第37話 コンビニエンスストア

 出発から小一時間ほど経って、涼也が何の前触れもなくコンビニの駐車場へウインカーを出した。

 当然、後ろに乗っているだけの景も国道沿いの明るく輝くコンビニに羽虫の如く吸い込まれていき、そこで最初の休憩をとることになった。


 景は久しぶりに静止した状態で地を踏みしめられることに感動を覚えた。さっきまで落ちたら最後、骨を粉砕し、皮膚を削り取っていく凶器でしかなかったアスファルトがこんなにもありがたく、頼りになる存在だとは夢にも思わなかった。

 本来ならば四肢を投げ打って大地に感謝を述べたいところだが、コンビニの前でタバコを吸っている髭面の男に変な目で見られそうだったので、今日のところは二つの足裏で大地のありがたみを噛み締めるのみに留めておいた。


「どうだ最高だろ」

「そうだね。涼也の背中の広さには最高に感謝してる」


 大地への感動をバイクへのそれと勘違いしているらしい涼也に皮肉めいた返しをする。

 涼也は肩を竦めて「風を切って走るこの気持ち良さがわからないとは」と呆れたような顔をしてコンビニへ入っていった。景も「せめてシートベルトとかあれば」などどぶつくさ文句を垂れつつ、彼に続いて入店する。


 店内は店員の覇気のない「らっしゃーせー」とは対称的に、人工的な白い光で爛々と光り輝いていて非常に眩しかった。

 景は外との明暗のギャップに目を細め、きつい白光に慣れるのを待ってから奥へと進んで行く。

 夜のコンビニは人気が無くがらんとしているせいか、商品ひとつひとつが際立っていて、普段なら見向きもしない乾電池や化粧品ですら物珍しい品に見え、思わず衝動買いしてしまいそうになる。


 棚から棚へ次々に目を奪われているとアイスクリームコーナーに目が止まった。

 今日は蒸し暑い夜で、おまけに涼也の体温と夏用とはいえジャケットを着ていれば身体から水分が抜けて干からびるのは時間の問題だった。

 事実、既に喉がカラカラに乾いており、冷たい水分を欲している。

 景は、一目惚れしたアイスキャンディーとペットボトルのコーラを両手に持ってレジへと向かった。涼也も喉が渇いていたようで、今どき珍しい缶のコーラを一つ手にしていた。


 それぞれ順番に会計を済ませ、自動ドアを潜る。

 駐輪している涼也のバイクのすぐ側、丸みを帯びている金属でできたガードパイプに寄りかかって、景はペットボトルのキャップに、涼也はプルタブに手をかけた。

 空気が漏れる小気味良い音が二つ並ぶ。

 ペットボトルを傾けるとシュワシュワと炭酸が口の中で弾けて楽しい。

 深夜の国道をハイスピードで走り抜ける車の遠くなっていく音を聞きながら、景がぽつりと口に出す。


「なんか楽しくなってきた」


 わざわざ隣なんか見なくても涼也がにやっと笑ったのがわかった。 


「だろ。まだまだこれからだ」


 涼也はそう言っては立ち上がると、手にしていた赤い缶が底に星を映すほど傾け、一気に飲み干す。

 空になった缶をゴミ箱に投げ入れ、景の前を通り過ぎてバイクへと跨った。

 無言のまま顎で「後ろに乗れ」と景を促す。

 唸るエンジンに急かされ、封も切っていなかったアイスキャンディーを頬張る。そのせいで鋭く刺すような頭痛に苛まれながらも、フルフェイスヘルメットを被って彼の後ろにつく。ペットボトルはポケットの中だ。


 涼也がフルフェイスの顔で半分振り返る。

 彼の言わんとするところを理解して、フルフェイスのまま頷く。直後、バイクは発進し、赤いテールランプの残光をコンビニに残して蒸された闇夜を切り裂いていった。


 恐怖はとっくの昔にコンビニへと置いてきてしまったみたいだった。

 さっきより、音も、熱気も、風も間近に感じるのに怖くはなかった。

 むしろ昂った。猛烈に叫びたい衝動に駆られフルフェイスのウィンドウを跳ね上げる。音も熱気も風もさらに近くなった。


「うおおおおおおおおお!」


 涼也がちらっと一瞬振り返る。呆れられたか、と思う。

 だが違った。彼も一緒になって叫んだ。


 延々と続く真夜中の国道を三つの叫びが走り抜けていく。

 この瞬間だけは過去も後悔も因縁もしがらみも何もかも振り切って自由になれた気がした。

 涼也の言う通り、バイクは最高かもしれない、と思った。

 だが、そのような自由への咆哮も傍から見ればただの奇行に過ぎず、警察に通報されずに済んだのは運がよかったのだろう。

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