第3話 荼枳尼天

◇◇◇



「あぁああああっ」


「柚螺!」


紅太と李介が俺を指差す。

俺が落ちてた時間は、あんなに長く感じたのに20分程度だったらしい。


長く落ちてたと思ったから、警察とかに連絡されてないかな…と思ったけど。


そこら辺は大丈夫だったみたいだ。




「柚螺!無事だったか!」



「あー…もう、マジビビったわ……怪我とか大丈夫?携帯圏外だし、あー…よかった」



「うん、ありがとう」



紅太はともかく、真面目できちんとした李介がかなり疲れた様子なのは、きっと俺を心配してくれてたからだろう。


…悪いこと、したなあ。



「よし、さっさと参拝しちゃおーぜ」


「おう!」


「あの真ん中の大きなのが境内だって」



こうして俺らはパワースポット巡りを再開した。


人でごったがえしてる中、どうにか順番が回ってきて、3人でいっせいに各々願った。



「(百瀬とうまくいきますように…!)」



それはもう厳重に厳重にお祈りし、お守りも見に行こうかという話になった。



『しかし神頼みとは…あたしいんのによぉ』



あんな小さな女の子に頼らないとならないようなお前を神とは認めない!


『だありん見つかるまでだから、許して♬︎』


本当にみつかるまでだろうな…


『もち♡』


軽すぎて信用がまるでない。




するといきなり、アカネが神妙な声を出した。




『走れ』




いきなりのそんな言葉に耳を疑う。


走れ?





『いいから!逃げろ!』




「やっぱあれだよなー、参拝するとスッキリする」


紅太が嬉しそうに話す。


「なんか…悪いものが落ちた気分」


李介がそれに答えた。


「はあっ!?お前なにかついてんのか!?」


そんなどこにでもある会話を、



「何言ってんだお前、主語がねーよ主語が」



俺のアカネとの会話によって遮った。


「主語ぉ!?霊か、霊なのかぁ!ヤバイな李介!」



アカネに言ったつもりが…紅太に伝わったんだけど。



『コイツやべーんだよ!気付けバカ』



「何がヤバイだ。お前がヤバイの間違いだろ」



アカネ意味わからん。



「なっ柚螺…!俺をヤバイだとぉおお!?」



ああ…勘違いか勘違いを呼んでく…。



李介ごめん。



『…はあ、後ろ振り向け』



ため息が聞こえた。



渋々向いてやることにした、





「…あ」





これ、あの、その、えと。



「うわぁああああ!」




走る。




それはもうダッシュで。


50m走9.8秒の俺が6秒とれそうなくらいダッシュで。


振り返る人も多く、怪訝な顔で見られる。


が、ほとんどは それ を見て叫び声をあげて逃げた。



「ぎゃあああっ」

「うぉ…!」



それは二人も同じだった。





見た目は、いい女だ。




体の凹凸はアカネより激しく、黒い髪やら少し濃いめの肌色なんやらがとても美しい。



服は布。いや、布は皆同じなのわかってるんだけど――彼女は本当に布切れ。



インド風の衣装をR指定にしたような、エロいのなんのって。


胸は隠してないし、下半身だけちょろっと。それも薄いチュールみたいな。


普通なら健全な高校生の僕は興奮し、大喜びするんだがーー




ヤバイことに目がイッちゃってる。




黒い目が血走っていて、ぐるぐると眼球だけが動く。



何があったか「フー…フー…」と、歯から息だしてるし、



で、最後のトッピングに。




鎌。




血の滴る鎌を持っている。






よく外人が「HAHAHA☆」とか言いながら振り回して草刈りに用いる、あれ。



明らかに草以外の物を“狩”っちゃった彼女の鎌と体は、血に染まっている。



平成の平和な世に相応しくない、殺戮犯兼露出狂。



「キモ…!」

「な、何あれ!?」




しかし、

皆が怖がってるのは“彼女”ではない。






彼女の足下にトッピングしている烏の惨殺死体。





体はあちこちぐちゃぐちゃで、見えちゃいけない部分がいっぱい。



黒い女と表現したのは、羽があちらこちらについているからでもある。



「烏だよな?」


「き、きもいきもいきもい…」



鳥の死体に怖がる親友と、それを施した人物に怯える僕。



『ちなみに言うけど、彼女は誰にも見えてないから。神様以外』



神様。

アカネは今確かにそう表現した。


僕、神様なの…?



『神様が中にいんの。あんたがじゃねーよ』



めんどいといいたげに。



『あれは荼枳尼天ダキニテン。あーあーあー。派手にやっちゃってよぉ…そんなに餌が欲しかったのかよ』



「…餌?」


『私のことだろー?』


あ、アカネ餌なの!?


『私はえっらい神様だから。あいつ女の心臓食うの好きでよ、偉い神様のは美味しいんだとよ』


「お、おかしいよ…」



神様の世界、怖すぎる。



「な!なんなんだよこの山…」



「落ち着け紅太!今管理人呼んでるらしーぜ」



俺の独り言に律儀に反応してくれる二人だった。



『証拠に烏の心臓ねーよ、あの烏女だし』



女なら誰でもいいのかよ。


『そんな単純な話じゃねーみたいだぜ?

きっと、アイツ…』



(鳳凰、欲しい、鳥、鳥、鳥)




地がくぐもったような声が聞こえる。あの女の声だ。

美しい容姿からは想像つかない、ドスの効いた気色悪い声。



(鳥、鳥、鳥、鳥)



鎌持つ手じゃない方を掲げ、嬉しそうに笑う。その手には肉塊。おそらく先程の鳥の…。



(鳥、鳥、なる、いちばんに――)



はむっと肉の塊、恐らく心臓を食らう。




「うっ…」



飛び散る血に吐きそうになる。


みんな気づいてない。


心臓を目の前で食べてるのに、気づいてない。


異臭が濃くなる。


いや、異臭を感じたのは僕だけか。




(…!違う、違う、旨くない、不味い)




烏をどうやらアカネと間違えていたらしい。




違うのを食べたから、気持ち悪そうに顔を歪め、暴れる。



そういえば、なんで鳳凰の存在を知ったんだ?


アカネによると、外とは関われないように結界を張っていて、それを俺が決壊したってことだろ…?


ちゅーことは。




ぼ、僕のせい…?




『だねえ』


「マジかよ!?」


「なんだ!?管理人呼んじゃ不味いのか柚螺!」


「あ、いや、そーゆーわけじゃあ…」


『ハハ、悪ぃ悪ぃ

違うだろー?さっき私がピーって呼んだときに鳥達が騒いだの聞いたんじゃね?


派手に動いたからなあ、だありんのために』



そうだ。


あの時たくさんの鳥が来て――

大騒ぎしたらそりゃ気づくわけだ。



「うわぁ、こりゃあひでーな」

「気持ち悪い」



神社の管理人、いわゆる宮司と巫女がごみ袋を手に近づく。



きゃぁきゃぁ言ってる巫女は頼りにならず、宮司が進んで処理を行う。



と。




(口、直す)




荼枳尼天が、ゆっくりと巫女に近づいた。



「…ヤバくない?」



『…ちっ、あんたの友達とかいるから下手なことできねーし……スズ!』



アカネが中で叫ぶ。


すると、一匹の朱い雀が肩に止まる。


一本の紐を首につけている雀。…まさか。


「これ、スズかよ…」


『お、よくわかったなぁ柚螺。

スズの鳥の体は雀なの。

まあ漢字にすると朱い雀だかんなぁー』



朱雀だっけ、たしか。



ちゅちゅちゅ、と怒ってんだかなんだか…な声を出した。



『悪いかこの下等生物が。


アカネ様がその汚い体に入ってると思うと吐き気がするわ。


アカネ様是非こちらにお入り下さい…!


あぁアカネ様に私の体を弄っていただけるなんて、考えただけでスズは幸せものです…!』



言葉わかっちゃってるよ僕。


てかなんで僕こんな嫌われてんの?



『いやぁいくら鳥とはいえ雀はちょっと扱いづらいしなぁ―?気持ちだけね』



スズの危ない言動も、マイルドに返す。



アカネが大人に見えるなんて恐ろしい…



『アカネさまぁ…』


しゅん(ちゅん?)、と悲しくうつむいて。




『けれども、私を生み出したのはあなたです。同時に私はあなたの所有物。その不能な人間が使えなくなったら、容赦なく私を使用して下さい』




堂々と言い放った。


主従関係が徹底してあるみたいだ。



全く関係ないかもしれないが、スズの首に糸が絡まっているのは、なぜだろう。


首輪、みたいな――黒い光沢のある綺麗な糸。


さっきからめちゃくちゃ気になる。



『使わねーよ、スズなんか』



めんどくせ、と毒づく。


なんだか知らないけど暖かった。


たぶんスズは、肉体のないアカネに体を提供しようとしてるのだ。


目の前の、荼枳尼天を倒すために。


アカネはそれを嫌がっている。



理由は簡単、スズが好きだから。傷つけたくないから。



娘みたいに可愛いのか、言葉が一つ一つやけに暖かいのだ。


ん?ていうことは僕は傷つけていいのか?という疑問は置いておいて。




(心臓、女、なる、いちばん、なる)




なんて和んでる場合じゃなかった。



歯がゆかった。


体は動けないし、友人の手前どうにもすることもできないし、生殺しの気分。


やめろと叫びたい。


だけど、叫べず――



『やめろっ』



アカネが叫んだ。



でもそいつには伝わらないのか、無視し、巫女に近寄る。



伝わらない?そんなわけないだろ。僕たちには聞こえてるんだ。



(なる、心臓、食べる)



荼枳尼天がゆっくりとその女が巫女に近づこうと――




「やめろ!!その人に近づくな!」




つい、叫んでしまった。気づいた時にはもう口から出ていた。ああ、友達の手前なのに…。


その甲斐あって、荼枳尼天はぴたり、と止まった。


くるうりとゆっくり、こちらをむく。


僕をじっと見つめた。



やけに黒い目と目があう。



ドキリと心臓が跳ね、痛んだ。



やましいことがバレたときの、ヤバイって感じにとても似ている。




威圧的なその女は、ニヤリと妖艶に笑って言った。




(み、つけた)




「ひ、ひぃっ」


またまたつい声が出てしまった。


喉が潰れたような、情けない声が。


殺気と言うのは恐ろしいものである。背筋が一気に凍るようで、つい声が出てしまう。


ゆっくりと標的を変えた荼枳尼天は、捕食目的で歩み寄ってくる。


一歩、また一歩と、嬉しそうに。


「柚螺?なんかあったか?」


李介が不思議そうに言うのも意識の外だ。




「あ、アカネっ…」




また一歩歩み出した荼枳尼天にすっかり怯え、声に出してしまった。



『…しゃぁね。ちょっと退け』



退けって一体…?



と、考えてた次の瞬間、動けなくなった。



いや、マジで。



息を吸おうとして口や鼻を使うと、息を吸っているつもりが吸っていない。




つまり、体が反応しないで意識のみでしている“つもり”になっているのだ。



変わりに別のものが動かしてる、とわかるのにかなり時間がかかった。



なぜなら。



ヒュンッと僕の被ってる帽子が投げ飛ばされたから。



僕の手で、アカネの意思で。



「あっ、柚螺の…」



風かと勘違いしたみたいで、二人は帽子を目でおう。



「こ…こほっ…あ、あー!帽子がー!」



棒読みで僕の声を使う。



心なしか高くて、オカマっぽい気がした…のはきのせい?



金縛りにあってるみたいな俺に弁解ひとつせず、アカネはダッシュ。



帽子を追いかけるようにして走り、そして







飛んだ。






柵を乗り越え、なんの躊躇いもなく、大空へ。



(うわぁあああああああああああああああっ)



感覚もなにも感じない僕もビビった。



出ない声で叫んで、すこしでも恐怖心を無くそうとする。



(お、おおちちちちち)




「落ち着け。落ちるけど痛くねーよ」



僕より低くて男前の声が聞こえた。



ザザザと木々を抜け、もう落ちるっ…と思うだけで、実際には体感はしないんだけど。


それでもやっぱり怖くて、意識のみで目をつぶる。




「柚螺ー?あんたなんで目ぇー瞑ってんの?」


「まさかビビったとか?…くすっ…」




アカネやスズは意識でも僕が目を瞑ってるのがわかるのか、笑われる。



視界で確認すると、いつの間にか地面に立っている。



傍らには人間バージョンスズが。





「あー、スズが優しく抱き止めてくれて」




え!まじで?

こんな華奢な腕で…


「ありがとな?折れてねー?」


「…アカネ様のためなら、こんな苦行でもなんでもございません…!


ってゆーかアカネさまかっけーです!

やっぱりいいです、ご奉仕します♪」



もともと荒っぽい性格だし、男化したらかなりのイケメンになりそうだな。



僕がもう少しイケメンだったら似合うな…




「これでルックスがよかったら…」




思ってたことを言われた。スズうるさい。



「男性化なんてだありんが見たら悲しむだろーな…」



「大丈夫ですよアカネさま!


男になっても黒庵さまなら、

“BLだろーがなんだろーがアカネなら関係ねえ!なんならこの場で証明してやんぜ!”

とか言ってその場で抱いちゃうと思います」



「おぉ!言いそー」



今のでだありんさんのキャラがわかった。要するに似た者夫婦って感じなんですね。



そこでふと気づく。




(あ、アカネ…帽子は?あれ百瀬に褒めてもらったやつなんだけど)



「あー、スズ」


「こちらに」



スズがいつの間にか手にしていた。



あの一瞬で、よく取れたな…


感心しながら意識だけど礼を言う。



(ありがとう)



「ふ、…ふんっ……人間が、偉そうに…」




なんで僕そんなに嫌われてんの?



聞こうとして、アカネの

「来たねー」という声でやめた。



「はい」




そう言うのを疑問に思って見てみたら、荼己尼天がいつの間にか現れてた。


走ったりとか飛んだりとかじゃなく、本当にいつの間にか。



もー意味がわからないからいちいち突っ込まん。





(み、つけた)





不気味なほど妖艶に笑い、こちらに一歩一歩近づいてくる。



「スズ」



「はいっ」



アカネの声(僕だけど…)に嬉しそうに返事をする。



雀のときにはなかったさきほどの不相応な剣を手にしてるが、道理は気にしないことにする。


大きな柄を持つ手は、震えていた。


(スズ…)


思わず心配で呟いた。



「うううるさい人間!」



この子、さっきの悪霊の時も剣術もクソもなかったし、戦うの不慣れなんじゃないか?



大丈夫だろうか、この子で。



そんなスズはガクガク震えながら、突進。



そして先ほどと同じようにやたらめったら剣を振るう。



が、相手は生身の(?)神様。



先ほどのように霧散することかく、余裕に避けられてしまい、剣術も何もない彼女には分が悪い状況が続いた。




(スズ!あんま無茶すんな!)



「そうだ!私にその剣を寄越せ!」




アカネが叫ぶも、スズは特攻を辞めない。





そして、あまりにあっさりと、スズの肩にあの血に染まった鎌が入り込んだ。




「…くぁっ」



「スズ!」



倒れ込むスズを慌てて抱き寄せに向かうアカネ。アカネの視点からみると、あんまり深くはない。

ただ、骨が近いから――



「…ふああっ」



衝撃で折れたらしい。



肩に手をやり、必死に押さえるスズ。


アカネはその様子を気に食わなさそうに見、ちっと舌打ちした。



「一旦戻るな、柚螺」



次の瞬間、息が吸えた。



そしてスズの重みをガクンと感じる。



アカネが中に戻ったのだ。



「す、スズ!大丈夫か!?」



「アカネさまは…」



「なんか抜けたみたいだけど…ち、血が!」



「大丈夫。人間じゃないし」



ぶっきらぼうに言うので、悲しくなりながら叫ぶ。



「でも!痛いんだろ!?」


キッと荼己尼天を睨む。


相手は動じず、ただこちらが動くのを待っているみたいだった。


すると、剣が目に入る。


スズがやられた衝撃で飛んだ剣。



「あれ、破邪の剣とか言ってたっけ」



「あれちょっとでも浴びせたら勝ちなの…。毒みたいに侵攻して、悪いのはみんな吸っちゃうから」



「さっきの黒いやつみたいに?」



「あれは悪いやつでしか出来てなかったから消えたけど…もとは荼己尼天いい神様だから…消えはしないと思う」



はあはあと息を荒くしながらスズは言う。



そっと衝撃がないようにスズを寝かせ、立ち上がって剣を拾う。




「ちょ、人間!」




スズが制止するのも聞かず、ただ走る。



荼己尼天目指して。



結構チキンな僕だけど、こういうときには頑張らなくちゃ。



スズが傷つけられた現実を見、不思議な力に動かされたようにかっこいいことしちゃう僕。




「うおりゃぁあああ」




剣を構えて間合いに入ったとたん、鎌がヒュッと目の前を走る。



少し鼻を霞めただけなのは、僕が勢いよく止まれたから。




「…は?」



マジかよ、こいつガチで切んのかよ。



不思議な力で突き動かされてた僕だったが、今更恐怖が沸く。


しかし、後ろに逃げることなどできない。




(男、嫌い、ムカつく、不味い、でも殺す)




「…ムカつくって何かしたか僕」



理不尽な言いがかりを突きつけられた。



いやあ、超逃げたい。



でも、と後ろを向くと、肩から血がどんどん流れてるスズがいる。



ちょっとの知り合いだけど、人がやられて黙ることはできない。



ましてやあんなに小さい子。許せるわけが無い。



「アカネさま…あか、ね…さま…」



意識を朦朧とさせながら、アカネを呼ぶ。



彼女は、健気だ。



こんなにまでなって、アカネを守るために必死になっている。





“何してんだっ!このバカがぁっ”




どうやら俺を怒ったらしいアカネの声に、頭上を見上げてみる。



「 はぁっ…?」



赤い美しい鳥が飛んでいた。



俺がさっき食べた羽根を体中に纏い、長い長い尾と冠みたいな羽根が非現実的だった。


大きな鹿ぐらいの大きさで、羽根を広げた優雅な姿は猛禽類さながら。



羽根の色はまるで虹みたいで、光が当たる度に色んな色に変わっている。




あぁこれが――鳳凰か。




思わず息を飲む神々しさだ。


あまりの美しさに、目を奪われた。



「アカネさま、なんで…」



スズが驚いているのを無視して、己の羽根を嘴で抜く。



「アカネさま!?だめっ…だめです!このくらいの怪我、あとからどうにでもなります!

そ、そうだ!黒庵さまに治してもらいますから…だから!」



何をしようとしてるかは一瞬でわかった。



あの羽根は霊力の塊らしいから、それでスズを治そうとしてるのか。



実態化するために1度僕から抜けて、霊力を集めて鳳凰の姿になったのか。


ただでさえ霊力が枯渇してるのに、わざわざスズのために。



“本当なら霊力がたくさんあったら自動的に私ならスズに流れるんだけどな。枯渇しててこうするしかない。いいから大人しくしろ”



「いやです!」



アカネは今霊力がない。


スズはアカネの体を気遣ってるのだ。



優しすぎる二人は、なんだか見てられなかった。



「本当に私はアカネさまと比べたら下の下なんです!だから…んぐっ」



アカネがその口を塞ぐように羽根を入れる。



「ひっ」



いきなりアカネがスズの上に飛び乗る。



そして嘴で目と鼻の間に迫った。



いきなり鹿くらいの大きさの鳥が目の前に迫ってきたらビビるのは当然だ。


そしてその衝撃で、


「…ごくんっ……て、飲んじゃったぁあああ」


一人で悶えてる彼女を放って、アカネはくるりとこちらを向く。



“で?バカは一体何やってんの”



怒ってるぅ…



「だ、だって、スズ倒れちゃうし、アカネいないし」


(構え、男、まずい)


ヒュンッと頭上を鎌が切る。


「ひぃいい…おま、ヤンデレかっ!」


“間違った認識じゃねそれ“



足元をすくう鎌をよけようと、ジャンプ。



いまこそ帰宅部の誇りを見せつけようと、かっこよく着地し踏み込もうと――



「…あ」



滑った。




それはもうずべべと湿った落ち葉に足をとられて、ドリフのように転ぶ。




そのとき、持ちなれない剣が飛んだ。



べしゃぁとカッコ悪く落ちて、視界が落ち葉で埋め尽くされる。




「柚螺!」


“だ、大丈夫か!”




二人の声が重なり、急に恥ずかしくなる。



しばらく寝てたかったけど、起き上がるしかなくそうする。



「…あれ?」





どういうわけだか、荼己尼天の足に、剣が突き刺さっていた。




「なっ…」



(…っ、痛い、人間、ひどい、一番、なる…)


本当にたまたまだけど、どうにか足に命中したらしい。


その時である。





ひゅるり、何かが目の前を横切り、負傷した荼己尼天の足を掬う。





剣が、カランと音を立てて落ちる。



黙ったままそれに跨がり、くらりと彼女は倒れる。


それに体を預けたまま、微動だにしない。



それは最初は形がわからなかったけど、だんだん輪郭がはっきりしてきた。





正体は虎みたいに大きな狐、である。





ホワイトフォックスって奴なのか?



普通ならきゃーきゃー逃げるか、可愛いって騒ぐとこだけど、その狐の顔は優しかった。



なんだか母親みたいな、ポカポカした柔和な顔をしていた。



その神秘さに、威圧感や恐怖心や乱心が嘘のようになくなっていく。



「…白狐」



肩が治ったのか、むくりと起き上がりながらスズは確認する。



白狐?





「…救っていただき感謝する」





それは意外にも低めの美声で、礼を述べられた。


あ、男だったんだ。



「乱心したこやつを主――元のもとに連れていく。我らのせいで、迷惑をかけた」



「本当だっ…謀反など、どうかしてる!


アカネさまになにかあったら、どうなっていた!全鳥類の長の家来の名において、私が全力で殺しにいくっ…!」



「承知している。……我らの管理ミスだ。

…む、どうやら人間の中に鳳凰がいるようだな」



「え…ああ」



僕はつい返事を返してしまった。



「事態は読めた。詫びと言ってはなんだが、我々はあなた方に協力をしよう」



『マジで!?ラッキー!そーそー。あんたの主人によろしく言っといてよ』



中からアカネの声がする。


意外にも軽いノリで、挨拶をし、さっきまでの怒りはどこにいったのやら。




『ただし、消費した霊力は払ってもらうかんな?ただでさえないのに加え、あたしの可愛いスズに血を流させた罪は、償ってもらう』



あの軽い挨拶の後とは思えない、ドスの聞いた低い声。



スズはなんて愛されてるんだ。



「…アカネさまが、私を傷つけた罰だけは償ってもらう、と」



中にいるアカネの声を代弁をスズが行う。



「承知」



ふわり、それは身を翻して。



「失礼した」




まさに風のように去っていった。





しばらくしんとして、思い出したかのようにアカネが問う。



『スズ、大丈夫か?』



「はいアカネさま。おかげさまで。でも、その…霊力を」



『あー、いいのいいの。あんたもあたしと同じで弱ってんだ。無理すんなよ?』



「…はいっ」



などとほんわか和やかな雰囲気に僕は飲まれない。




「…アカネ?全部説明してもらうからな」




僕だって関わってるのだ。

事情を知らないまま解決、だなんてさせない。



『はーい…めんどーだなぁ…』



巻き込んでおいてその言いようはないだろ。






『――日本にはいくつ神社があると思う?』


「えっ」



また上へ登らなきゃならなくなった俺らは、人気のない道のせいか、堂々と話していた。



サクサクと葉っぱを踏み潰しながら、また中に入った彼女を感じた。



「…600とか?」


「バカですねぇ人間は。1000くらいですよ、ね?アカネさま」


『ごめん、スズ。私も知らねー。全国の小中学校の3倍らしーぞ』


「……」


知らないのになんで聞いたんだ。


なんか得意気だったスズが、恥ずかしそうに目を反らす。


…どや顔だったもんなぁ…



『まあ、いっぱいあるのは知ってるよなー?強い神様だと、色々な地方であやかりたくなるもんだ。

だから分院して、たくさんにわけて…たくさん拝む。


典型的なのはお稲荷さん』



「たくさんあるな、そーいえば」



『あれは大体二つの神様なんだけど、一番多いのはダーキニー。つまり荼枳尼天だなー』



「えぇえええ!?あのラリったやつがお稲荷さんなの!?」



日本大丈夫か。


「違うバカ人間!あれは分院したここの山の荼枳尼天神なの!」


「あ、そーゆーことか」


なるほど。


どこかに大元の荼枳尼天がいて、分院するさいの一部があのラリラリさんか。


今回のは、本社があって支店がやらかした…みたいな問題なのか。



『ラリラリさん…まぁラリラリっちゃぁーラリラリか。


あれはね、人間がここの神様って超スゲーんだぜとか言って崇めるから、無駄に調子に乗っちまった末路なだけだよ』




「え…?」



はぁ、と気だるげにため息をついて。




『あいつは欲しちまったんだよ、地位を、名誉を、トップを――



自分は偉いんだって思い始めて、それで私の霊力に目をつけた。



最初の変な黒いやつは、あの荼枳尼天の一部か子分じゃねーかなー?オーラが似てたし。


あとついでにゆーと、さっきの白いやつは大元の乗り物兼ペットだよ』




大元からお呼びだしがかかった、ってことか。



「それ、じゃあ…」



「あなたたちクソ人間の身勝手な願いのせい」



止めをさしたのはスズだった。


俺ら人間は勝手に願う。


自分勝手に神に願い、助けを求める。



願いが神を生むのなら、強くするのなら。



俺らのせいではないか、あの荼枳尼天の姿は――




『あー…柚螺、願うことはしょーがねーんだぞ?あまり自分を責めんなや』



「僕、身勝手に祈りに山に来て…」



『まーまー。お前だけじゃねーんだ、願うのは。人間の性みたいなもんだよ』



恋が叶う神社として、何人が願ったんだろう。



身勝手に、なんの権利もないくせに、ただ単にすがって。



そのせいでさっきの黒い彼女は地位を欲したんだ。



「……じゃあさ」



『んー?』




「アカネは、自分が勝手に造られたのを憎んだりしない?」




僕ら人間が、勝手に願って造った神様という生命。



神様は、人間の思うようにただただ願いを叶える便利屋ではないんだ。



意思もあるし、心もある。



もし僕が神様だったら――




「僕だったら、きっと憎んだ。



なんの罪悪感もなく勝手に造って。



勝手に願うだけ願って。そういうの、なんかズルくない?」




今まで勝手に願ってたけど。



とんでもないことをしてたって実感したんだ。


『柚螺はそう思うの?』


アカネの声は、どこか楽しそうだった。



『じゃあさ、どうせしばらく一緒にいさせてもらうんだし――柚螺の目で見てみたら?


あたしたち神様の生きざまを、さ』



そうして彼女は、ケラケラと軽快に笑った。



『それで、あたしたち神様と人間の関係性の正解を学んでよ。


案外、答えは面白いかもよ?』

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