鴉の白い羽

「署長さんまで御連れして何用ですの?」

 妻の京子はベットに保たれて扉の内側に立っている二人に話し掛けた。彼女はまるでススキのような弱々しく、腕は枯れ枝のようであったが美しさは残っており何かしらの魅力が発せられている。

「奥さんにお話があるのですが、、、」

「ではそこに立っていらっしゃらずに、こちらに来て椅子に腰掛けてください。」

 彼女の声にも魅力が出ており、二人はベットの側にある椅子に腰掛けた。

「奥さん、今日Y地区にて殺人事件が発生しました。その被害者は橋山式森と言うのですが、その人を殺害したのは奥さんあなたですね。」

 すると彼女は蛇の目でこちらをくるりと見たが、山根は蛙にはならなかった。

「なんの根拠がありまして?」

「発端は早苗さんの事件になります。この事件で一番悩まされたのは、早苗さんが一体何処にいたのかです。最初に行っておきますが早苗さんを殺害したのは橋山式森さんです。早苗さんの自室のタンスで血痕が隠されていて鑑識に回したところ式森さんのだと判明しました。おそらく空き巣に入ったところへ早苗さんが偶然にも帰ってきてしまい、揉め合った拍子に頭をタンスにぶつけてしまい出血するほどの傷を負ったがそんな中早苗さんを殺害した。その後頭に包帯と血痕の隠蔽をしたが、真っ昼間に死体を運ぶなんて事はできないし、おそらく龍都さんがその時に来たのでしょう。そこで死体を隠したのです。」

 その発言を聞いて鳩に豆鉄砲でもくらったかのような顔で署長は

「しかしあそこにはそんな場所には、、、、」

「私たちは先入観に惑わされていたのです。死体の隠し場所は仏壇の中です。」

 二人は驚きを隠そうともせず、目が大きく見開いていた。それもそうだ今まで不可能だと思っていた事を覆されたのであったのだから。

「これは二つの条件が揃ったから可能になったまでで実際はわかりません。しかし仏壇しか隠せる場所がないのです。今言った二つの条件というのは早苗さんが小中学生ほどの小柄であったこと、仏壇が普通より大きかったことです。どちらかが欠けていれば事件は簡単だったのですが、空き巣に入っただけではなくそこの家の主人まで殺害してしまったとなると刑罰が強くなると思って、ピンチになった式森は思い切ってやった悪知恵がまさか幸が働いたのです。おそらく早苗さんの指の傷は仏壇に押し込められた時にはできたものでしょう。」

「それで夜中になってから死体を取りに来たのです。」

「なぜです?龍都さんたちが帰ってすぐ死体を移動したらいいではないですか。」

「署長さん、死体というのは死後硬直のをご存知ですよね。死体を隠したものの死後硬直で完全に取り出せなくなってしまったのです。しかし死体の変化は死後硬直で留まりません。その後頭から爪先にかけて関節が次第に緩んでき、元通りになるのです。式森はそれ知っていてわざわざ夜中になってから行ったのです。その行動こそがあなたが殺害する発端になったのです。」

 署長と京子は不思議そうにしており、ヒリヒリする戦慄を感じられた

「16日10時頃に早苗さんの家に現れた男というのはあなたですね。」

「それだと8時の男は一体誰ですか?」

「おそらく和義さんだと思います。鍵は一本しかなく、しかもそれは門のランプにある。それを知っているのは極一部、それは和義さんなので間違いないでしょう。彼は飲食店で早苗さんの家を聞いたあと、その足で家に向かいランプの鍵で鍵を開いた後宝石を盗んだ。」

 驚くべき発言、まさか9時に現れたのはまさかの妻子持ちの日暮和義だったのですから。

「理由は後で聞くとして、次に家に現れたのは殺された式森さん、あらかじめ鍵の場所を知っておき死体を移動させるために家に入った。それで死体は仏壇にあったことを分からなくするために自分の罪を逆に利用した、わざと部屋を荒らすことによって証拠を消し去ろうとした。死体を取り出したあと家を出た時偶然にもあなたが家に入ったのを見て、すぐに男はあなただと見破った。その後重信川に捨てた。」

 これで早苗さん殺しは結末を迎えたがもう一つ残っている。橋山式森殺しである。すると京子の目がパチパチし始めたのを山根は見逃さなかった。

「式森さんは殺される前に同居人に金蔓という言葉を使っていました。あなたはその人ではないですか?ここの使用人に聞きました。あなたは鴉のように宝石のような物に目がなく、前にその使用人の懐中時計を盗んだらしいですね。最初は龍都さんが早苗さんを殺害し、おまけに宝石までも盗んで式森さんを殺害したと思いましたがアリバイがあったので容疑者候補から外しました。では和義さん?いえ彼は式森さんの前に去りました、では一体誰か?鍵と宝石の在り処を知っている人物、あなたは龍都さんからその2つを聞いたのですね。それで事をした後照明に細工をして別目的だと示すためにゴルフバックを持ち出した。近所の方が車を見ていました、この家にあると同じスバルを、、、、」

 京子の目が一段と大きくなり、荒々しくなる鼻息や唇を引っ込めた。

「正解です、見事な推理でしたわね。私負けましたわ。そうです私です式森を殺したのは、私と式森は医学の大学の同級生で付き合っていました。互いのホクロの場所まで知る仲でしたが、お互い進路が違っていまして卒業同時に別れてそれっきり、、、、まさか災厄なときに会うなんて思ってもいなかった。」

 山根は気付いていた。彼女の顔の色は完全に青くなりかけており、ついには咳をし始めて喉を擦った。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。実は私の癖は夫には内緒にしていたの、嫌われるのが怖くて。だから殺したの、、、、」

 言い終わると山根は一息つくと

「あなた見たでしょうけど式森さんは頭に包帯をしていなかったんです。想像なんですけどあなたに殺される前提だったのだと思います。頭に傷があるのに包帯を取るなんて普通の人はしませんから。」

「そうありがとう。」

 そう彼女の言葉を聞いて、しばらく顎を震えさせていたが思い切って珍しい事を言った。

「自首してくれませんか?夫婦としてその方が龍都さんと貴女のためになるのです。」

「ありがとう。しかしまだできませんの、捕まるなら最後に夫との一時を感じたい。署長さん、明日まで待っていてくれませんか?明日必ず実行致しますので、、、、」

 彼女の瞳の奥には哀悲と決断が立ち込めていた。その理由はすぐに分かった。

 次の日の朝に京子は死んだ。彼女は生まれつき喘息の持病を持っており、それが酷くなってしまったらしい。彼女はいつ死んでもおかしくない事を悟って最後の我儘を自分の手で実行したのだ。

 山根は彼女を哀れなかった。自分の人生を最後の最後で満喫したのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間消失 阿笠栗栖 @yuureiyashiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ