第41話 決戦
「今日、学校行こうよ」
逸る気持ちを抑えつつ、一定の温度で涼也を誘うと、彼は「当たり前だろ」とあっさり了承してバイクへと跨った。
軽快なエンジン音を響かせ、爽やかに朝の夏風を巻き起こしながら、深夜に通った国道を今度は反対方向に走り抜けていく。
早朝の通りは夜の寂しげな雰囲気のそれとはまるで別物で、人通りも車通りもまだ少なかったが、エネルギーに溢れており、活気づいていた。その道を通っていく自分までもが、活力に満たされていくほどに。
逸る気持ちと涼也の運転に任せて風を感じていると、体感的には行きの半分くらいの時間で馴染みの街へと帰ってきた。見慣れた風景が流れていく。
いくら豪胆な涼也であっても、バイクを乗り回しているところを学校の先生や生徒に見られるのはまずいと思ったらしく、景の最寄り駅から少し歩く人気のない平日の朝の公園の駐車場で景を降ろした。
「じゃあ、後でな」
「うん、ありがとう」
「おう」
どうせこの後もまた会うのだからと礼を告げて、淡白に別れの挨拶を済ますと、涼也の跨るバイクは再び唸りを上げる。
こうして傍から見ると、とても高校生には見えない涼也の姿に息を漏らしつつ、走り去っていくのを見送った。
「よしっ」
景は自分の両頬を二回ほど軽く叩いて気合を入れ直す。
昨日よりもさらに長い一日になりそうな予感に、怯みそうになる心を必死に抑え、自分を奮い立たせる。
敢然と学校への一歩を踏み出そうと、大きく息を吸った。そして右足が地から離れた瞬間、腹の虫が大合唱を始める。危うくバランスを崩して倒れそうになったが、何とか持ちこたえる。
そういえば、昨日の夜にアイスキャンディーを齧ってから何も口にしていない。
まずは腹ごしらえだ。どうせなら、潮風を浴びてベタついたのでシャワーも浴びたい。たつぷり汗をかいたので、シャツが湿っていて非常に気持ち悪い。
景はくるりと軽やかに踵を返すと、気を取り直して自宅への大いなる一歩を踏み出したのだった。
自宅に戻った後、身支度と朝食を手早く済ませ、再び外へと飛び出した。
駅まで走り、時刻ぴったりにやってきた電車へと乗り込む。
普段、文化祭準備のために学校へ行く時間よりも少し早いが問題ない。むしろ、ちょうど良かった。
空いている適当な座席にかけつつ、昨日から目まぐるしく移動し続けた身体を休ませる。
景の両親は急な外泊に加えて、帰ってきたと思ったらすぐにまた学校へ行くという息子の奔放さに苦言を呈したが、景が適当に受け流しつつ、そのまま準備を続けたからか、気づけば反抗期のレッテルを貼られ、とりあえず見守る方向に落ち着かれた。
一連のやり取りの最中、景の妹は我関せずの表情でトーストを齧っていた。だが、興味を抑えきれなかったのか、時々ちらっとこちらの様子を窺っては、気にしていない素振りで再びニュースに目を向けるのを何度か繰り返していたのを景は見逃さなかった。
彼女は本当の意味で絶賛反抗キャンペーン中だったので、飛び火を恐れながらも心の中では応援していたのかもしれない。ちなみに、反抗の理由は犬を飼いたいという願いを両親に聞き入れてもらえなかったからだった。
決して彼女に迎合するつもりはないが、今度、妹もプレーンに会わせてやれるように遥香に頼んでみるか、と考えを巡らせていると、乗り換えの駅で見覚えのある後ろ姿を見つけた。
直輝だ。彼はイヤホンを耳につけて音楽を聴いており、こちらに気づいていない様子だった。
いざ、本人を目の前にすると、パンパンに入れた気合は風船のように小さく萎んでいく。
声をかけられないまま、悠然と歩く直輝の後を一定の距離を保って追いかけていった。
人の多い駅の構内で時々、視界から直輝の姿を失いつつ、階段を降りていくと、既にプラットホームに電車が停車しており、人が乗降している最中だった。
直輝も人の波に揉まれて電車へと吸い込まれていく。
気づけば走り出していた。
発車ベルが定刻を告げ、しつこいほどの注意喚起が流れる中を駆け抜け、全てを振り切ってドアが閉まる刹那、どうにか車内へと滑り込んだ。
荒くなった息を整えようとする。
顔を上げると目の前には迷惑そうな表情を向ける直輝の姿があった。彼はすぐに電車に滑り込んできた非常識な奴が自分のよく知る人物だと気づいて、驚きの色を浮かべたかと思えば、たちまちぱっと目を逸らして他人のふりをした。
景は気にすることなく、呼吸を整えて一歩、二歩と前に出て直輝に近づき、彼と同じ方向を向いて隣の吊革を持つ。
絶対にイヤホンを外さないぞという固い意志が見てとれる横顔に向かって鋭く言葉を発する。
「話がある」
直輝は音楽に夢中で聞こえていないふりをした。景は構わずに同じトーンでもう一度、言葉を投げかける。
「話があるんだけど」
しばしの沈黙があって、直輝が観念したように溜め息を吐いて景がいる右側のイヤホンを外す。それから、大層鬱陶しそうな表情を向けて尋ねた。
「何だよ」
「話がある。ここじゃ何だから場所を変えよう」
それを聞くと直輝は面白くなさそうに再びイヤホンを付け直したが、小さく「わかったよ」と了承の意を示した。
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