異なる立場と彼の思い
ある日の昼下がり、ぶらぶらと街を歩いていた竜胆は、ふらりと公園を訪れた。
例年より遅れながらも無事に咲いた公園の枝垂れ桜も、そろそろ葉桜の時期を迎えようとしている。
公園のベンチには青年が一人、その足元では茶色い柴の子犬が一匹、甘えるようにすり寄っていた。
野球帽をあみだにかぶった茶色い紙の青年を、
(どこかで見たような……)
少し考え、すぐに思い出す。
青年は月葉神社の祭神・月葉であった。
この公園は月葉神社が管轄する地域にあるため、彼がここにいることは別に不思議なことではない。むしろ五宮神社の祭神である竜胆がここにいることのほうが不思議がられるだろう。
竜胆は普段、月葉に会うことは少ない。五宮神社で会合があるときに顔を合わせる程度である。
そのうえ、今の月葉は祭神としての狩衣姿ではなく、人間に紛れるためか洋装で、それを見慣れない竜胆は、青年と月葉がすぐには結びつかなかった。
月葉のほうでも竜胆に気付いたらしく、軽く頭を下げる。
「見回りか」
「まあ……そんなところで」
「その犬は、神社の?」
「いえ、たぶん三丁目の松井さん家の――」
月葉が言いかけたとき、
「ムギ!」
首輪の付いたリードを手に、中学生くらいの少女が走ってきた。
「やあ、加奈ちゃん。ムギ、加奈ちゃんが来たよ」
月葉に何度も頭を下げ、少女が子犬を抱いて走っていく。
「知り合いか?」
「昔からよく神社に遊びに来てた子ですよ。最近犬を飼いはじめたみたいで、散歩の途中にうちの神社に寄ってくれるんですよね」
にこにこと竜胆に答え、月葉が桜を見上げる。
「この桜、近々植えかえられるそうですね」
「植えかえ?」
「ええ。そろそろ寿命ですし、だいぶ前に種を取って育てていた苗木が育ってきたのでそろそろ植え替えをしようかという話になっているようです。この桜が代を重ねるなら――喜ぶ子もいるでしょうね」
月葉は穏やかな顔をしている。
ふと、竜胆はそれまで気にかかっていたことを訊ねてみる気になった。
「訊いても、いいか。なぜ妖を
「その前に、竜胆様は妖をどう思っておられるのです?」
予想だにしなかった月葉の問いに、竜胆は思わず口ごもった。
「俺は……妖だから特別どうとは思わない。だが、祭神として、神社のことを考えるなら、それはまた別だ。祭神としての俺は、妖は……いや、妖を容れるのは、危険のほうが大きいと思っている」
ふうっと息を吐いて、竜胆はベンチに背を預けた。
普段は何かを言うとしても一言二言ですませ、会話を続けることの少ない彼としては、これでもずいぶん多く会話したほうである。
くわえて竜胆は、自分の内心を他者に打ち明けることを滅多にしない。自分の言葉がきっかけでなにか面倒が起きるのが、竜胆は何より嫌いなのだ。
「一言で言うなら……木を隠すための森づくり、ですかね。森と言うには規模が小さいですけれど。もしも卯月神社で何かあった場合、僕のところが受け皿になれれば、と思ったんですよ」
「反対もされただろう」
「されましたね。神社を去った子もいます。今でも、快く思っていない神使はいるでしょう。そのうえ、おっしゃるとおり妖を神使として受け入れるのは危険が伴う。でも僕は――先代のようにはなりたくなかったんですよ。先代は確かに立派な方でした。でも同じくらい、卑怯な方でした」
月葉の顔から、笑みが消える。
「あの方は、自分の手を汚すことが嫌いで、恨まれることも嫌いで……そうなりそうなことが起きればすべて他に……卯月に押し付ける方でした。妖怪退治には卯月を頼み、堕ちた神使の始末も卯月に頼む。率直に言って、昔、卯月が大禍津となってしまったのには、先代にも原因があったと思っています。本来は、どれも自ら行うべきでしょう。自分の管轄、自分の神使の話ですから」
「……償いか」
「それもありますけど、一番大きな理由はやはり、何かあったときの居場所作りですね。もし卯月神社に何か起きた場合、
「そうだな」
「だから僕は、妖を受け入れることを止めようとは思いません。こう決めたことを悔いてもいません。それが正しいかどうかはわかりません。祭神としては眉をひそめられる行為かもしれません。でも少なくとも僕は、自分の決断が間違っているとは思いません」
「そうか。……邪魔をしたな」
ゆっくりとベンチから竜胆が立ちあがる。
「……自分の決断が間違いないと思うなら、そのまま信じ続けるといい。万一のとき、その信念は必ず動く一助になる」
ぽかんとする月葉を尻目に、竜胆は落ち着いた足取りで公園を後にした。
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