第25話 本物と見紛うほどのファンタジー

 長蛇の列がいくつも立ち並び、まさに支流がやがて大河になって海へと注ぐような気の遠くなる距離を経てようやく入園エントランスを潜ることが出来る。

 軽快で意気揚々とした音楽に身を任せて広場を抜けると、高いガラス張りの屋根の下、数多の色とりどり魔法の商店、もとい土産物屋が軒を連ねていた。


 きらきらと煌めいている土産物屋の誘惑に決死の思いで打ち勝ち、見覚えのあるキャラクターたちがプリントされた風船の数々を越えると、本物と見紛うほどのファンタジーがそこには存在した。


 正面に堂々と構えるは天にも手を届かんとそびえ立つ洗練された白を基調とするゴシック様式の洋城。

 隈なく敷き詰められた石畳の広場に青銅色をした欧風の丸い街灯。

 右手にはSFチックな無機質の建造物、左手側は木々が生い茂り秘境への入り口を思わせる。

 まるで子どもの玩具箱でもひっくり返したかのように世界観が混在し、夢の中にいるような心地になって自然と気分が高揚してくる。


「うおー! すげえー!」


 直輝の感動を皮切りに皆、園内の光景を目の当たりにして一様に感嘆しているようだった。

 パークのリピーターで、今年に入ってから既に二回訪れているという結衣ですら同じように感動の声を上げているのだから、何度来たところで、飽きもせずにこの場所で立ち止まって心を踊らすに違いない。

 

 梨花の横顔を盗み見ると、彼女も例に漏れず、口角を上げてわくわくしたようにそびえ立つ洋城を見上げていた。

 景はそれを見て僅かに安堵する。彼女は過去になど囚われず、今を楽しんでいるのだ、と。

 一時のまやかしかもしれないが、心の負荷が角砂糖一個分くらい軽くなったような気がした。


「景くん、おはよう」

「おはよう」


 梨花に向いていた視線をいつの間にか隣に来ていた遥香に移す。


 ここにきて今日初めて景と遥香は言葉を交わした。今まで並んでいた入園の列では、隣を直輝ががっちりキープし、その後ろを仲良し三人衆がブロックしていたため話しかける機会が無かった。

 そのため、景は基本的に隣の涼也とくだらない雑談に興じたり、時折会話に割り込んでくるひとつ前に並ぶ結衣たちと喋ったりして時間を潰していた。


 結衣たち、と言っても彼女の隣の梨花は積極的に話したりはせず、振られた話題に対して一言二言返し、後は会話を聞いて笑う程度だった。

 さらにその隣、凛に至ってはくすりとも笑わずに終始つまらなそうな様子で会話を聞いていた。

 だが、それは景たちと交差している瞬間だけで、三人衆やその前の直輝と遥香との談笑では普通に喋っていた。

 加えて、景は自分が口を開く時にだけ、凛の刺すような視線を度々感じたので嫌われていることを覚った。


 なぜ嫌われているのか大方予想はついている。

 だから、彼女の自分に対する嫌悪感は正当なものであるし、むしろ、穏やかな目でこちらを見ていた梨花の方が不気味で何を考えているか理解できず、背中を冷たい汗が伝った。


 そして、もう一人、列に並んでいる間に梨花とも凛とも異なる視線を景に送ってきていた者がいる。それが遥香だった。


「久しぶりに来たけどやっぱすごいよね」

「そうだね。……ところでさ、今日ってお化け屋敷の視察じゃなかったの?」


 あははっと楽しそうに彼女は笑う。

 彼女も非日常的な雰囲気に当てられているのだろうか、平時よりもテンションが高く、嬉の感情を前面に出していた。


「最初はそのつもりだったんだけど、奥平くんがどうせならデカいとこ行こうぜって」

「直輝らしいや」

「でも決まったの急だったよね? ごめんね?」


 遥香が上目遣いで謝る。景は手を振って問題無いことを伝え、「それに」と口を開く。


「直輝にしてはそこまで急じゃないよ。ひどい時は前日いきなりとかもあったし。誰かさんは当日になってからいきなり呼び出したけどね」


 遥香の方を流し目で見る。

 景の皮肉めいた物言いにも彼女は動じる様子もなく、「いったい誰だろうねえ」とからからと笑いながらシラを切り通していた。

 やっぱり今日の彼女は気分が高揚しているようでいつもよりもいくらか子どもっぽい。


 ゆえにだろうか、ちらちらとこちらを気にして、話しかけたい、という思いが可視化されているんじゃないかと錯覚するほどの視線を送ってきたのは。


「それにしたって、さっきまで誰が来るのか教えてくれなかったのはどうかと思うけど」

「あれ、景くんもなの?」

「え? てことは遥香も?」


 目を丸くして驚く遥香が「うん」と頷く。

 あの野郎、まさか相談皆無の独断専行で強引に押し進めたのか、と相変わらずはしゃいでる直輝に呆れた目を向ける。

 剣呑な雰囲気を感じ取ってか、遥香が「でも」と口にする。


「誰か誘っておいてって頼まれたよ! 祥子を誘ってみたんだけど結局予定が合わないってなっちゃったけど」


 遥香は残念、といった様子で直輝と涼也と話している仲良し三人衆に目をやった。

 その名前を聞いて景は、同じクラスにいる日頃、遥香と一緒に行動する少女の姿を思い浮かべる。遥香から祥子とは小学校以来の幼馴染であり、親友なのだと前に話の中で聞いたことがあった。


 遥香の寂しそうな横顔を見てふと疑問に思う。遥香と仲良し三人衆は仲が良いのか、と。

 記憶を手繰って普段の教室内の風景を思い起こす。

 景の知る限り、教室では遥香は祥子と、三人衆は三人だけで行動していることが多いような気がした。


 本来なら今日は梨花と凛だけの予定だったようだが、奇しくも結衣の飛び入り参加で三人集結してしまった。

 女子のグループがどれだけ精神に影響を与えるのか男子たる景には到底理解が及ばないが、普段のグループを離れて、別のグループが幅を利かせる環境に放り込まれたら心細くはあるだろうと心中察する。


 流石に高校生にもなって一人をのけ者にすることは無いだろうし、遥香も明るく社交的な性格なので変な方向にはいかないだろうが、今日一日くらいは遥香のことを気にかけてもバチは当たらないかなと思った。


「男ども、パス取りに行くぞー!」


 だが、それも束の間、えらく張り切った直輝の呼び声によって早速男女で別行動となることが確定したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る