第23話 蒼龍祭

 もう残り半月もすれば高校生活最後の夏休みに突入すると言う頃、生徒たちは心ここに在らずといった様子で浮き立っていた。高校生は一年中浮き立っている生き物なのかもしれないが、最近はそれが顕著に出ていた。


 それなりの進学校である景の高校は各部活動の成績もそれなりであった。

 この時期になると、ほとんどの三年生が最後の大会で敗北を喫し、悔しさに涙を呑む者もあれば三年間の思い出に浸って目頭が熱くなる者、果ては「やっと終わったー」と清々している者まで様々だった。

 部活動での大きな目標が失われた今、次の大いなる目標は当然大学受験、ではなかった。迷える子羊たる多くの生徒の関心を引いているのは、夏休みが終わってすぐ、九月上旬に控えた文化祭だった。


 景の高校は県内でも文化祭に力を入れていることで有名だった。

 例年、二日間に渡って行われる『蒼龍祭』は一般の来場者が数千人にも及び、カラフルに装飾された校内は人でごった返してうるさいくらいに賑やかになる、それはそれは楽しいイベントだった。


 だが、その楽しいイベントは生徒たち自身の尊い犠牲によって毎年大きな成功を収めている。

 具体的には勉強時間の犠牲だ。

 酔狂なことに、受験を控えた三年生の貴重な夏休みの大部分を自習するわけでもなく、先生に質問に行くわけでもなく、猛暑の中、学校に登校して教室あるいは中庭で文化祭の準備に充てるのだ。

 全ての生徒が必ずしも文化祭に心血を注いでいるわけではないが、それでもその多くが文化祭に熱を上げ、中には浪人上等の猛者までいるくらいだった。

 全くもって親泣かせな話だが、当の本人たちは高校生活最後に一致団結してつくり上げた最高の文化祭を以てして青春の一ページ、内容の濃さ的には文庫本一冊くらいにはなる思い出を残そうとするのだ。


 そしてここにも一人、部活動の最後の大会で号泣し、翌週にはけろっとして文化祭がどうのと言っている文化祭クラス委員がいた。その名を直輝という。


 部活に恋に遊びに文化祭に忙しくて、勉強にまで手を回している余裕なんてないといった様子の彼だが、どうせ文化祭が終われば受験に向けて脇目も振らずに勉強するに違いない、と景は大して心配していなかった。

 一途さと実直な部分が彼の魅力だ。


 その直輝に景は登校するや否や声をかけられた。


「景! 今週の日曜日空いてる? 空いてるっしょ? お化け屋敷の視察行こうぜ!」

「視察? どこに?」


 当然の疑問を口にする。週も半ばを過ぎようとしているのに今週末の予定を立てようとはこれまた随分急な話だ、と思いながらも、直輝の言う通り景の日曜日のスケジュールは真っ白だった。というか、普通に勉強する予定はあったのだけれど、それを直輝に言ったとしても「じゃあ暇じゃん!」と一蹴されて抵抗虚しくそのまま押し切られるのがオチなので特に言う必要性を感じなかった。


「場所とか人とかは追々連絡するわ! 涼也は誘った! 景もとりあえず日曜空けといてくれー!」


 そう言い残すと、「直輝も来れるってー!」と彼はそそくさと遥香の方の机に向かっていった。

 ははん、なるほどそういうことか、と景は妙に合点が入った。

 急だったのは、委員会が一緒の遥香とたまたま「お化け屋敷の視察に行きたいね」みたいな話になって直輝がその機を逃さんとした結果なのだろう。

 遥香が提案したのか、それとも意外に奥手な直輝が言い出したのかはわからないが、どうせならみんなも誘おうと言う流れになって涼也や自分に召集がかかった、大方そんなところだろうと景は予想した。


 そういうことなら、親友の恋路の応援をしてやるのも吝かではない。

 貴重な日曜日を割いてやろう、と内心、上から目線で了承した。

 急な話で他に人が集まるのかが心配だが、直輝ならどうにかするだろうと高を括って待つことにする。

 

 かくして、持ち物は度胸だけ。人も時間も行き先も何も決まっていない無計画急拵えのミステリーツアーが幕を開けることとなった。

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