序章 第3話 ミステリアスな本

…………あれが見える???

その『あれ』とやらがなにか意味を含んだものだということはなんとなく察したが、『あれ』とは一体…僕はまた全身の糖分を脳に集中させ…


「本、です。あなたが先ほど言った、たくさんの本のこと、です」


彼女は全く表情を変えず淡々と僕に言った。ほ、本?あのたくさん積まれた本のことか。


「あぁ、あれですか。あんなに積まれたら、そらまあ見えると思いますけど………」


あれが見えない人なんて果たしているのか。見えないようにするのが困難なほど積まれていたというのに。いやでも目立つ。あれは。


目の前の彼女は、僕の返答になにか確信を持ったように頷き、何かを考え始めた。


それがまあまあ長く、お腹が空いている時に、カップラーメンが出来上がるのを待つ時間ぐらいかかった。


うーん、味はシーフード。出来立ての香りを納めた湯気は、天の井に導かれ、僕の食欲を掻き立てる。さあいただこう、と箸をスープに入れようとしたところを彼女の声が遮り、瞬く間に幻は消えてしまった。あぁ俺のシーフード……


「実はこの本、なんか普通の人には見えないみたいなんですよね。あ、いや、あなたが普通じゃなくて異常だとかそういうことを言いたいわけじゃないです。少し変だとは思いますけど」


なぜかいきなり強めのジャブを喰らった。後半は余計や、とは思いながら少しショックを受ける僕だった。が前半の部分が気になりすぎたので、心では大粒の涙を流しながらひとまず彼女の話を聞くことになった。


彼女の話をまとめるとこうだ。彼女の名前は藤原 さや


(なんか名前まで教えてくれた。なんで)


僕より一つ年上で高校2年生。ある日ひょんなことから、これらの大量の本を見つける。周りの反応を見るにこの本は自分しか見えていないことを察した藤原さんは、とりあえずこの本達の謎を解こうと考えた。が秒で諦めた。普通に無理だったらしい。


(いさぎよい)


で、元々読書好きだったのでとりあえず普通に読むことにした。

内容は多種多様で、読みやすく、普通に面白いものばかりだそうだ。


これらの本を認知してからは常に側に大量の本が積まれており、本人曰く、歩く図書館を体験できておすすめだそうだ。


(おすすめとは)


こんな謎多き本を、藤原さんはミステリアスブックス、略してミスブス


(あまりにも酷い略。本人は気に入っているらしいが正気の沙汰じゃない)


と名付け今日まで普通に楽しんでいた。今までこの本の存在を認知した人間はいなかったそうだから、今日、僕と見えるとわかったときの反応は納得だ。とまあこんな感じにミスブス(酷い)について色々と教えてくれた。


話を聞く限りだと、まさにミステリアスそのものだった。特定の人にしか見えない本なんてあるものなのか。にしても量多くないか。こういうのは大体1、2冊が相場だろう。と、この不思議な現象についてあれこれ考えていると、藤原さんがなにか決意したように口を開いてこう言った。


「あ、あの、この本について一緒に謎を解きませんか」


「………え」


瞬間、僕の脳みそはその言葉を瞬時に理解することに困難を極めた。ので、一旦宇宙の起源についての完全な理解を跨いで、その言葉を咀嚼し、そうしてようやく、その言葉の意味を理解した。


“一緒に謎を解きませんか”


それは突如始まった。アツすぎるイベントが。これはもう実質告白みたいなもんだ。うん。うぉううぉう。心の中の小さき友人は、先ほど少し変だと言われたことはもうとっくに忘れ、熱帯夜のダンスホールでただひとり、鮮やかに舞い、踊り狂い始めた。


暑すぎる夏は、アツすぎる夏へと変わり、青春をぶっ壊す勢いのあった気温は、むしろ青春を彩るアクセントに感じられ、僕は高校生最初の夏にかつてないほどの可能性を感じるのだった。


こうして明るすぎる日の下で僕の不思議な夏が始まった。








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