第2話 スズ、現る

話が一段落したからか、急にアカネが命令してきた。


『祠の中の箱をとってくれ』


そんな、祠の中なんて一般人が触っていいものじゃないだろう。


「え!?触っていいの?」



『御神体がいいって言ってんだ。いいに決まってるだろ』


たしかに、この人がご神体なんだった。じゃあ開けてもいいのか。


祠を開けると、中に小さな箱があった。



『開けろ』



と言うので開けてみると、手のひらサイズのネックレスが入っていた。



丸に星の形が複雑に埋め込まれ、中央には朱色の宝石が入っている。


金色に輝いているが、アンティークな感じを匂わせている。


『これは私の力の源だ。お前が持っていろ』




ずっしりとした重さのそれを首にかけると、頭が取れるのではないかと言うほどの威力だった。


く、首がもげそう……。


『これは4人がもってる、ニチアサで言うちっさい生き物や力や愛を合わせれば羽が生える的代物なの!』



「羽が生えるの!?」



『ごめん…、私鳥なんだけど。もとから生えてんだけど…。あ、さっきの羽私の羽だから。だから君の中に入れたんだよん。羽を食べて私ときみがつながったってこと。』



えええ怖…伝説の神様の羽食べちゃった…。

繋がるなんてそんな恐ろしいこと、やっちゃったのか。

だから中にアカネが入れるようになったって訳か。


『あんたのせいなんだからよぉー、責任とれ?体で責任とれ〜ぐへへへ』


「いやだっ!何されるかわかんないけどとにかくいやだ!」


この神様、なんかセクハラチックなんだよな。本当なんだこのコントは。



『だいじょーぶ♪あんたにちょっと憑いて、だありんを探す手伝いをさせるだけだから』



「だありん?」


『私の霊力をしめ縄で漏れないように貯めてくれてた旦那だ。こんな事態になっちまったし、探さねーと』


「じゃあその旦那を探せばいいわけね」


さっさと旦那を見つけて、この面倒な神様を押し付けないとな。


『あ、あと、ちょぉっと変なのが寄ってきたり鳥が寄ってきたりするだけで…』


アカネが申しづらそうに言うので、耳を疑う。

え、変なのって言った??


「変なの!?変なのってなに!?」


「ん?例えば――」





突如、ゴゴゴ……、と漫画みたいな擬音が響いた。




地鳴りのようなそれは、ずいぶんと気味が悪く響いて、僕の鼓膜を揺さぶった。


鳴り終わったかと思えば、ガサッと落ち葉が勢いよく舞い、何かが姿を表す。



『あーゆーの』



「変なの来たぁあああああっ」





アカネがケロッと言うので、僕は大絶叫した。


見た目は黒い染みであった。


よく心霊特番とかで出るような、人形らしきものをした、黒い染み。



周りが透けて見えて、実態はないものと思われる。

大きさは2mくらいで俺らよりもかなり大きい。


『悪霊か――柚螺のお望みの幽霊だよ』


「望んでないぃいっ」


どうすんのこれっ!なんかしめ縄解いたから化け物出てくるとかあるの!?


そうだ、こっちには神様がいる。悪霊ってことは幽霊だから、神様の方が何倍も強いはずだ。


「アカネ!!やっつけ『無理』…は?」


遮るように否定する神様。今なんて言ったこいつ?


む、無理って、あまりにもあっさりと言うから、事態が把握出来ない。


『私、貿易担当なんだよなー、だから戦う系は無理』


「ま、まじかよ!」


『困ったなあ』


困ったなぁじゃないんだよ!困ってるのは体を持ってるこの僕!


お構いなしに近づいてくる黒いやつ。


ためしに近くにあった石を投げてみた。



――ヒュンッ



黒い塵が舞ったに過ぎず、通りすぎてしまった。



…まあ、大体予想はしてたけどね。そんな気はしてた。


石だけでは全く戦力になりえそうにない。


やつはどんどん迫ってくる。



「なんであいつこっちくるの!?」




『私偉い神様だけど弱ってるじゃん?


悪い妖怪とか悪霊とかがねらってくるんだよね。


それを保護するためのしめ縄でもあったんだよ〜』




「わぁあそんな大事なもの切ってごめんなさい!」



罪悪感がますます湧く。本当に申し訳ありませんでした。


『あ、ねぇねぇ、指笛って出来る?』


「指笛…ピーってやつ?」


『そー』


小さい頃、ナウシカに憧れて練習した経験があるから、できないことはない。


指を丸くして形を作り、口に入れ――





ピー――!




指笛を鳴らした。


かなり大きな音で、きっと山に響いたろう。



『うし、これでたぶんだいじょーぶ』



またまた安楽な感じで言うので、信じられずに聞き返してしまう。


「こ、こんなんで?」



『言ったろ?私は偉い神様━━家来だっているんだよ』



刹那だった。








「アカネ様に近づくな下郎がぁあああああっ」







何かが叫びながら飛び出してきた。



どうやら人間の形をしてるらしいやつは、ダッシュで影に飛び向かい、走る。



そして、銀色に光る剣みたいなのをやたらめったらにふるう。大きめのそれは、小さい体躯のその人には似合わなかった。しかもかっこいい剣術というよりかは、子供のチャンバラに近しい。



剣を振るうそのたびに黒い影は俺の時のように塵を散らせるが、違うのは塵が消えていることだ。



傍目からは剣に吸い込まれてるように見えた。


剣が触れ、そのたびに消えていく影。


やがて、影は完全に消えた。





「す、ご…」



ぽつりと出た感想。



ぜえはあとその人物は肩で息をしながら振り向いた。





そこで気づく。




――少女だ。





アカネよりもずっと小さくて、小学4年生くらい。剣が肩の辺りまである。




髪の毛の色はアカネより少し脱けた色の朱で、ちょっとだけ茶色と白が混じっている。



ポニーテールがまた幼さを主張させていて、中華ロリというのか、赤のチャイナっぽいデザインにふわふわのスカート。



目の色は茶色で、潤んでて――



う、潤んでて?





「こ、怖かった…」




震えた声で一言発した。


ハッとこちらに気づき、ぶるぶると首をふって――僕をまじまじと見る。



「…アカネさま、ですよね?」


「え?や、ちが…」


すると、彼女は頭を抱えて発狂した。



「いやぁああ!!アカネさまが男性化したぁあああっ!これじゃあ私、仕えてますとかご奉仕しますとか言ったら下世話になる!!!」



な、なんなんだこの子!?



『あー、諸事情あって今こいつに入ってる』



アカネが中で喋ったのか、脳裏に響く。




「アカネさま!」




僕の中のアカネの声が聞こえるのか!



嬉しいらしく、ランランと目を輝かせた少女。



『待たせたねー、スズ』



「いえ…アカネさまのためなら、あっという間でございます。ご無事なのが何よりです、男性化は否めませんが」




真面目に律儀に答えた。


この子なら話が出来るかもしれないと、話しかけてみる。




「スズちゃん?って言うのかな?えとスズちゃんは――」




「おい、スズちゃんなどと呼ぶな下郎が」



声どす黒いんですけど!?

さっきのアカネに向けた可愛い声とは全く違うそれに、ゾッと背筋が泡立つ。


『柚螺、こいつはスズじゃねーんだよー。


こいつは朱雀ってゆー名前だよ』




全然名前違うじゃん!


でもどこかで聞いたことのあるようなないような名前。


たしか神様じゃなかったっけ?


『スズ、こいつは柚螺』


「女の子みたいな顔に名前ですか」


「辛辣だねえ」


初対面から名前いじりですか。喧嘩売ってんな君?


「当然です。私はアカネさまの一の子分ですから!」



フンッと得意気に無い胸を張る。



「証拠に、アカネさまはこのような緊急事態の際に必ず私を呼んで下さいます」



『お前と私は繋がってるかんな』



そっか。


さっきの指笛は助けてーってゆーサインで、スズを呼ぶためだったのか。



「…あれ?なんで…」



僕の視線の先には、たくさんのカラスやら雀やら鳩やらがぞくぞくと集まって来ている。


なんだなんだ、や、朱雀さまが!、などと騒いで…

騒いで…






「アカネ!なんか僕鳥の言葉がわかんだけど!」





な、なにこれ!?



『私とあんたは一体化してんの。


だから当然に決まってるでしょーが』




えぇ…と、当然なの?



ああ…でも全鳥類の長なんだっけ。鳥の声くらい聞こえるものなのかも…。ありえないけど…。



鳥たちのやけに甲高い声が、きぃきぃ聞こえる。

不快じゃないけど、なんか自分が怖くなってくるんだけど。


やだなあ、僕とんでもないことに巻き込まれてるんじゃ…


ここでようやく実感が追い付き、呆然とした。





『スズ、みんなを帰して。

ついでにだありんのこと聞いてくれるー?』




俺の頭の中で喋ってるのに、なぜかスズ(朱雀って呼ぶべきかな)には伝わるらしい。




「かしこまりました。朱雀の名におき、命令します。


私の主のアカネさまのだあ…旦那さまの、黒庵さまの居場所を知ってる方はいますか?」



だありんって言いかけたな。




「…スズ、みんな知らないみたいだぞ?」



「黙れ人間…でも、本当らしいな」




わいわいと騒ぐ鳥たちは、知らねー、だのなんだの。


マイナス方面の話しかしない。




「…なら、黒庵さまを見つけた際には私まで。アカネさまは現在肉体を持っていませんので、あなた方とは対話は無理です。


ちなみにアカネさまはこの下郎に憑いていらっしゃいます」



下郎って…

またそんな言い方をされて、いい加減傷ついちゃうよ本当に。


「アカネさま、ついでにランさまやエンスウさまの所在も聞きますか?」




『おねがーい』



誰だ?


知らない単語に戸惑うも、教えてくれる気配はないので聞いてみた。


「ラン、エンスウって?」


『ランもエンスウも、私の仲間。

ほらーいったじゃーん!



4羽だって。



ちなみにランが青で、エンスウが黄色だぜー』




「あ、言ってたねそーいや」




4羽でひとつの神様だとか何とか言ってたな。


ラン、エンスウ、そしてだありんこと黒庵。


その中の誰かと連絡が取れれば助かる。



「アカネさまー、みんな知らないみたいですー」



もうスズは聞いたのか、振り返りながら言った。


『じゃー帰ってもらえー』


「皆さんお帰りください」


その一言で、ばっさばっさと去っていく。


スズ、偉いんだ…そんなに小さいのに…。



去っていったのを見計らって、スズがこちらを振り返る。



そして。




「アカネさま、なんで人間なんかについてるんですか?

私にお憑き下さい!」




「あ、それ名案。

そーしてもらいなよ」



そしたら変なことに巻き込まれなくて済むのに。




『いや。人間の方が色々便利かなって。スズは色々これからしてもらうことがあるしよー』



ぶっきらぼうに言い放ちやがった。

な、なんだよ便利なことって…。



怖いな、なんか殺されたりしないだろうな。



『だいじょーぶ、殺しやあしないよ』



「それならよかった…」



あれ?いま…。





『それより柚螺、右に行け』




突拍子もなく言われ、またビビる。

いきなりなんだ!?また悪霊か??


「な、なんだよ…!右?なんかあるのか?」


『帰りたくねーの?』


「あ…」



あまりにも周りが非現実で忘れかけてた。



俺は山登りしてパワースポット巡りに来てて、その途中でこうなって…



右って言うことは、右に行けば帰れる道につくってわけだ。



言われたまま右に進んでいく。



いまさら物事の重さに気付いたせいか、背中のリュックがいやに重く感じられた。




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