第11話 スズの黒歴史

◇◇◇



二回目の朝。

昨日と同じく黒庵さんの部屋で、自然と目を覚ました。



「…」



と、いうよりかは無理やり起こされたと言った方が近い。




「だーかーらーっ!この最後はおかしーだろーが!なあにがハッピーエンドだ問題ありすぎんだろふざけんなっ」


「はああああ!?ハッピーエンドでいいじゃろぉ!?主人公らが結ばれてめでたく愛し合う━━何が問題じゃっ」



「…んだよ、もぉ」


一発で朝っぱらから大騒ぎで争うやつらはわかった。



鸞さんとアカネだ。




朝っぱらから仲良く喧嘩してらっしゃる。




「…」


昨日のことなんて忘れたかのように、1冊の漫画をめぐって怒ってる。本当に仲良く。


いつのまに…仲直り、したんだ。



あんなにぎゃあぎゃあ言ってたのに、なんかすごい。


兄弟なんだなぁ。多分慣れっこなんだろうなあ。


あんなの、喧嘩なんて言えないほどの喧嘩をしてきたのだろう。家族の絆とか、そういうのを感じた。


僕の兄弟との絆は絶望的だけれども、多分昨夜のような言い争いはしょっちゅうで、本当になにごともなかったかのように喧嘩していた。


切っても切れない、嫌いになりきれない関係性。


とても羨ましいと思うのは、妹との関係がアレだからだろうか。



ガラ、と障子を開けると、庭を挟んだ向こうの廊下で争う二人がいた。


泊まっていった鸞さんは、もうキャリアウーマンな格好だ。


「あ、柚螺になってるー」



スズに言われて下を見れば、なんもない。


ああなんだろ、ホッとするような寂しいような……不思議な感情。

胸があるのが当たり前になりつつあるな、自分、危ない。


「おはよ、スズ」


スズは髪の毛を下ろしたピンクのパジャマ姿だった。



「鸞さまがくださったの」


もしかしたら昨日のやつもそうなのかな?


とたたとやってきて「どう?」と両手を広げる。


お星さまがプリントされた子供向けパジャマ。


下ろした茶色の髪とあっていた。



「かわいいよ、スズ」


「な、ロリコン!?」



なんでそうなるんだ、素直にとらえなさい。


宮下さんの影響は根深いようだ。



「あ、柚螺」


「ぬ」


アカネに呼ばれ、ギロ、となぜか鸞さんに睨まれた。



「お主…ああ、ゆーちゃんか」



「男なんで柚螺ですっ」


そっか。


鸞さんは僕の男姿を見たことがなかったんだっけ。


「うぬ。気持ち悪いくらい霊力が一緒じゃのう。気持ち悪いくらい」


「なんで気持ち悪い二回言ったんですか…そりゃあ同一人物だからなあ」


「わらわは男は苑雛と二次元以外受け付けんのじゃ」



言い切った。

今言い切ったぞこの人。


そういうのはTwitterの自己紹介欄にでも書いておいてください。




「ああっ!違う!違うのじゃ苑雛!わらわはその、お主がちっちゃいとできないアレコレを解消するためにだな!二次元という俗物に走ったわけであって、本質的には苑雛を一番に考えておるっ!」


早口で言い切って、なぜかいない苑雛くんに謝り始めた。

うーん。ただのショタコンなだけじゃなく2次元オタクなのか。蜜柑と話し合うかな。いやダメだな、この人も偏ったオタクな感じするから衝突しそうだな。



「こ、この人怖い…」


思わず呟けば、


「だろー?まあ苑雛が小さくなっちまったのには同情すっけど、こりゃあさすがに域を越えてるよな」


いつのまにかアカネが隣に立つ。


一人悶える鸞さんを哀れみに満ちた目で鑑賞してる。



…戻ってる、アカネが。



胸のつっかえみたいなのがとれてホッとした反面、また新たなつっかかりが胸を制す。




まだ昔の恋人の捜索を続けてるのを知らないんだ。




もう彼女の中では思い出にしているのかもしれない。


けれど、決して忘れた訳ではなく、奥底に眠っているのだ。





「鸞、そろそろ時間なんじゃないですかー?」



廊下の奥から驪さんが、パーカーと黒いズボンというラフな格好で現れる。


その手には苑雛くんのちっちゃい手が。



黄色い帽子を被った、水色のスモック姿のThe幼稚園児だ。



「あ、すまないお父さん」



悶えを中止し、苑雛くんの手を今度は彼女が掴む。



「じゃあの。アカネにお父さんにスズ…に、柚螺。


わらわたちは保育園と会社に行ってくるでの」



「保育園…ああ、なるほど」



計算で言えば、人間の世界で暮らして4年と3年の彼等。


もう独自の『人間としての居場所』があるのだ。



「いってらー」


「いってらっしゃいませ。鸞さま、苑雛さま」




とてとてと池に向かっていく。


俺同様、ぱしゃんと仲良くお手手をつないで飛び込んだ。



「…どこに通じるの?」



驪さんに聞けば、


「鸞たちの家のお風呂場だそうです」


「それ共通なの!?え、てか服…」


「濡れませんよー!だってお風呂に“入る”訳じゃないんですから。お風呂から“出てくる”だけなんですから」



僕もそうしたいと思ったのは、言うまでもあるまい。

まあでもお風呂から制服姿の俺が現れて蜜柑と鉢合わせでもしたら、覗きに来たのか!とか何とか言われそうだし、朝風呂の体にした方が良さそうだ。



◇◇◇



昨日と同じお風呂場に繋がる下りをやった僕は、いつも通りに学校に登校。



鸞さんと別れたあとのアカネは、気丈に振る舞うがどこか悲しげな感じだった。



それを見て胸を痛めるスズをみて、さらに胸が痛む俺。




ため息を何度もついて学校に迎えば、なにやら教室で騒ぎがあった。



「あのメイド美少女が消えたぁあああ」


「くっそ…幻か、幻なのかぁああっ」



どうやら話題はゆーちゃんらしい。


昨日奴等は眼に穴を開けるくらいに必死にゆーちゃんを探したんだそうな。



しかし、俺はそのとき隣の県にいたため見つかるはずもなく。



今の現状にいたる、と。




…世の男子校生にとっての美少女って…




とにもかくにも、俺は昨日と同じくアカネたちを屋上に行かせて、いつも通りに授業を受ける。



そう、いつも通りに…。


これが日常になりつつあるの、嫌だなぁ〜。


一時間目から四時間目をやり過ごし、例の通り紅太と李介を振りきって屋上へ。


「またかよ〜」なんて言われた。本当にすまん。




屋上では、昨日と全く同じ光景が広がる。




蝋燭の輪の中にアカネとスズ。


昨日と違う点は、二人はなにやら書物を読み漁っていた。


触れないアカネのために、スズがページを捲ってあげている。



「あ、柚螺」


「おぅ柚螺!」



いつも通りに見えるけど。


スズの腫れた目とか、アカネの空元気とか。

そういうので、傷の深さが伺える。



あえて掘りたくないから、「何してんの」といいながら蝋燭の中へ。


アカネと同一視されてる僕は結界内に入れるのだ。




「調べもの。アカネさまがしたいとおっしゃるから」



「アカネが?柄じゃないな」



“失敬な!私も調べものくらいするっちゅーの!”



中に入ってきた早々怒鳴られた。


散らばる山のような本を手に取ってみる。




『陰陽道』


『陰陽安倍晴明』


『レッツ☆陰陽寮』


『狐を奥さまにする方法』




……は?



「お、陰陽…?」


名前と陰陽図くらいは知ってる。

「ハッ!」とか言って、ドロンと式神だすやつだろ。で、陰陽図はあの勾玉みたいなやつガふたつくっついてるやつ。


しかし、なんでそれを必死になって勉強してんだ?



「きーてよ柚螺!アカネさまは昨日の夜、私を呼び出してこうおっしゃったの!」



なんか目がキラキラしてるスズ。え、心配した僕が可哀想なんだけど。

なんて言ったか気になるような、ならないような。





「『スズ、聞け。私は決めた。

タマの敵をうっちゃると!』


凛々しすぎますアカネさまぁ」




くねくねと身悶えてるスズに、呆然。


「…今、そんな問題どうでもよくないか?アカネ」



今はどっちかというと黒庵さんの方が問題だろう。

タマLOVEなのはわかったから、今は置いとこうよそれ。



“はあ?だって、そいつのせーだぜ、私達がこうなったのは!


だからまあ、ちょっくら憂さ晴らしに”



憂さ晴らしでなにやら危ないお勉強をする神様であった。



「やめなさい。てか安倍晴明って実在すんの?よくわかんないけど」



そういうと。

あんぐりと口を開けたスズ。


あ、不味い。


そう思った時すでに遅し。



「このばか!馬鹿すぎる!

無知にもほどがある!そんなんでよくこーこーせいになれたね!?私知ってる、こーこーせいは頭よくなきゃなれないんだよ!」


「えー…」



全く、とんでもない言われようだ。

普通の奴等はしらないって。



ヤバイのかなあ、不味いのかなあ、なんて考えてしまう。



と、アカネが安倍晴明について教えてくれた。




“安倍晴明は半神だ。お前に限りなく近い”


ああ…だから、調べてくれてるのか。



“こいつは狐と人間の間に生まれた半神なんだ。だから、生まれながらの半神”


「…えぇ…初っぱなからヘビーだよ」



狐と人間の間に子って生まれるものなの?


“鶴の恩返しみたいなもんよ。傷ついた狐を助けたら人間に化けて帰ってきた。そして、仲良く結ばれて晴明が生まれた。


まあ狐は正体ばれて森に帰るんだけどな。


ちなみに玉藻前を倒したのはその子孫の安倍泰成アベノヤスナリとされる”



「――」



ちょっと、待て。



“わかったか?さっすが私の分身。


おかしーだろ?”



こくんと、頷いた。





“『子孫とおんなじ狐を殺せるはずがない』




私もそう思うぜ”




やけに凛々しく彼女は言う。




“確かに、あまっちょろい今と違って昔の話だし、悪い奴だと思ったら切ることはできんのかもしんない。


けどな、見るかぎり一方的に傷つけてんだ”



安倍晴明の末裔が、一方的に殺すか?

妖狐なんて崇めたっていいくらいだ。

それを天皇をたぶらかしてる疑いがある程度で殺しにかかるか?




“し、か、も、だ。

こいつ、みんなに好かれるくらいの平和主義だったらしい



――そんなやつがタマの話も聞かずに切るか?


アイツはあれでも志があった。夢があった。



確かに天皇をタブらかした咎人トガニンと言われるかもしんねーよ。


しかも安倍泰成は天皇の側近よ。

役に立ちたいという気持ちがあったかもしんない

そのためには咎人の狐を切った、なら話は単純。


けど、実際は違う。


こいつ、悪いやつにはちゃんと話をしてから退治してんだ。


なのにおかしいだろ?”



親友だからの台詞だ。


訳もわからず切るなんて、許せない、と。



彼女は怒りを滲ませながら語った。



“そう考えた私は、こんな考えに至った。


もしかしたら日本の英雄スーパースターは、とんでもないこと考えてたんじゃねーの?って”




「とんでも、ないこと?」



“例えば、そうだな……

タマを使って日本を我が手にしようとしてた、とか”



「なっ!?」



“まあ推測よ推測”




けらけらと笑うが、目は燃えていた。



ああ…

どんどん問題が増えていく。


しかし安倍泰成は人間のはずだ。

今復讐しようにも死人にはどうしようも無い。そうなるとどうなるんだ?末裔とかにカチコミでも入れるつもりなのか?



母さんの弁当を広げつつ、ため息。

考えたくない問題ができたなあ。



「アカネさまー。今度から私を呼ぶ際は『急々如律了!』とお呼び下さいな」

“ハハハ、お前は式神かよ”


ビシッ、と。


アカネが突っ込みを入れる。


どうやら本に目を通せば、式神を呼ぶときの掛け声らしい。



「あ、はは」


空元気なスズが笑う。


その笑顔は無理やり作ってるようで、子供らしくない。


やっぱりまだ本調子じゃないんだなー、なんて思っていたら。




「柚螺、ちょっといい?ああ、アカネさまはこの結界の中にいてください」



え??


“ん?どうした?何かあったのか?”


「いえ。この学校の図書館にも参考資料はあるかもしれないと思いまして。


大丈夫、私雀の姿で行きますから」



アカネさま大好きなスズらしからぬ発言に、俺もアカネも眉をひそめる。


一分一秒でもアカネのそばに居たいスズらしくない。




くるりんっと、例のステップを踏んで、雀の姿にへーんしん。



確かに子供の姿より目立ちにくいし、これなら校内に入っても大丈夫だろう。




スゥッとアカネが抜けたと同時に、スズに髪の毛を引っ張られる。



“さあ行くよー”


「え、ちょ、ちょ」



何か焦っている。急いている。


明らかに様子が違うスズに、違和感を覚えた。




◇◇◇




「た、助けてよ柚螺ぁあ!!!」





叫ばれたのは、男子トイレの個室の中。




図書室の隣のここは入る人がまずいないためか、俺はここに連れてこられた。



「な、に…?」



個室に入るなり、くるりんぱ。


人間の姿に戻ったスズは、涙目で叫んだ。



「あ、ああ…アカネさまがぁああ…よりによってご主人様に興味をお持ちになるなんてぇ…どうしよぉ…」



うわぁああん、と男子トイレ内で大号泣し始めるスズ。


大丈夫だよな?誰も入ってこないよな?入ってこられたら僕少女を男子トイレに連れ込んで泣かせてる犯罪者になるんだけど。



「え?なに、どうしたの?は?」



泣いてる意味もすっかり訳がわからなくて、僕はかなりとまどう。



当然、『ご主人様』という呼称にも。

話の流れから、『ご主人様』って…安倍泰成か晴明だよ、な。



意味がわからずハテナしか口にできそうにない。




「あの…ね、柚螺。怒らないで聞いて」




ぎゅ、と。


腕を捕まれて上目使いで、すんすん泣きながら懇願される。



…宮下さんがみたら鼻血ものだよなあ、とか思った。



「私、実はね、そのぉ…」



もじもじと、言いづらそうに瞳を揺らして。







「安倍晴明に、一時期だけだけど仕えてたの…!」







言い切るやいなや、わんわんと泣き始める。



「仕えて、た?」


「最悪だぁあああ、黒歴史だよぉぉ」



叫び、叫び、叫ぶ。


尋常じゃない荒れっぷりに余程の事情を感じ、とりあえず落ち着かせようと試みる。



「す、スズ?なにがあったか教えて…な?僕はスズを怒らないから」



かわいそうに、肩が震えてる。

ガタガタ震えて、唇がなかなか合わさらない。


ひっくひっくと嗚咽を繰り返すスズの頭を優しく撫でてやる。



それをつづけると、少しは気が紛れたらしい。

相変わらず泣きながら、スズは一生懸命話始めた。




「アカネさまが消えて、す、すぐにね。つ、かまったの。


だって、白虎くんや玄さん…玄武さんと青龍さまがいたから、わーいって行ったら、なんか捕まって」



ここで解説。

たぶんスズの言う白虎くんと玄さんは、四神という神様の仲間。


スズの所属する『神様の地位』の仲間みたいなもんで、繋がりがあるらしい。


そりゃあ仲間がいれば『わーいっ』って行くよな、アカネの娘みたいに人当たりのいいスズだし。



「『今、鳳凰はいないんだろう』って、い、言ってきて。


『いないよ』って言ったら、『私に仕えろ』って、命令してきて。


『じゃなきゃ鳳凰の復活を私が阻止させる』とか『御先と関わりがあるようだな。呪われた存在だから排除しよう』とかいい始めるし。


わ、たし…怖くて。


仕方ないから入っちゃったの。十二天将ってゆー、ご主人様の集団組織に」




━━━悪人じゃないか。



小さい子供のスズを捕まえて、唯一の居場所である場所を取ると脅して。


そりゃあ怖くなるに決まってる。



震えてるのも無理はない。


「な、なんか『ご主人様ぁ』って呼ばさせるし、

キモいし変態だし、

やたらめったらアカネさまやシロさまについて聞いてくるし…



挙げ句には役立たずだって、いろんなお薬や呪術かけられて、わ、わたし、可笑しくなっちゃって。


凶将…破滅の女神だって称号与えられるし。


そうなれば周りの十二天将からはいじめられるし、孤立するし、お友達いないし、もう、やぁってなって!」



握る力を強くするスズ。

ぱた、と涙が溢れて、僕の手のひらに落ちていく。



「そ、それで?」



聞いちゃいけないって、どこかでわかってた。

なのに口は勝手に動いてしまった。



仕方なしに、スズは言わなくちゃならなくなってしまう。





「━━━━火の中に、飛び込んだの」






自殺を、しようとしたのだ。




目の前のちっぽけな少女は。




「で、も。私火の耐性がついてたみたいで、死ねなくて。


そしたらなんか神格上がって、

『不死鳥』とか『火の鳥』とか言われるし。


ご主人様は火の式神が嬉しかったみたいで、こきつかい始めて…」




…地獄だ。


彼女を襲ったのは、地獄以外何物でもない。



「ご主人様が死んだと同時に、逃げたの。

契約は死ぬまでだったから。


それでもこわくて、驪さまのところに逃げた」



驪さんは異界に住んでるから、逃げ場としては安心といえば安心か。





「ねぇ、どうしよう柚螺……


私、アカネさまを裏切っちゃったのかな」





それは、実に彼女らしい悩みだった。



「驪さまに前相談したら、

『アカネは君を愛してるから嫌いになりませんよー』とか言ってくださったの。


だけどさ、


私、アカネさまの隣にいる資格ないよね?


最低だもん…私」



わあっと泣き崩れる。




…なんだ、悪役じゃん、安倍晴明。



日本のスーパースター?

英雄?


…ふざけんな、こんな小さな子を泣かして。



「わ、たし…隠してたの。このこと。

でも、アカネさまが知らべるっていい始めて、私怖くて。


柚螺しか頼れる人いなくて…。


早くかえってきてって、私待ってたんだからね!!遅いようもう!」



ツンデレ要素を無意味に披露する。


かつて、大嫌いだと言い切った人間に、助けを求めてるのだ。


もしかして、スズの異様なまでの人間嫌いはここから来てるのか?



「スズ…」



「私、嫌われたくないよっ…アカネさまに、嫌われたくない…」




単純な、だけど切実なスズの思いに、絶えきれなかった。

思わず、だきしめる。


幼くてちっぽけな彼女に似合わない、あまりにも残酷な『嫌われたくない』という願い。



見たくなかった。

これ以上、恐怖を口に出す彼女を。



怖いよな、嫌だよな。



『あんたに居場所を。この家――ううん、私の隣っていう居場所をな』



居場所をくれた恩人を裏切ってしまった、その罪に。


この子はずっと押しつぶされそうなほど怯えていたのかもしれない。



『そのとき私は思ったの。

絶対にこの人のために死のうって』


『私はアカネさまの隣以外歩かない』



あの、悲しいまでの主従愛は、きっと決意表明なんだ。


次、もしこのようなことがあったら、この子は今度こそ死ぬ。


その覚悟の現れ。



否、アカネを愛し尽くし続けるという気持ちの現れなんだ。



「スズ」



肩を両手で支え、向き合う。


怯えのせいか濁った瞳が、僕の顔を映す。




「話そう、アカネに。いずれバレることだし、アカネはスズを嫌わないよ」


そう言い聞かせた。



「や…」



案の定、スズは首を振った。

肩を支える手すら嫌そうに、身悶えた。


それを、ぐっと力を入れて拒む。



アカネがどれくらいスズを愛してるかわかってほしくて。



「やだっ!だっ…だって、嫌われる!アカネさまに!そんなの…そんなの死ぬのと一緒なの!」


「アカネだってそうだ!アカネだって、スズがいなきゃどんだけ辛いか!」




ぴた、と。


スズが止まる。




「見てて痛いほどわかるんだ!


スズのことをいっつも気にかけてて、本当にまるで娘のように愛してる!」



「根拠が、」


「自分のために死地に面したスズを助けるため、少ない霊力を振り絞ったろ!」



く、と唇を噛み締める。



「それだけじゃない…自分がいない間のスズを心配して、ほら、これ」


首にかかる黒い糸に触れる。


「一人で生きられるように、黒庵さんの剣の分身を授けてくれたんだろ」


「う、ん」


「居場所を作ってくれたんだ」


「ん…」


「家族もくれたんだろ」


「…っ」


「お友達だってできたんじゃないか」


「ぅ…っ」



わかってくれ。

伝わってくれ。


痛いほどの想いを。



━━━スズは、がくんと首をたらした。


その姿はまるで、電池が切れたようで。



ああそういえば、この人達の活動理由は、皆『人のため』だったなあ、なんて思った。


そしてバッと顔を上げて。



「…あ…ぅ……い、言う!言うよっ


言って、アカネさまの隣に立つ!」


だからお願い、ついてきて。




そう言ったスズに、答えるために柔らかく微笑んだ。


成長の場面を見たような気がして、なんだか僕まで一回り大きくなった気がした。



◇◇◇



屋上に行くと、アカネが輪の中でねっころがって本を読んでいた。


着物がはだけてろうがお構い無しだ。


中華風だからなのか、下にあんまり着込まないんだよな。



「あ、おっせーよ!


ページ捲れないやんー」



パタパタと足をならす。


そして、止んだ。




「す、ず?」




顔を真っ赤に腫らして、僕の後ろにそっと隠れるスズに気づいたらしい。


ガバッと起き上がって、乱れた髪を直しもせずに駆け寄る。


が、結界のせいでそばまでいけないことに気づき、「ちっ」と舌打ち。



そして、叫んだ。



「んだよ!どうした!?何があったスズ!?

柚螺まさかてめぇ…」


「違うって!」



血相を変えて怒る彼女。

ほら、ここまで愛されてんだから、心配すんなって。



「…ほら」



肩をポン、と押してやる。



すると、溢れるようにスズが叫んだ。





「も、申し訳ありませんアカネさまっ!



私…じ、実は、安倍晴明にご主人様プレイを強いられてました」



「スズ、言い方考えて…」


ちょっと斜め上になってるよスズチャン。



「あ、えと、その。

気が動転して…」



気を取り直して、ごくんと唾を飲み込んだ。





「私、実は安倍晴明に捕らわれていましたっ…」




余程怖いのか、僕のズボンをぎゅうっと掴みながら。


皺になっちゃうとかどうでもいいや。



下を向いて、でも口だけは大きく開けて。



スズは叫ぶ。




「アカネさまだけの隣に立つお約束でした!

ですがっ…ですが、私は、アカネさまを裏切って、安倍晴明の十二天将の一員に成り下がりました!


この罰は一生を捧げて償うつもりです!



偉大なる鳳凰であらされるアカネさまの一の家来として、あるまじき行為!


人間のペットに成り下がるなど、アカネさまの品位を下げる以外のなにものでもありませんっ…


私、私は…」




ああ、そういう理由もあったな。


たしかに、家来としては品位を下げてしまっている。



━━━イライラする。


違う、違うんだよスズ。


そうじゃないんだ。



お前らがわかりあうには、主従じゃなくてもっと……



「え!?」


僕は、ひょいっとスズを持ち上げた。



脇に手を挿し、持ち上げる。


軽いスズは、当たり前のようにひょいと浮いた。



「な、離せ、ロリコン!人間!」



さっきの態度はどこへやら。さまざまな変態のせいで過敏になってるスズは、ぎゃあぎゃあと僕を罵倒。



無視して、スズの小さな手を手に取る。



「っゆ、」



そして、蝋燭をスズの手で掴む。



スズしか外せない蝋燭結界を剥がしたせいで輪から外れ、結界は完全に崩壊した。


待ってましたと言わんばかりに、アカネが飛び出て駆け寄ってくる。


それはもう世界新記録ものの早さで。



「柚螺!どけ!」



僕の中に勝手に入って、勝手に僕の意識をどかす。




息ができなくなったけど、これを狙ってたのだから全然いい。



アカネが僕の体を乗っ取ったおかげで、伝えたいことをダイレクトに伝えることができる。




「こんのバッカ!!」




ぎゅうっと。


彼女は立ったまま僕のからだでスズを抱き締める。



「罪とか罰とかどうでもいい!家来とかそんなん気にしたことない!お前はなんで言わねーんだ!なんで私に訴えねーんだ!なんで、なんで…」



潰しちゃいそうなほど、強く抱き締める。


ただ、疑問を口にしながら。




「家来だから!?格下だから!?


ふざけんな!そんなのくそくらえだ!大丈夫か!?体に異常はないか!?霊力はあるか!?」


「あ、アカネさま…」




心配する言葉しか出てこないアカネは優しさをくちにしながら、スズを抱き締めて僕の体で勝手に泣く。


心の底から心配なのだろう、同じ目線に立って、顔色を触りながら確認する。



何がショックって、スズの家来姿勢だろう。

わかりあいたかったはずだ。

近づきたかったはずだ。


隣なのに、遠いのは身分があるから。


アカネもスズもわかってた。


だからあんなに隙間をとって、優しさを隠してた。




「柚螺の体で勝手に泣いて…」



「こいつの体は私のだからいいんだ!この馬鹿!」



「はい…

馬鹿です、私は。


━━━アカネさまがこんなに心配してくれるのも分からず、アカネさまの優しさを、見てみぬふりしてたんですから」




「馬鹿、気づかなかった、守れなかった私のほうこそ屈辱だ…眠ってる間に何かあったならすぐ言えよ、馬鹿野郎」



そう言うと、二人でぼろぼろ泣き始めた。


まるで、姉妹のように。



否、久しぶりに“触れ合えた”親子のように。




人の体を使ってるのも忘れたように、何百年分泣きまくった。


ようやく2人は本当の意味で再会したのである。


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