舌鼓

 目が覚める。僕の体内時計が勝手に覚醒へと導いた。流石は僕の体。脳だけでなく体にまで生活習慣が浸透している。


 洗面台で顔を洗い、トイレで用を足し、一度机に向かい、昨日書いた日記を見直す。そして今日やるべきことを頭に叩き込む。


 今日から魔法やこの国の情勢などの基礎の勉強をする。1がなければ10にはならない。この1は非常に大切である。


 僕は昨日の服に着替えて、これまた昨日バトラーさんから貸してもらった歴史書を読み始めた。朝の読書は、あの文部科学省が国語学習に推奨しているほど効果がある。僕もかれこれ10年は続けている。


 コンコンコン


 誰かがドアをノックした。


「どうぞ」


 ガチャっとドアが開くと、エリスさんが入ってきた。


「おはようございます、智信様」

「おはようございます」

「昨日の今日なので疲れてまだ起きてないかもしれないと思っていたのですが、意外でした」

「僕の生活習慣に合わせているだけですよ」

「まあ!とっても健康的ですねぇ」

「何事も健康からはじまりますから」

「本当にそうですよねぇ……あ、そうそうまもなく朝食の時間ですけど、いかがいたしましょうか?」

「そうですね…この部屋に持ってくることってできますか?」


 なんというか、あまり人前で食べたくないというか、絶対に鈴村さんがちょっかい出してくるというか……


「もちろんです。いつお持ちしましょうか?」

「いつでも大丈夫です」

「分かりました。ではできるだけ早めにお持ちしますね」

「よろしくお願いします」


 エリスさんは一つお辞儀をした後、部屋を出た。そして僕はまた読書に戻った。


 この本には非常に面白い情報が多くあった。魔法の原点や歴代の王の活躍、そして勇者の物語。小説であったような話がここでは実際にあったのだ。それだけでも心が躍る。


 だが一つだけ妙な点がある。長きにわたる因縁の相手のゼルム王国の魔王、エッジワンダー一族についてはなにも書かれていないのだ。他国との外交については記してあった。しかしなぜかゼルム王国については何も書かれていない。隣国なのにあまりに不自然だ。


 この一日で妙にひっかかることがいくつかあった。奴隷のこと、魔王のこと、何というか、何かを隠しているような、そんな予感がしていた。


 コンコンコン


 またドアがノックされた。おそらくエリスさんだろう。


「どうぞ」

「失礼します。朝食をお持ちしました」


 エリスさんが、ワゴンに朝食を乗せて運んできてくれた。そこには、ホテルくらいでしか見たことが無い料理がずらりと並んでいた。朝からこれ食べるのか?


「あ、え、すごい」


 思わず素直な感想が口からもれてしまった。エリスさんはにっこりしながら話し始めた。


「ありがとうございます。王宮のシェフたちが作ったものですので、きっとお口に合うかと」


 視覚と嗅覚の時点でそれは立証済みだ。味覚を使わずともわかる。エリスさんが朝食をいつもの机とは別のおおきなテーブルに並べてくれた。


「それでは失礼いたします」

「ありがとうございました」


 エリスさんはワゴンを押しながら部屋を出ていった。僕も読書を辞めてテーブルの前に座った。目の前にはとてつもなく豪華な料理がずらりと並んでいた。改めて非日常感を実感した。最早緊張すらしている。


「い、いただきます」


 僕はスプーンをとり、温野菜のサラダをフォークでさして食べた。


「っ!!!!!うんまっ!?なにこれ!?」


 変な声が出るほど美味であった。野菜なのにとてつもなく甘いのだ。さらにかかっているソースも絶品だ。チーズの程よい塩味に、レモンのさっぱりとした風味がベストマッチ。これではメインディッシュで卒倒してしまうのではないだろうか。


 続いてスープを見る。まず色が最早美術品である。光の反射とかではなくスープが発光している。僕はスプーンですくって飲んでみる。


「なwんwだwこwれw」


 もう笑えてきた。野菜や肉の出汁がダイレクトに味覚に『こいつはやべぇ』と訴えかけてくる。


「トぶ。トぶぞこれは」


 恐らく今の僕には知性の欠片もなく見えるだろう。それだけの魔力がこの料理たちにはある。そして僕はメインディッシュに目を向ける。白身魚の香草焼きだ。僕は恐る恐るナイフとフォークで切り分けて口に入れる。


「???????????????????」


 えげつない情報がありとあらゆる感覚を貫いてきた。魚の良質な旨味、豊かな香草の香り、チーズの癖になる風味、そのすべてが僕に幸せを届けに来た。


「……本当に一人でよかった」


 こんなところを鈴村さんに見せるわけにはいかない。そして僕はもう一口食べた


「うまっ」

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