はじめてのおつかい
道に迷った。
荷物を胸に抱えて歩いていた樂がそれに思い至ったのは、来たはずの道を戻っても、いっこうに覚えのある景色にならないことに気付いたときだった。
樂が卯月の神使になってから十月ほど。そろそろ神社の外へ出る仕事も任せていいだろうと判断した卯月に頼まれ、樂は五宮神社に遣いに行く途中だった。月葉神社へなら何度も行ったことがあったが、彼が五宮神社へ行くのは、これがはじめてだった。もちろん、卯月からは道も聞いていたし地図ももらっていたが、どこかで道を間違ったらしい。
日がかたむきかけ、土が踏み固められた道の上に、影が長く伸びる。
すれ違う人間はいたが、今の樂は人には見えない。樂の見た目が人間とは少し違うため、余計なもめごとを防ぐために、人間に姿を見られないように、と卯月からは言い含められていた。
そのため、道を人に聞くわけにもいかない。
遣いも満足にできないのか、と卯月に叱られるだろうか。
そもそも、卯月神社に戻れるのだろうか。
そんな考えばかりが浮かぶ。
あぐねきって足を止めたとき、
「どうした?」
後ろから、声がかかった。
ぞくりと背中に冷たいものが走る。
衝撃と驚きのあまり声も出せず、樂はふるえながら、おそるおそる後ろをふりかえった。
樂よりやや背の高い、濃い金の髪と、丸い、栗色の目をしたそっくり同じ顔の少年が二人、物珍しそうに樂を見ていた。
着ているのは白い着物に紺色の袴。卯月神社の神使の袴は緋色か、樂がはいている松葉色、月葉神社のそれは朱色か浅葱色。紺の袴は、そのどちらの神社のものでもない。
「え、道がわからなくて」
「道? どこに行くんだ?」
「五宮神社」
樂の答えを聞いて、双子は互いの顔を見合わせた。
「なんだ、うちの神社か」
「ちょうど帰るとこだったんだ。ついてこいよ」
「あ、うん」
うなずいたものの、まだどこか訝しげな樂を見て、二人は目顔でなにか話していた。
「大丈夫だって。俺は
千草の名は樂も知っていた。言付かった荷物も千草宛てなのである。
ようやく警戒を解いたらしい樂を挟んで、丙と庚があれこれと話しかける。樂もそこまで人見知りをするたちではないため、五宮神社が見えてきたころには、三人はかなり話が弾んでいた。
五宮神社の朱い鳥居をくぐる。
途端に、周囲から樂へむけて、突き刺すような視線が向けられた。
殺気さえこもるその視線に、一瞬で青ざめた樂はこらえきれずに小さく声を立て、数歩、よろめくように後ずさった。
「大丈夫だって。千草様に届けものなんだろ?」
ことさら大きな声をあげた庚の言葉を聞いても、周りからの視線は厳しいままだった。
「どうしたのですか?」
凛とした声。樂から視線がそれる。
神使たちの間から、祭神の一柱、千草が歩いてきた。
丙の後ろでちぢみあがっている樂を、千草の赤い目がじっと見つめる。
「お前が――卯月の神使、ですか」
「はい。荷物を届けに来ました」
どうにか声を絞り出す。
庚が樂から荷物を受け取り、それを渡された千草が中をあらためる。
「ああ、この前頼んでいた本ですね。どうです、こちらには慣れましたか?」
千草の眼差しは樂から外れることがなかったが、その言葉からは妖への敵意は感じられない。
「はい」
「それはよかった。丙、庚、彼を卯月神社まで送っていきなさい。このあたりの道は迷いやすいですから。ちゃんと卯月にも挨拶をしてくるんですよ」
はーい、と二人が声を揃えて返事をする。
本を懐に入れ、千草はようやく樂から視線を外してその場の神使を鋭く見回した。
「妖とはいえ、卯月神社の神使ですよ。気持ちはわからないでもないですが、敵意を向けるのはお止しなさい」
どこか呆れたように言い置いて、千草はくるりと
帰り道では、卯月に叱られるのではないかとひやひやしている樂を双子がなだめつつ、三人は卯月神社の鳥居をくぐった。
「戻ってきましたね」
声がしたかと思うと、まるではじめからそこにいたと言わんばかりに、卯月がふわりと三人の前に現れた。
卯月はご苦労さま、と樂をねぎらって部屋に行かせ、お疲れ様です、と丙、庚に声をかけた。
「貴方たちが一緒に来るということは、五宮の方々を、ずいぶん騒がせてしまったようですね」
「あはは、まあ、
「なあなあ、卯月様! また遊びに来ていい? またあいつと遊びたいしさ!」
「……樂と、ですか?」
「うん!」
聞きかえした卯月へ、即座に双子が同時にうなずく。
「妖と関わるのは――千草様は、何とおっしゃいますかね?」
どうにか真面目な顔を作って、卯月が静かに言葉を重ねる。
「大丈夫大丈夫、常磐様とか木蘭様じゃまずいけど、千草様なら気にしないから」
くすりと卯月の唇がほころぶ。
「それならぜひ、遊びに来てください。樂はこれまで、あまり他の神使と関わっていませんから、いい刺激にもなるでしょう」
小躍りして喜ぶ双子を、卯月は再びくすくすと笑って見ていた。
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