藤原さんとは話して数時間の仲だが。


まあとにかく、これからどうすれば、と考えていると、藤原さんがぽんぽんと肩を叩いてきた。


「あの、なんか一緒にこの本も転生?しちゃったみたいなんですけど…………」


藤原さんが片手に持った本の表紙を見てみると、そこには


『急に異世界に来てしまっても安心!!その道のプロがイチから教える、初心者でも簡単に理解できるミステリーブックスのルールとトリセツ 決定版 新法対応 改訂版』


……………。なに、これ。  


こうして、僕のだいぶおかしな夏が始まった。










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