第14話 LOVE
四日間に及ぶ中間試験はつつがなく終了した。
始まる前は四日もあるのかとげんなりしたが、終わってみると意外にあっという間だった印象だった。
だが、そう感じていない生徒も一部にはいたようだ。例えば茶髪の彼、直輝だ。
試験一日目、二日目と経ていくごとに直輝の目元の隈は濃さを増していき、顔全体もやつれていった。最終日には低予算映画のチープなゾンビよりも立派なゾンビに成り果てていたが、それは毎度の試験で見られる、いわば風物詩みたいなものなので特に気にしていなかった。今回の試験、彼はいったい何徹したのだろうか。
ただ、彼の偉いところはさっさと諦めて開き直らずに、最後の最後まで無様に悪あがきしているところだと景は思う。
開き直ってしまうのは簡単だし、楽である。諦めず、苦しんだ上に赤点なんて取ったら目も当てられない。それだったら最初から赤点をとって、補習なり何なりで確実に挽回できる方を狙った方が少ないエネルギー消費で済むに違いない。
でも、直輝はそうしない。必ず、苦しんでもがいて、最後までやり遂げんとするのだ。だからすごいし、かっこいいと思う。尊敬はしないが。
だって普段からそれなりに勉強するか、最低でも二週間前から始めれば、そこまで追い詰めることはないのだから。
今まで死にそうな顔をしていたのに、最後の試験の終了を告げるチャイムが鳴った途端、「終わったー!」とゾンビの顔のまま生気を取り戻す直輝に苦笑いしつつ、「おつかれ」と声をかけにいく。
「死ぬほど勉強したわー。今回は赤点回避したかもしんねぇ!」
「それは何より」
「やるな」
「りょーやはテストどーだった?」
「完璧」
会話に入ってきた涼也は短く答える。
最近、何となく彼の表情が読めるようになってきた。今も一見無表情に見えて、口角がほんの少し上がっている。ような気がする。やっぱり気のせいかもしれない。
涼也に関して最近新しく知ったことは、彼は頭が良いということだった。
何故か直輝が自慢げに話していたが、二年生の頃はクラスの中で毎度一、二を争うくらいの成績を収めていたのだという。
だいたい、いつも二番手集団につける景としては、ぜひ勉強のコツややり方をご教示願いたいところだが、直輝が勉強に関心が薄いためにそういう話には至らなかった。自分から誘うべきなのはわかっているが、どうにも気後れしてしまい、また今度、もう少し仲良くなってから、と先延ばしにした結果、気づけば中間試験の全日程が終了していた。恐らく今回も二番手集団の位置に収まるくらいの手応えがあった。
景と涼也の間に距離があるうちは、彼の成績は上がらないこと間違いなしだろう。
改めて直輝に間を取り持ってもらうほかないことを痛感する。
「あ、おれちょっと行ってくるわ!」
当の直輝がそう残して席を立つ。
どこへ行くのかと目線で追った先には遥香がいた。何やら二人して真剣な顔つきで話している。
恐らくこの後の時間に控えるホームルームでの、文化祭の出し物を何にするかの話し合いに関する委員同士の打ち合わせだろう。
彼らは文化祭クラス委員を務めている。文化祭クラス委員は文化祭関係でのクラスの顔役を担っている。熱が入って当然だ。
「なになにー? あつあつな視線送っちゃってー! 嫉妬ぉ?」
この浮ついた感じのうざったい喋り方は、間違えようもない。内田梨花率いる仲良し三人衆がひとり、成瀬結衣。
どこからともなく現れた彼女は、にやにやと嫌らしい笑顔を浮かべつつ、口に手を当てて揶揄う。
「はぁ、違うけど」
内田梨花が三人衆の最後のひとりと話しているのをちらっと確認してから、わざと聞こえるように大きく溜め息を吐いて、心底面倒くさそうな目で結衣を見る。だが、結衣は景の態度を全く意に介さずといった様子で続ける。
「えー? うそだぁ。涼也はどう思う?」
「何がだ」
涼也が相変わらずの無表情で口だけ動かして尋ねる。
「だからぁ、景くんが春日井ちゃんにLOVEなんじゃないのってこと!」
無駄に発音の良い英単語に景はイラっとする。普段ならば皮肉の一つでも言うところだったが、今はそれよりも、遥香に聞かれているかもしれないという焦りが勝ち、結衣そっちのけで彼女の様子を恐る恐る確認する。幸いにも直輝との打ち合わせに夢中で、景たちの会話は意識の外にあるようだった。
一安心したところで、今度は腹の底から沸々と結衣に対しての怒りが湧いてくる。
この間は内緒にしとくから、なんて調子のいいこと言っておいてこの様だ。
景の中での結衣の評価が濁流を川下りしていく。
涼也が結衣に対して返事しようと口を開きかけたところでちょうどチャイムが鳴る。
結衣は「もう時間かー、早いなぁ」などと呑気に嘆きながら自分の席へすごすごと帰っていく。
景も行き場を失った怒りをどうにか鎮めて自分の机へと戻ることにした。涼也が何か言いたげな様子だったが、涼也にまで遥香との関係に言及されるのは嫌だったので、気づかないふりをしてその場を離れた。
あと少し早くチャイムが鳴ってくれていればこんなことにはならなかったのに、と恨みつらみを学校のスピーカーにぶつける。
景は今後、結衣が余計なことを言いそうになった時のために、ボイスレコーダーで学校のチャイムを録音していつでも流せるようにしておこうか、と半ば本気で思案していた。
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