第7話   あぁ、そうか……

 俺にはどんな顔をするのが正解なのか分からなかった。


 思わず力が抜けて倒れそうになった俺をムーンさんが支えてくれる。


「ありがとうございます……」

「……いえ、それよりこれ……」


 ムーンさんが核心を突く言葉を言いかけたその時だった。俺はカノジョと目が合ってしまった。


 俺と目の合ったカノジョもカノジョ側で固まり、彼女がボソボソと何かを呟いたことで彼女の隣にいた男、啓汰も俺の存在に気付いたようだった。奴は俺の方を向いてバツが悪そうな顔を浮かべた。


 別に近付きたかったわけではないが、俺らは磁石のN極とS極のような関係なのだろう、自然とお互いに近付いていた。


 俺ら四人は顔を見合わせる。池袋駅東口前の道の端っこに立っている俺らの間に気まずい空気が流れる。特に疾しいことなどない俺はこの空気を破るべく口を開いた。


「どういうことだよ……」


 カノジョは俺の言葉に詰まったが、負けじと返してくる。


「ッ——それはこっちのセリフだよ……。洋介くん、その隣にいる女の人は誰?」

「安心してくれ。ヒナタの邪推しているようなことでは決してないから。……こっちはな」

「……こっちはって何よ。私たちは何もしてないわよ」

「……」


 俺にそうか。それなら良かったと笑ってやれる余裕は生憎なかった。


 俺はこの地獄から早く逃れるためにも、重い気分で昨日のことについて話しだす。


「昨日の夜、お前ら二人を見たんだよ……。腕を組んで、仲良くホテルに入っていくのをな……」

「……」

「それについてどういうことか教えてもらってもいいか?」

「それはその……、クリスマスイブっていう恋人同士の大切な日に私をほったらかしたのが悪いのよ!その間どうせ洋介くんもその隣にいる女の子と楽しんでたんでしょ!」


 彼女は意外と素直に認めた。


 ただそれにより、俺の最後の希望の砦は、もしかしたら昨日のことは見間違い、今目の前にいる二人は実は俺へのクリスマスプレゼントを選んでたみたいな幻想はあっけなくガラガラと音を立てて崩壊した。受け入れ難い現実を現実と通告された俺を強い立ちくらみが襲う。それをムーンさんが再び支えてくれる。


「あのですね。ヨースケさんh」


 俺はムーンさんがヒナタの最後の言葉に反論すべく、少し強めの口調で俺がイブにやっていたことを話そうとしたのを首を振って止めた。


「そうか……。ごめんな。ヒナタの気持ちを分かってやれなくて……、じゃあもう終わりにしようか……」


 俺がそう苦悩の末に出した言葉で彼女は一瞬絶望の色を見せた気がした。ただ、次の瞬間には元の複雑そうな表情に戻っていた。


「洋介くんとその隣の子がどういう関係かは言わないのね……。まぁ、そうね……。じゃあ、別れましょうか……」


 これで終わりなのか……。俺がそう複雑な、重い気分に浸っていると俺の隣を二人が通って行く。


 そこまで一度も口を開かなかった親友だと思っていた男は去り際に小さく呟いていていった。


「ごめんな……、ヨースケ」

「……」


 俺は下唇を軽く噛んだ。わざわざ謝るくらいなら最初からそんなことしなきゃ良かったじゃねぇか……。


 はぁ……と俺は溜め息を吐いて、空を見上げる。雲で埋まっている少し薄暗い空がぼやけて俺の目に写る。軽く腕で目を拭う。


「あの、私のせいでこんなことになってしまってごめんなさい……」

「いや、ムーンさんのせいではないので。……まぁ、この後会わなくて済んだので良かったですよ」


 俺は無理をして笑ってみせる。ただ、それを見破ったかのようにムーンさんは憂しげなな表情を俺に向けてくる。


「それじゃあ、今度こそ俺は帰りますね……。ありがとうございました」


 俺はそう言ってムーンさんにとっとと帰ろうと背を向けた。だが、そこで俺は背中に違和感を感じて動きを止めた。俺の背後には俺のコートを掴むムーンさん。


「……ムーンさん?」

「あの、この後予定ってないですよね……。それなら少し付き合ってもらえませんか?」




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