序章 第2話 Re:会

 なんだったんだろうかあの人は。単純にすごい。あの量はほんとにすごい。まじで巨人は防げただろうな。ありゃ100年は安心や。とか段々ふざけた方向に思考が行きがちなのが僕の悪い癖だ。次第にあの女の人のことを考えるのを忘れ、日が落ちかけてもなお、人をぶっ殺す意思は固い夏の夕暮れの中、自転車をキコキコと漕いでいた。図書館へは本を返すぐらいしか用はないし、もう会うことはないないだろう。レポートはよ終わらせないと。


「……っ!!」


僕は慌てて自転車を止めて、目の前のありえない光景に思考を停止してしまった。


えー、上の発言を撤回させてください。今しがた会うことはないだろうと思っていた人、まさにその人が、いました。近所の公園。図書館の時と同じ量、もしくはそれ以上の本を傍に本を読んでいる人が。変わらず真剣な表情で。


瞬間、彼はこの不可解な現象を理解するため、全身の糖分を脳に集中させ、さながらスーパーコンピュータのように演算を重ねていた!彼の頭の中には様々な数式が飛び交い、世界のあらゆる論文を参照し、この世界について掌握するまであと一歩というところで、はっと我に帰った。


おかしい。僕が図書館を出てから、約15分。寄り道はせずまっすぐ帰ってきたはずだ。なのになぜ、この人は僕より先にこの公園にいるんだ。しかも大量の本と一緒に。え、なに怖い。怖いよ。心霊現象的なやつ?ホラー?この暴力的な暑さを和らげようとしてくれてる?結構です。


「…見なかったことにして帰ろう」


ホラーだかなんだか知らんがこういうのには関わらない方が良いってじっちゃんが言ってた。きっと同じ人ではない。多分、巷で流行ってんだろう。大量の本をそばに置いて本を読むのが、エモいみたいな。


適当にギリギリ納得できそうな理由をつけて帰りたかった。が、どうしても自転車を漕げなかった。いよいよホラー味が強くなってきてしまっているが、気になるのだ。どうしても彼女について気になって仕方がなかった。普段は頭にうさ耳をつけたタンクトップの日焼けしたおっさんが横を通っても一瞬驚くだけで、そのあとは忘れてしまう僕が、気になってしまった。


それほど彼女には、不思議さ、不可解さ、吸い込まれてしまうような謎の雰囲気を醸し出していた。気になるが、どうしようもない。初対面の人に気になったからと言って話しかけるほどコミュ力は高くない。ここでじっと見るのも気味が悪いだろうから移動しよう。と思った矢先、彼女が立った。そしてずかずかと僕に近寄り、ぶつかるまであと一歩のところで止まり、僕に言った。


「暑いですね」


……ん?


「暑いですね」


彼女はもう一度僕に言った。


「ハ、はい、あ、あついですネ」


ギリギリ日本語だろうとわかるレベルの発音と声量の僕の声を全く気にせずに彼女は言った。


「地球温暖化の影響なんですかね。近年は特に温度上昇が激しいらしいです。私たちの将来はどうなるんでしょうか」


どうなるんでしょうか?えぇどうなるんでしょうね。わからんわそんなん。


「えっと、もっと、暑くなる、でしょうね」


そういうことを聞いてるんじゃないのに、動揺しすぎて見当違いなことを言ってしまった。


「はい。暑くなります。今よりもっと」


なんだこの人。あの光景を見たらなんとなくは想像できるが、その想像をはるかに超える変人だ。なんで僕は今地球の将来について、この人と話してるんだろう。


「ところで、私の方をじろじろ見ているようでしたが何か用ですか」


瞬間、図書館で感じた悪寒とはさらに別の悪寒が僕の全身を駆け巡った。話題、急に変わりすぎや。今の地球温暖化の話全部これの前振りなんか。もっとあっただろ。


「あの、たくさんの本を側に置いていたので、すごいなと思って。…ほんと、そ、それだけです」


苦し紛れに、理由を伝えると、彼女は目を大きく開け、5秒ほど停止したあと、軽く息を吸ってこう言った。


「 『あれ』が見えるんですか?」





………『あれ』が見えるんですか???



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