第24話 ミステリーツアー

  『ミステリーツアー』と揶揄したが、まさか本当に当日まで行き先も参加者も告げられないとは思いもよらなかった。

 集合場所と時間だけを直輝からメッセージアプリで伝えられ、今はその集合場所たる駅へと向かうべく電車に揺られている。


 時刻はまだ七時を回ったばかりで途轍もなく眠い。休日の電車は空いており座席に座れたのがせめてもの救いだった。

 過ごしやすい適温と揺り籠のように揺すられるおかげで目を瞑ったら本当に寝てしまい、文字通り夢の国から帰って来られなくなりそうだった。

 それもそのはずで、普段の休日、この時間はまだ布団に篭っている景にとって、平日同様どころかむしろ平日よりも早起きしたのは由々しき事態だった。

 

 全く、えらく気の入った集合時間を決めた大馬鹿野郎はどこのどいつだ、と口汚く罵ってやりたくもなるが、おそらく親友である直輝なので今日のところは怒りを鞘に収めることにした。


 件の彼には、どこにいくのか、誰が来るのか、と尋ねても『いいからいいから! 当日のお楽しみってことで!』と軽くあしらわれてしまった。

 だが、当日の集合場所に指定された駅名から行き先は見当がついていた。ランドとシーがある彼の有名なテーマパークだろう。

 そこに文化祭の参考になるようなお化け屋敷は無いじゃないか、と内心ツッコんだが、とりあえずそれは置いておく。要は視察を大義名分にして単に遊びに行くというだけの話だ。


 問題は参加者が誰か、という点だった。

 直輝と涼也に遥香。ここまでは明らかになっているがその先が完全にブラックボックスだった。

 まさか男三に女一なんてことは無いだろうから、遥香と仲良しでいつも一緒にいる女子あたりが来るのではないか、と予想を立ててみるもあくまでそれは想像の域を出ない。

 誰とでも仲良くなる直輝が誘いそうな人など、それこそクラスメイト全員当てはまるので、諦めて大人しく時を待つことにした。


 テーマパークの最寄り駅に近づくほど電車内の混雑は増していき、目的の駅に到着する頃には通勤ラッシュに引けを取らないくらいにまですし詰め状態と化した。

 運良く座れているから良いものの、もし立ち乗りだった場合、今頃家に帰りたくなって、約束も友情も全てかなぐり捨てて反対方向の空いている電車に飛び乗っていたところである。


 先に悪夢を経験するからこそ、夢の国ではより夢見心地な気分に浸れるのだろう、と景が妙ちくりんな分析をしている間に目的の駅に停車し、ドアが開いた。

 押し込められた乗客たちが映画館のポップコーンを零したように一斉にプラットホームになだれ込む。景も人々の濁流に身を任せ、気づけば改札口まで来ていた。

 流れ作業のごときICカードタッチ工場を経ると、眼前に広がるは夢の国への入り口の、またその入り口たるブリッジからの壮観な景色だった。

 具体的には人と人と人である。


 この分だと集合するのにも一苦労だ、と視線を流していると周りよりも頭一個分くらい突き出た涼也の姿を見つけた。

 こういう時、背が高い人がいてくれると良い目印になるので非常にありがたい。

 大柄な彼に感謝しつつ、話しかけに行く。


「おはよう、涼也」


 声をかけられ、半身で振り返る涼也。

 景は大柄な彼が壁となってこの瞬間まで気づかずにいた。だが、その人物の姿を認めるや否や、景の呼吸鼓動は忘却の彼方へと葬り去られる。

 涼也から返ってくる挨拶すらもはや聞こえなかった。

 世界には自分と彼女しか残っていないのだ。


 内田梨花。


 瞳と瞳とが一糸で結ばれた刹那、怒涛の如く中学生だった在りし日の記憶が蘇ってくる。

 触れ合う肌の温度、荒い息遣い、汗ばんだ匂い、苦しそうな表情。

 そして吸い込まれるほど深い濡れた瞳。

 昔と同じ目だ。


 突如、肩に衝撃を受けて視線が外される。少しだけよろめいて足が一、二歩前へ出た。


「よっすー、景! どう? びっくりした?」


 何事かと振り向いた先には景の肩を抱いたまま満面の笑みを見せる直輝がいた。

 記憶の螺旋へと急降下していきそうになったところを彼が引っ張り上げてくれた。


「お? どうした? ビビりすぎて声も出ないか!」

「……うん、ビビった」


 直輝はそうかそうか、と満足そうに大きく笑うと景の肩を離れて既に集まっている皆の方に元気よく挨拶を交わしにいった。


 本当に予想もしなかった。まさか梨花が参加するなんて。

 正確に言えば、彼女が来るという選択肢を無意識で排除していたのかもしれない。

 憎まれていることにかこつけて、まさか参加することは無いだろうと高を括っていた。彼女もクラスメイトである以上、参加する可能性は十分にあったのに。


 激しい後悔が押し寄せてくる。

 なぜ今日ここに来てしまったのか。

 何も考えず、直輝の誘いにほいほいと乗って、あまつさえ当日まで参加者を問い質さなかったのか。


 だが、ここに立ってしまっている以上、後悔はもはや意味を成さない。

 それよりも、今日一日をどう乗り切るかの策を練った方が余程建設的だろう。

 景は無理矢理、思考を切り替えて参加者をざっと見渡す。


 直輝と涼也、それに遥香。

 後は梨花に仲良し三人衆が最後の一人、松永凛まつながりん


 彼女とは同じ中学校に通っていたが滅多に話すことは無い。

 身長が一七〇センチ近く、切れ長の目と長い黒髪を後ろで束ねてポニーテールにしているのが特徴だが、性格がキツく、歯に衣着せぬ物言いで近づきがたい印象だった。

 梨花と仲良くしているのも相まって景にとっては一層縁遠い人物だ。

 

 自分を除いた五人中二人と仲がよろしくないという状況で本当に今日を乗り切れるのか、些か不安だった。

 いっそ夢の国が本物の夢であればどんなにいいことかと、景は天を仰ぐ。


「よし! じゃあ皆揃ったことだし、いざしゅっぱーつ!」


 直輝が嬉々として威勢よく出発の音頭をとるが、景にはそれが地獄行き列車の発車ベルにしか聞こえなかった。


 動き始める集団の後方に付こうと先頭を行く直輝を見送っていると、横から待ったがかかった。


「ちょっと待ったぁ! みんな、おはよー!」


明るい声で元気よく飛び出してきたのは結衣だった。

 彼女は既にキャラクターの耳をモチーフにしたカチューシャを付けており、目を爛々と輝かせている。


「結衣! 今日来れなかったんじゃないのかよ!」


 皆が目を丸くして驚く中、直輝が代表して疑問を口にした。

 ちなみに、景は結衣が元々来る予定ではなかったという情報すら知らなかったので、彼女が登場した時は単純に忘れられていた可哀想な子なのかと勘違いしていた。


「それがいろいろあって来ちゃったー! いーい?」


 皆は口々に歓迎する。景もそれに倣って良いも何も、もう来ているんだからどうしようもないだろう、という言葉は呑み込んで歓迎の意を示す。


「やったぁ、ありがとー!」


 結衣にしては珍しく救われたように目を潤ませて喜んでいた。

 こちらとしても彼女が来てくれたことで話せる人が増えたのである意味救われたかもしれない、と景は人知れず彼女に感謝する。


 結衣を迎えて集団は再び前進を開始する。

 結衣は後方を歩く景の肩を思いっきり叩いた後「やっほー! しけた面してるねぇ!」とひどい捨て台詞を吐いてさっさと梨花と凛の元へ走っていった。

 

 普段ならうざったく思う結衣の絡み方は、今日はどこか無理をしているような明るさを感じる。理由はもちろん見当もつかなかったが。


「なんかあいつ元気ないな」

「わかるの? 涼也」

「昔から知ってるし、何となくな」


 独り言のように呟く涼也の目はどこか遠い景色を眺めていた。

 景は涼也が結衣と長い知り合いであることに興味が沸いた。


 涼也と彼女の性質は、犬猿の仲といって差し支えない程、正反対であるのにも関わらず、口ぶりから察して結構仲は良さそうだ。だが、教室で話しているところをほとんど見たことがない。

 詳しく突っ込もうか悩むも、そういう雰囲気でもないし、何より今は自分のことで手一杯だったのでやめた。


 先を行く仲良し三人衆のさらに前、集団を率いる直輝と遥香を遠目に見つつ、景は隣の涼也に「それよりさ」と先程から気になっていたことを聞いてみた。


「その被り物、どうしたの……くふっ」


 思わず噴き出してしまい、ギロリと涼也に睨まれる。

 涼也の頭には、ファンシーなキャラクターの耳やら毛を模した帽子のような被り物が乗っており、横から垂れるモコモコなファーが間抜けにゆらゆら揺れていた。


 恐ろしく似合わないその姿に笑いが込み上げてくる。

 彼自身も似合っていない自覚はあるらしく不満げな表情をしているが取ろうとはしなかった。

 涼也は普段よりも三倍増しに不機嫌そうに景の疑問に答えた。


「成瀬につけられたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る