第10話 シロ

◇◇◇




帰りは、無言の車内だった。


死んだような空気が漂う中、向かったのは池だった。



昨日の公園の池じゃない。



水ならどこでもいいらしく、今回選んだのはまたまた近くの公園の池だった。


昨日より規模は小さいけど、澄んでいて鯉がいる。


池…か。

湖なら、アカネは喜んだんだろうな。

玉藻前のことでも思い出せて、回復出来たかもしれないのにな。



さっきから気配を感じないくらい喋らない。

これ以上ないくらい落ち込みまくってる。



車から降りると、スズの目の赤さが目にはいる。


こんな小さな子が傷ついてる。

そう思うだけで、胸が締め付けられた。




「柚螺殿、これを」




そうっと、手のひらサイズの紙をもらう。


それが名刺だとわかるのに時間がかかり、青い見覚えのあるロゴが目について、そのあとこんな文字が見えた。



『太陽製薬会社 第1社長秘書

御黒庵 御先』




「な…に、これ」


「私の名刺でございます。裏に電話番号がありますので、所用のさいにはなんなりと━━」



「違う!この、この名前!」



御黒庵 御先

御先は頷けるけれど、御黒庵って…



「…私をスカウトしにきた神々がたくさんいたんです。

だから、私は黒庵さまのモノだと、証明したくて。


黒庵は少々おこがましいかと思い、御をつけさせて頂きました」



━━━━ああ、もう。

こんなにまで、慕われているのに。


なんでこんなに理不尽なんだ。


名前を呼ばれる度に主を想って、ただ待って。

いつか現れるのを心待ちにして。



他の神々のスカウトも片っ端から断って。



『私は、黒庵さまの従者です』、と━━





「…柚螺殿。私にとっては当然にございます。だって私は、黒庵さまだけを見て生きるんですから」



これからも。

呪われた従者は、主を見続ける。



「………死なないで。ミサキくん。黒庵さんはきっと治るから。ね?アカネ」


アカネは何も答えなかった。


「アカネだって、治るから気にすんなって言ってる。そんな気落ちしないで、ミサキくん」


アカネは何も言わなかった。


ミサキくんは、僕の嘘なんか見透かしたように、「そうですよね」と、悲しそうに笑った。




昨日の残りの砂糖を近くで買った水に入れ、3分の1ほど一気に飲み干す。


そして残りを昨夜と同じく池に入れた。



スズからネックレス(携帯召喚機)を受けとり首にかける。


裏の番号に電話をかけて、ミサキくんに番号を教えた。



「あ、僕の番号これです。いつでもかけてください」

「ありがとうございます」

「じゃあね、また」

「はい。おきをつけて」



涙で真っ赤の目と鼻をした無言のスズの手を引いて、池の中へと落ちていく。




最後まで、アカネは何も言わなかった。





ポスンッと昨夜よろしく砂浜の上に落ちる。



「…っ…」



小さな痛みに争う。

いつもながら、どこら辺から落ちてるのか検討もつかない。


タイムマシンみたいに黒い穴でも開いてればわかりやすいんだけど。


「…スズ」


無言でスズがついてくる。


なんとなく頭を撫でてみると、ぷいっと顔も見せずに逃げてしまった。


海にネックレスをかざすと、海がキラリと光る。

海に穴が開き、そこに向かって歩いていく。



相変わらずしょげたままのスズが胸がいたんだので、手を引いて一緒に歩いた。


こんなの、何の慰めにもならないだろうけれども。


ただ寄り添いたいと思っただけなんだ。



「…、」


スズが、握り返してくる。


力が強かったので見てみれば、暗闇に紛れてボロボロと泣いていた。




洋風なドアをあけると、時代錯誤な玄関が広がる。


そこで、違和感を覚えた。



「…?な、なあ…スズ」


「…え?」




玄関に靴が二つ。


小さな子供靴と、真っ黒なピンヒール。裏が青い、派手なやつだ。



「…誰これ」


「まさかっ」



どたどたとスズが駆けていく。



俺も運動靴を脱いで追いかけた。




驪さんの部屋に行くと、昨日の通り、驪さんがたくさんの本の中にいた。


その横に、見知ってる人物と見知らぬ人物がいた。



「あ、おねーさんだ!」



キラキラの金髪を輝かせる男の子。



「あ…え、苑雛くん?」



そう。あの苑雛くんだ。

勝手にこの体にした、可愛い鳳凰の一員。




「なんじゃぁお主は」




昔じみた、どこか妖艶な口調。



キャリアウーマンのような、キレッキレのミニスカスーツ。



美しい紺の髪に、同色の紺の瞳。




「ら、鸞(ラン)さま…」




呆然とスズが呟く。


久しぶりに声を聞いた気がした。



「スズ…いや、朱雀。久しいの」



「ゆーちゃん…この方が、苑雛さまの奥様━━━━鸞さまだよ」




前世とかナントカいってた、あのよくわからない宗教じみたやつ…?


「あ…ああ!あの、アカネが苦手な人か!」


「煩いぞお主、わらわもあやつは嫌いじゃぁああっ!」



叫びだした。

大人しそうな見た目とのギャップがすさまじい。



「我が主ー、静かにして下さいな」


苑雛くんが、指を唇にあてて「しー」のポーズ。



「う…苑雛かわいいのぉ…そのポーズもありえないくらい愛らしい…」



すすすと近寄り、可愛い可愛いと頬擦りをし始めてしまう。


…え、なんなのこの人。ロリコンの次はショタコンか??



「鸞ー、自己紹介はきちんとしましょうね」



驪さんにそう言われ、


「はぁい」


と元気よくお返事する女の人。


お父さんの前ではイイコなんだよな、こいつら。



す、と僕に向かい合って、でも高飛車な態度で。


「わらわは鳳凰の芯を担当する者じゃ。名を、鸞という。れっきとしたリーダーじゃ」


芯…

レタスの芯しか浮かんでこなかったんだけど。


しかし、リーダーか。


アカネより立場は上な訳だな。



「僕は一ノ瀬柚螺、今は女の子だからゆーちゃんだけど」


「あー…訳は苑雛から聞いておるぞ。アカネが迷惑してるそうじゃな。堪忍しておくれ」


頭を下げてきた。


…おおお、普通にいい人じゃん


言葉遣いとは裏腹に常人な彼女にびっくりして、あっそんな事態じゃないと思い出す。



「そのアカネが大変なんだ驪さん!」


「…らしいですね。出てきません」



何やら驪さんが考えながら、僕を真っ直ぐに見据える。


否、見据えたのはアカネか。



「いるにはいるんだけど…黒庵さんがその…」


言いづらい出来事に口をつぐんだ。



だって、黒庵さんは彼の息子だ。


できれば息子のあんな姿見せたくない。



と、思っていたら。



「驪さまぁ〜…こ、黒庵さまが…ひっぐ」



スズが泣きながら驪さんに抱きついた。


うーん、まあ泣きつきたくもなるよな。

驪さんはわけもわからないだろうに、よしよしと頭を撫でてあげる。



「あれあれ?どうしたんですかスズ〜」


ミサキくんの敬語よりずっと砕けた敬語で、スズを優しく受け入れる。


…兄弟にしか見えないんだなあ…



「…こくあ…さまがぁ……ほ、他の女と…ぅうう「そのことじゃ」



鸞さんがスズの涙ながらの告白を遮った。



「今日、わらわたちはそのことで話があったのじゃ。…ま、ちと遅かったようじゃがの」



僕を…否、アカネを見つめる。


相変わらず気配はなかった。



「我が主は、黒庵さまが行方不明と聞いて、独自に調べてくれたの。仕事そっちのけで!」


「苑雛のためじゃよ♪」


「…鸞ー?黒庵もアカネもいなきゃ仕事できないんだから当然でしょー」


ラブラブに抱き合う二人を覚めた声で制したのは驪さん。



…調べてくれてたんだ。



「…まあわらわの能力はリーダー。部下の管理を怠ってはならぬ仕事柄じゃしな」


かっこいいことを言って、どこかOLチックな鞄からA4ファイルの中の書類を取り出す。


会社の機密なんちゃらプロジェクトとか書いてありそうなのに、内容は女のことだった。




無論、黒庵さんの隣にいたやつである。




「名前は山本由美、32歳。旧姓、鈴木由美。保険会社の窓口で働いていて、現在はデリヘルとかけ持ちして働いている」



化粧っけのない、死人のような顔。


飛び出た目に痩けた頬。



仕事ばっかりといった感じの、男の匂いがしなさそうな女だった。


会社の資料を盗んだのか、青い背景の業務用な写真である。



体重や経歴なども記されており、なんでこんなことまでわかるんだということまで書かれていた。



「…だったのじゃが。ある日彼女は会社帰りに落ちてた黒庵を拾って、全てが変わった。


今まで仕事ばっかりで、彼氏も何もいなかった女が、とびっきりのイケメンを拾った。


都合よくあやつ…黒庵は記憶がなく、自分の思い通りに操れる。


彼氏にするじゃろう。当然。黒庵はずっと前から由美の彼氏だと思い込んで生きている」



それって、だましてるってことではないか?


「ひ、ひどい……」


耐えられず僕がそう言うと、すぅっと、何かが抜けた気がした。


急いで回りを見渡すと、アカネが俺のからだから離れている。



「ちょ…アカネ!?」


“…”


無言。


顔は見えない角度で、襖の前に立っている。



「…逃げるのか。お主はいっつもそうじゃの」



鸞さんが目をほそめ、冷ややかな視線を送る。



「シロの時もそうじゃった。消えたのに、その事実から逃げて――黒庵に乗り換え“うっせぇよ!”



バッとアカネが振りかえる。


目を真っ赤に腫らしていて、なんとも痛々しい。




…シロ?


知らない単語に、頭にはてなが浮かぶ。



アカネは勢いよく振り返り、目が涙でいっぱいになっているのがわかった。



“いっつも苑雛とよろしくふわふわ幸せやってるあんたにゃ、わかんねーんだ!シロを簡単に切るのがリーダーのすることなら、そんなの――”



「アカネ」



すぅ…と、喧嘩に幕が降りる。



驪さんだ。



このままじゃアカネがとんでもないことを言い出しそうだから、止めたのだ。



父親らしく。



「下がってなさい。鸞、少々今のアカネには酷な話です。許可してやってくださいな」



「で、も」



「お父さんの言うことは聞きなさい」



く、と鸞さんが息を飲んだ。



それを合図に消えるアカネ。



「アカネさまっ」


スズが驪さんの胸から飛び出して、主を追おうとした。


「スズはいなさい。アカネの変わりに聞いてやるんです」


「…はい」



が、すごすごと引き下がる。



「鸞、続けて下さい」



「…しらけた。苑雛頼む」


「はいはい。最初から僕がやればよかったです」



とてとてと鸞さんが投げた紙を拾いにいく。



「続けるね?」


「今、黒庵の名字は山本なんだ」



…それって。


「なっ!あの女まさかっ」


「その通りだよスズ。あの女は黒庵と結婚しているんだ」




呆然と、スズの瞳は光を失う。


ここで一つの疑問が生じた。



「…黒庵さんって、いつ復活したの?確かアカネは最近だろ?」


「いい質問だねおねーさんっ」



苑雛くんが、グッジョブ!と親指を立てた。



「一羽の鳳凰が復活する差は、大体一年だよっ」



「1年……」


意外と差があるな、と思いながら。


「みーんな揃うのに5年かかるんだ」


「うわ…大変だね…って、5年?」


鸞さん、苑雛くん、黒庵さん、アカネ…じゃないの?


「一応5羽だから」


あぁ一羽行方不明なんだっけ。



「だから、大体鳳凰が復活するのは予測しやすいんだ。当然、家来であるミサキくんもね


呪われた従者は主のために最善な状況で迎えてやりたい━━━━━そう思った彼は、この世界に必要なものを…そう、戸籍を用意した


それも完璧主義な彼に相応しい、矛盾の欠片もない戸籍をね」



この世に生きるのには必要不可欠だもんな。


…どうやってやったとかは聞かないで置こう、こんがらがりそう。


しっかし、本当にミサキくんは偉い。


ちゃんと主のためを思ってるなぁ。



「もちろんそんなこと知らない黒庵は、記憶が消えたまま復活した。そのときに由美に拾われた。


そこからさ、問題は」



ね?と鸞さんに確認をとるように首を傾げ、「うがああっ」と鸞さんが悶え死ぬ。


…その漫才いいから、早く…続きを……。



「…当然、突如現れた謎のイケメンを彼女は必死に調べた。それこそ警察とかにも協力を求めて、彼を家族に帰そうとしたんだ。


で、当たったのがミサキくんの用意した戸籍ってわけー」



山本の姓が、当たったのだ。


そのせいで彼の身元は証明されてしまい、彼が“人間でない生き物”の可能性は途絶えた。


彼が人間であることを信じて疑わなくなってしまったわけである。



当然━━━━━黒庵さんもそれを信じ。


“突如現れたイケメンを拾った普通のOL”という、少女漫画チックな設定が生まれてしまったのだ。



「戸籍には他に家族が書いてなかったみたいなんだ。

あれなら警察も困り果てて、彼女に保護を依頼するだろうね」


見たのか、知ったような口をきく。



「保護を依頼された彼女は、次第に少女漫画よろしく惹かれていき、結ばれて結婚した」



「…」


アカネがいなくてよかった。


聞く限り、完全なるハッピーエンドだ。


世に聞くケータイ小説や、ふわふわした少女漫画みたく、めでたしめでたしで終わる最善の話。




誰もが納得のいく、美しくも浅はかな物語だ。






「━━━ふざけんな」






口についた言葉は、怒り。


…馬鹿馬鹿しい。

その下には、アカネの涙で溢れてるっていうのに。



ハッピーエンドなわけないだろ。



当人らがハッピーエンドでも、犠牲の上で成り立って、なおかつ反対を訴えるものがいたら。


それは違うものとなる。



しかも僕らが化けの皮を外そうとしている時点で、もう終わりに等しいのだ。




きっと黒庵さんは疑ってる。




彼女が、本当に最愛の人か。


自分の存在意義を、疑ってる。


由美の天下はもう終わり。


少女漫画にSF漫画が屁理屈を唱えなくちゃ。




「絶対に、黒庵さんの隣はアカネじゃなきゃいけないんだ。


皆がそれを望んでる。


向こうからみたら俺らは平穏な生活を壊す悪者だけど、それでも黒庵さんを救わなきゃ。


じゃなきゃ、可哀想だ。


黒庵さんだってアカネに会いたいだろうに」



「正論じゃ人間」



苑雛くんをぎゅうって抱き締めている鸞さんが、どこか燐とした瞳で語る。



「嘘の上に成り立つ幸せなぞ、所詮は偽善じゃ。悪者でも、バッドエンドでも、真実を貫き通さねば」



くっ、と妖しく悪者じみた笑いをした。



「…わらわは━━━否、わらわたちは鳳凰なのじゃから」



誓うように呟いた。


まるで悪魔だ、とでも言っているような言い方に、ぞくりとする。




「……そう、ですね」


「じゃろ!?」




驪さんがそれに答えた。


嬉しそうに笑う鸞に、いつも通り微笑むお父さん。



「…?」



なんだろう。


気のせいかな。



どこか、驪さんが無理してるように見えたのは━━━


◇◇◇


…驪さんにラチられた。





「ちょぉぉっといいですかー?」



なんて、腕を引っ張られて。



「……」


例の書斎に向かわせられ、本で一杯の空間にいる僕。


驪さんよくわからないけどにこにこしてるから、続いて俺もにこにこしてみた。


ほかの鳳凰はいない。

自室に戻ってるのだろう。



「えいっ」




いきなり僕の方に手をかざして、可愛らしく言葉を吐く。


えい?


後ろを振り向くと、なんか本棚が移動してた。


左右に、ゴゴゴ……と音を立てて勝手に。



「うぇえ!?」



「隠し部屋ですっ」


自信満々に言うなっ


「な、…なんっ」


開いた口が閉じない。



隠し部屋とは当然隠すためのものだ。


なのにバリバリ見せてる。見せまくってる。


この人大丈夫かなあ…隠し部屋の意味分かってるかな……。



「じゃ、行きましょー」

「なに当然のように言ってるんですか!?」


なんで?なぜ?なにゆえ?



「子供…とくに、アカネには言えない話をしたいんですよー」




ぐい、と当たり前のように引っ張ってくる驪さん。


「…」


まあいいや、と本棚と本棚の間の黒い扉の前にたつ。


和風な空間にそぐわない、どこか洋風かつ近代的なそれを驪さんは開けた。



「…っ」



そして息を飲む。





中には、内側から光る井戸がひとつ。




本当にそれだけのためにある空間だった。


洞窟を無理矢理掘って作ったような石造りの昔ながらな井戸。


貞子さんとか出てきそうな不気味さがある。



「なに…これ…」



「中を覗いてみてください」



言われて身を乗り出して見てみた。


中から黒髪の女が…とか想像したが、まったくそんなことはなく。


ただ、白い水が闇に照らされ溜まっていた。




「あ…これ」



「柚螺さんは昼間のんだでしょう?霊水ですよ」


昼間、水差しに入れてあった甘い飲物。


「確か、異界から通してるんだとか…」


「物覚えが良いですねっ!正解です。これは異界の湖に繋がるんですよ」



どこか無意味に得意気だ。かわいい。

そこでハッとして、


「あー…そんなことよりですね」



と、本題に入りたいらしく、井戸ではなく僕を見つめてきた。


なにを話すのか想像もつかないが、とりあえず息を飲む。


覚悟は決めてるから早くいってほしいのだ。




「━━━━さっき、アカネと鸞が言い争っていた内容を覚えてますか?


シロ、という名を」




━━━『シロの時もそうじゃった。消えたのに、その事実から逃げて――黒庵に乗り換え“うっせぇよ!”


━━━“いっつも苑雛とよろしくふわふわ幸せやってるあんたにゃ、わかんねーんだ!シロを簡単に切るのがリーダーのすることなら、そんなの━━━”



ああ、さっきちょっとひっかかったあれか。


喧嘩をしていて、とてもじゃないが中に割って入れるような剣幕じゃなかった。


で、たぶん、喧嘩の原因も何となく予想ついていた。




「…僕は無知じゃないよ。だから、想像くらいはできる」


「本当ですか。それは嬉しいですね!息子が育つ感覚です」


いや、僕驪さんの息子じゃないんだけど。


いやでも鳳凰と関わらなきゃならない生活だし、知識は身についてしまう。




「鳳凰の、白の字でしょ?あの消えたっていう…」



「正解です」




にっこりと、驪さんは微笑んだ。


鳳凰は五羽いる。

朱、黒、黄、青。そして、名前から言って多分白の人。


行方不明だという存在だ。



「しかし、あともうひとつ説明がいります。彼を語るには、鳳凰の白だというだけでは足りません」



井戸を覗きこむ彼。


白い白い水を眺めることで、思いだそうとでもしているのか。


はたまた、水に関係があるのか…







「彼はね?シロは━━━アカネの昔の恋人でした」






「え……」


驚いて声が思わず出たが、……ああ、なんか繋がった。



乗り換えた、とか。


苑雛とよろしく…とか。



繋がる言葉は多々あった。



だけど、推測まではいかないヒントだったから、予測はできなかった。




「…本来、5羽いる鳳凰を番(ツガイ)にさせようというのが無茶なのです」


「確かに。だって余りますもん」



奇数はどうしても偶数にはできない。


足すか、引くかしなくては。



「その通り。だから、発生させた際にそのことを配慮したのか、シロにはある属性がありました」



深い井戸から水を手ですくう。


童顔には似合わない、憂いを帯びた顔が手の中の水に写った。




「シロは、破壊の神様です」





「…破壊?」


思わず聞き返した。


芯に、頭脳に、武に、貿易と来て…破壊?

創造神に相応しくない、異端児だ。



「破壊と創造は紙一重…陰陽図をご存じですか?

あれは陰と陽は裏表、共に存在するという意味なんですよ。


光がなければ影はできない。そう謳った図なんです」



二つの勾玉みたいな、Tシャツとかに記載されてるあれにそんな意味が…


でも、確かに。


あれは白い勾玉に黒いてんがひとつ。黒い勾玉に白いてんがひとつある。


混ざってる、否、混ぜられてる。


そうしてこの世はあるのだと、そういっているような図だ。




だから、可笑しくはないのかもしれない。




創造神に破壊神がいるということは。



「…破壊という属性にふさわしく、彼は仲間に触れることすら許されない子でした」


ぴちゃ、と水を井戸に落とす。


さらさらの水が美しく線を描いた。


「触れるだけで傷つける。からだ中が悪の塊でできている。おまけに壊す以外はいきる価値のないというように、コミュニケーション能力も低く設定されている。


そんな子でした。


余談ですが皆の名前は私がつけたんですよ。


鸞という名前は全鳥類の長の名に恥じないようにあの呼び名にしました。


アカネは美しい朱色の文字をいれたくて、朱祢にしました。


また、苑雛と黒庵はカエる場所の意味。


女を支えるのが男の子のすることでしょう?

帰る(変える)場所がないと、弱い女の子はつかれて磨り減ってしまう。だから、どちらも名前を家にしたわけです」



苑と庵はどちらも家という漢字だ。


意味は多少異なるが、本質は変わらない。



本当に愛の伝わる名前だった。



「その中で、シロだけは名前がつけられませんでした」



泣きそうな顔をして。


辛そうに、眉を歪めて。


「困ったのです。この子は家にはなれない子だと。だからと言って、名前をつけないわけにはいかない。


困った私はたくさん名前をつけてみました。


白と書いてハクとか、……永、とか…」



なぜか永だけ切なそうな顔をしたのに、疑問が生じる。思い入れのある名前なんだろうか。



「しかし、なにをつけても彼は返事はおろか目すら合わせてくれませんでした。


後に知ったのですが、彼の眼は邪眼と呼ばれるもので、目をあわせたものを呪う能力があったそうです」


そんなこと知らない私はもの凄く落ち込んでました、と笑った。



徹底した破壊神っぷりに、胸が締め付けられた。




「鸞も苑雛も黒庵も、彼を疎遠にしました。


当然です。触れれば傷つくのですから。


しかし、アカネだけは違いました。



さすがは貿易とでもいうのでしょうか。バカがつくほど御人好しな彼女は、当たり前のように彼に近寄りました」




そうだ。


アカネは悪いやつのラリラリにすら、酒を飲みに行こうと誘うようなやつだ(正式にはラリラリの大元だけど)。



「…想像できます」



あんな見た目して、かなりのお友達大好きな彼女。


スズも、ミサキくんも、宮下さんも、タマも。


理解した上で愛して守る。

それは純粋でひたむきで、立派な彼女の魅力である。



タマのために時に命すら捨てるような所はちょっとやりすぎでいただけないけど。



「そのうちに勝手にあの子は彼に名前をつけたのです。シロ、と」



きっと白という意味だろう。


朱雀みたいな要領だな。見た目からしか名前がつけられないのか?



「…驚きました。返事をして、笑ってるんです。


シロを不憫に思っていた私は、良い傾向にとてもよろこびました

しかし、結局、二人は番にはなれませんでした」


「…え?」



確かに、事実を見ればそうであることがわかる。



現状は黒庵さんがアカネの隣にいて、シロは行方不明。



それはなぜか。




「…シロは、ある日忽然と消えたんです。

わかりやすく言えば、退治されました。破壊神だから、と」




希望が消えたように、手のひらの中の水が完全になくなる。


笑顔が完全に消えた驪さんは、どうしようもなく怖かった。



怒ってるんだ。



大事な息子を退治した輩を。


結婚前の息子がいきなり殺されたようなものだ。


当然である。



「…死んでないことはわかってます、けれど行方が知れない。


五羽でひとつのあの子たちは、一羽でも欠けたら、死んだら、存在できません。

でも現にあの子たちはちゃんと復活して生きている。

だから、死んではいないはずなんです」




アカネたちは生きている。



だから、まだシロは死んでいないのだ。




「シロが行方不明になったあのときのアカネの荒れっぷりは半端なかったですよー」


えへへって笑いながら話す驪さん。

笑い事じゃないよ。



「殺したやつ出てこいって怒って、返せって怒って。

疑わしいやつを半殺しにして…ああ育て方を間違えました…」


犯人じゃない疑わしいやつを!?


…アカネは怒らせないようにしよう。怖そうだ。



「荒れた彼女は家族とも離れて、家出までしました。困っちゃいましたよオトウタマは」



えぇ…

さすが鳳凰一の困ったちゃん&お転婆娘。


子供大好きな驪さんは落ち込んだだろうな。



「まあ、シロの捜索を打ち切ったことを伝えた事が原因です」



「…うち切ったって」


アカネが大好きな人を?

優しい破壊の神様を、捨てたの?



「勿論嘘ですっ!」



手を広げて制した。


ホッと胸が和らいだ。


そうだよな、驪さんがそんなことするわけない。



「…ただ、仕方なかったんです。


いたたまれないと思うのは罪なのでしょうか。


いつまでもシロを想って泣いている彼女を想う黒庵が、あまりにも可哀想で、それで…」



独白というより、疑問をぶつけた感じだ。


遠い目にはきっと、荒れたアカネと黒庵が写ってる。



いつまでも報われない二人を立ち直らせたい。



それが二人とも己の子供なら尚更そうおもうはず。



前に進ませるのは親の勤め。


きっと驪さんの事だから、そう判断したのだろう。



「それを鸞が伝えたんです。

鸞はリーダーだからと意気込んで。


けれどアカネは傷ついた。

当然です、姉が弟を捨てたようなもんなんですから」



兄弟の、しかも愛してる人の捜索を打ち切ると、はっきり言われれば嫌にもなるだろう。



「『シロを簡単に切るようなやつを私は上司と認めない』


もとからアカネと鸞はちょいちょい小さなことで対立していました。


意見がおんなじだったり、無駄にプライドが高かったり。


ひどいときはお菓子をめぐって4日も口を聞かなくて…うぅ」



井戸にもたれてなきはじめた。


苦労してるんだなあ、と背中をさすってやる。


「ゆーちゃんを娘にしたいです…」


「…や、あの、僕一応両親いますから」


全然大事に扱われてないけどね!!

丁重にお断りして。



…アカネらしいと思った。


大事な仲間を切った悪者に思えて仕方なかったんだろう。


タマのことで憤慨したあの人が、恋人のことで怒らないはずがない。



でもね、アカネ。


そのうらにはいっぱいの決断や優しさがつまっていて。


アカネを想う人がたくさんいて。



鸞さんだってその一人なんだ。



自分で汚れ役を買って出たなんて、最高の上司じゃない?



「そのうち、献身的に己を愛する黒庵にアカネは惹かれ、恋人となりました。


だけど、まだシロを想うアカネを支えていくその辛さは、並大抵のものではなかったようで…何度も黒庵は泣きついてきましたよ」




想ってるから悲しいのだ。


自分を愛してるように見えても、奥底ではいつもシロを想ってる。




苦行の二文字だ。




いくら彼女に愛してる愛してると言っても、否、彼女に愛してると言われても。


全部が幻に見えてしまうのだ。



「…まあ、今じゃラブラブみたいでよかったです」



「も、勿論ですっ!だってアカネは、アカネは…」


アカネの傷つき具合でわからぬものなどいない。


そう思って叫ぶように驪さんに言い、泣きたくなった。



「…黒庵さんは、手放そうとしてるんですね、その愛を。勿体無い」



「バカもーんっ!て感じですよねー」



せっかく彼女の心を手に入れたのに。


記憶なんかと一緒に手放していいわけない。


ずっと想ってきたんだ、そんな大事な感情を、刷り込みみたいな愛で忘れていいわけが無いんだ。




「あの子たちの恋はなかなかどうしてうまくいきません」




自嘲気味な驪さんの声が、やけに耳にへばりついた。

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