第19話  俺じゃあ無理

 その瀬川さんの言葉にヒナタは少し面倒くさそうな顔をした。それは顔だけではなく口調にも露骨に表れていた。


「なんでしょうか?瀬川さん。前回もですけど邪魔しないでもらってもいいですか?あなたとは関係ないんですから」

「そういうことを言われるなら、岩崎さんもですよね……。クリスマスの日にヨースケくんと別れたんですからあなたももう関係ないですよね……」


 呆れた様子でそう言った瀬川さんに少し口籠もりながらヒナタは反論する。


「そうかもしれないですけど……。私には洋介くんが……」

「はぁ……。随分と身勝手ですね……。土田さんと関係を持って、ヨースケくんを裏切って苦しませた上に、さらに嘘を吐いてヨースケくんを貶めようとした。そして、今度は土田さんが死んだからとヨースケくんに再び乗り換えるんですか?」


 これでは彼もあの世で浮かばれませんねと付け加えるように言った瀬川さんに苛立った顔をしたヒナタはバッグからどこか見覚えのある茶色の封筒を取り出した。


「これは啓汰の遺書なの」

「はぁ……、それでそれがどうかしたのでしょうか?」

「そこにはね、こう書かれているの。『俺じゃもう駄目だ。洋介を頼ってくれ』って。それにそもそも私も啓汰に騙されてたの。洋介くんがバイトを婚約指輪を買うためにやってたなんて私は知らなかったの。それを知らされてたら、こんなこと私はしなかった!」


 いや、だからなんだよ。結局、尻軽じゃ……。あと、知らされてたらってなんだよ。何も言わなかった俺も配慮が確かに足りなかったし、もっと何かしらできたかもしれないから同罪っちゃ同罪かもしれないけど……。それに完全に啓汰を悪役に仕立てあげてるけど、どっちにしろそれじゃあ問題しかないだろ……。


 俺のそんな内心を代弁するように瀬川さんは口を開く。


「あの……、大丈夫ですか?騙されてたのか何なのかは知りませんけど、そんな考えじゃ駄目ですよ……」

「私は大丈夫です。そんな考えじゃ駄目ですよって一体何がどう駄目ですか?」


 そんな感じの話を二人がしている内に、俺はもうすっかりと決意を固めていた。なんでこんなことで悩んでいたんだろうな……。こんな態度の時点でもう話にすらならない。誠意もへったくれも何もない。ただ、あるのは自分に都合のいい言い訳のみ。そんなヒナタを俺が救わないといけない義理などない。そうオレは自分に言い聞かせた。


 そうして、心の中に残っていた最後の何かを俺は破壊した。


 ごめんと謝らなければいけない義理も、そもそも遺書に従わなければいけないという義理もないけど啓汰に一応謝っておく。


 ごめんな……、啓汰。


 お前の思いは、その命懸けの願いは残念だけど、お前の願いに応える形でヒナタとしっかり……かどうかは微妙かもしれないが向き合った結果、俺では聞き入れることはできないという結論になった。


 俺はそうして俺を縛っていたものを静かに振り払うと口を開いた。


「ヒナタ。俺も啓汰から遺書をもらってる。確かにそこでヒナタのことを頼まれた。……ただ、俺がお前を助けるのは無理だ」


 唐突に会話に入って来た俺にヒナタは固まったが、歪な顔を浮かべながら声を出した。


「……なんで、なんで?」

「なんでなんでって言われてもな……まぁヒナタが気付けない限りは永遠にもう無理だよ……」




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