ある日の竜胆
しとしとと雨の降る昼のことだった。
傘をさし、ゆるゆるとした足取りで見回りをしていた竜胆は、すぐ前方の百姓屋の傍に、珍しい人影を見つけて眉をひそめた。
長い黒髪に白い衣、緋色の袴。竜胆には覚えのある姿――卯月神社の神使の少女である。
少女はうずくまっていたかと思えば時々伸びをして屋内をのぞき、またうずくまることをくりかえしている。髪も着物も雨に濡れているというのに、特に気にしていないらしい。
この百姓屋に住んでいる浪人は、内職の傍ら近隣の子どもたちを集めて読み書きや計算を教えている、というのは竜胆も知っていた。今も子どもたちに手習いをさせているらしい声が聞こえてきている。
「……何をしている」
このあたりは五宮神社の見回り範囲である。他の神社、特に卯月神社の神使が用もないのにうろついていると知れば、五宮神社の祭神や神使の中には、いい顔をしない者もいるだろう。
もっとも、竜胆自身は動物だろうが妖だろうが、他者の種族を気にする
無理もない。ぶっきらぼうな調子とどうにも感情がこもりにくい声音のためか、自分でもまるで責めているようだと思うような語調だった。
(
少女の足元に何かあるのに気付いて目を留める。そこには、いかにも金釘流の、かろうじていろはの文字であることがわかるようなものがいくつか書かれていた。
「手習いか」
こっくりと少女がうなずく。
「習わないのか。……卯月に」
「卯月様、忙しい、ので。あと、こっそり覚えて、驚かせたい、です」
「そうか」
濡れるぞ、とさしていた傘をさしだすと、少女は首をかしげた。
「竜胆、様、は?」
「構わん」
足元の字を草履でごしごしとこすって消した少女は竜胆にぺこりと頭を下げ、小柄な身体には少しばかり大きな傘をさして、卯月神社の方へ歩いていった。
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