光と影
「我々は、特別入場口から入りますので、あの行列に巻き込まれる心配はありませんのでご安心を」
「へ~、流石は王族パワー」
僕たちが乗った馬車は、先程の行列が続く門ではなく、少し離れたところにある別の門へと向かった。
「青木くん!楽しみだね!」
「うん。本当に異世界に来たんだなって改めて感じるよ」
「ほんとにね。何もかもが初めてだよ!」
そして門につくと、バトラーさんが入場の手続きのために馬車を下りた。その間に、エリスさんが僕たちにこの街の案内をしてくれた。
「この街は国の設立からずっと残っている場所なんです。なので、歴史的建造物も多く残っていて、観光地として人気なんですよ。その一方で、流行の先端でもあるので新旧様々な文化が行き交うことから『文化の街』と言われているんです。ちなみに、私のおすすめはカルテットという喫茶店のハニートーストです」
「ハニートースト!私大好きです!」
「あら、そうですか。そちらの世界にもあるんですね」
「行きます!絶対行きます!」
鈴村さんがうるさい。前のめりになってエリスさんと話している。対するエリスさんは動じることなく淡々と会話をしている。見た目によらず大人びている。鈴村さんはもっと見習ってほしいい。せっかくの知的な風貌が台無しだ。
「お待たせしました。手続きが終わりましたので、参りましょう」
バトラーさんが、馬車の外の扉から顔を出してそう言った。鈴村さんのように表に出すわけではないが、正直僕も楽しみである。完全に未知の世界であるため、見えるすべてが新たな発見で満ち溢れているだろう。
僕たちは馬車から降りて、街へと続く門をくぐった。そこには、神聖さを感じる白でまとめられた街並みの中に、人々の生活感を感じる色とりどりの屋根や屋台が並んでいる。地球にあるようでなさそうな景色、そんな新鮮な感覚が視覚を刺激した。
「綺麗~。これが異世界か~」
「うん、確かに本でも見たことないような雰囲気を感じるよ」
街としての機能と芸術性が良い塩梅で調節されているのが、流石は文化の街であると感じる。
「それでは、お二方、何かしたいことはありますか?」
バトラーさんがそう問いかけてきた。ここは文化の街、となればもちろんあれがあるはず。そんなものはもちろん……
「博ぶry」
「喫茶店!喫茶店いきたいです!さっきエリスさんが言ってたとこ!」
「なるほど、分かりました。それではエリス、案内お願いします」
「は~い」
完全に打ち消された。
結論から言うと、確かにあの喫茶店は良かった。店内の雰囲気がまずよかった。僕はコーヒーは断然ブラック派なのだが、後味がすっきりしていて、雑味も一切ない洗練されたコーヒーだった。鈴村さんは、先程から言っていたハニートーストを口いっぱいに頬張って、ハムスター状態になっていたが、幸せそうだった。意外だったのは、バトラーさんが、コーヒーに砂糖をかなりの量入れていたことだ。一件クールで何でもできそうなバトラーさんが、苦いものが苦手というギャップに驚いた。エリスさんはというと、鈴村さんと同じくハニートーストを頼んでいたが、わずか3分程度で完食するという驚異のスピードを見せていた。
会計を済ませた後、僕たちは次の目的地を模索していた。
「つぎはどこに行きましょうか?」
「それじゃあ、博ry」
「はーい!さっき見えた屋台街に行きたいです!」
かぶせてくるのやめてくれない?
ありもしないはずの圧に押されて、結局屋台街に来た。やはり人波でごった返していた。それだけ人気のある場所ということなのだが。
「うわぁ、人すごいね」
「そりゃ観光地らしいからね」
くじや射的といった、見たことがあるものもあったが、売られている食べ物とかには僕のイメージに反するものが多かった。例えば……
「えええ!?なんで屋台でパスタ!?」
「………焼きそば的なポジションなのかもしれない」
「屋台街の名物の一つと言えばパスタですが、もしかして苦手でしたか?」
他にも………
「屋台でスープって……どうなの、青木くん?」
「僕に言われても……」
「あら?こちらもあまりなじみがないですか?」
「「まあ、はい……」」
挙句の果てには………
「………あの、これは」
「タコの丸揚げですが、どうしました?」
「………青木くん、この世界、思ったよりすごいかもね」
「うん」
そんなこんなで、異世界のよくわからない感性を肌身で感じた僕たちであった。
そして、日が傾き始め、そろそろ帰ろうとしていた時だった。屋台街の昼頃ほどではない人波の中を歩いていた。鈴村さんとエリスさんが談笑しながら歩いている後ろで、周辺の風景を眺めながらついて行っていた。案外この世界の空気も悪くないと思う。にぎやかだし、文化的観点からも興味深い物ばかりだ。そう思うと、急にこの世界に呼び出されたのも、良かったのかもしれないとさえ思った。だが、依然として歩きながら周辺の観察をする僕の目にあるものが留まった。
「あれは………」
それは、屋台街の目立たない路地裏の奥の方。そこに見えたのは、丸々と肥えた男性の後ろを、鎖でつながれた複数の人びとが連れられているところだった。老若男女様々で、その人たちは襤褸を着せられ、体の至る所に痛々しい傷跡が残っているのが、少し離れたこの場所からもすぐわかった。
思わずぼくは目の前の非日常的な風景に、人波の中で足を止めてしまった。だが、僕は不思議と違和感を持つことはなかった。多少のずれはあるとはいえ、恐らく時代の流れだと、中世ヨーロッパの雰囲気がある。そして、その時代にはもちろん奴隷制があった。となれば、自ずとこの世界にもあることにも納得がいく。
しかし、それとこれとは別だ。実際に、人である権利を剥奪された人々が苦悶の表情で連れられている事実は、倫理的に考えればどうあっても黙認していい行動ではない。それは分かっている。しかし
「………っ」
こんな非力な少年には何もできないという事実が僕の思考を突き刺す。そして、同時にこの制度を黙認しているこの国への疑念も浮上した。魔王云々の前にするべきことではないのではないかと思った。僕は気づかぬうちに、拳を強く握りしめていた。
「智信様、いかがなさいましたか?」
僕の後ろを歩いていたバトラーさんが声をかけてきた。急に立ち止まって呆けるように一点を見始めたら、心配されるのも当然だ。僕は、バトラーさんにばれないように視線をずらして、バトラーさんの方を見た。
「あ、見たことない鳥がいたのでつい見入ってしまって」
「そういうことでしたか。生態系のことでも気になることがあったら、お申し付けください。自慢ではありませんが、生物については自信がありますので」
「へぇ、じゃあ今度色々教えてください」
「はい。喜んで」
上手くごまかせたようだ。もう一度路地裏を横目に見ると、もうあの人たちはいなかった。僕は、またすぐに前を見て鈴村さんたちについて行った。
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