第4話 ラーメン奢るわ!
「すまん、景!」
昼休みに入って開口一番、直輝が両手を顔の前で合わせて謝る。
「事務室で思いっきり啖呵切ってたじゃん」
そうなのだ。この男は朝、事務室で先生たちが「もし飼ってくれる人が見つからなかったらどうするのか」と諭すのに対して「その時は俺が責任持ってこいつを引き取ります!」と勢いよく高らかに宣言したのだ。彼の言う責任、とやらは一体どこに飛んでいったのだろうか。
「だってああでも言わなきゃ先生たち絶対許してくれなかっただろ? 景はそんなこと絶対言わないだろーし」
「それはまあそうだけど」
「だから、な? 頼むよ、このとーり!」
再度、両手を顔の前で合わせて頭を下げてくる。今度は謝罪でなく、懇願だった。
景はどうすべきか悩む。一瞬、涼也に子犬を預かってくれるように頼んでみてはどうか、という案が頭に過る。涼也の家は犬を二匹飼っているそうだし、一匹くらい問題ないと言ってくれるんじゃないか、と。だが、すぐにその案は却下した。
子犬を拾っておいて、自分達じゃ引き取れない、犬を飼っているならついでに面倒見てよ、だなんてあまりに図々しくて失礼だし、何より無責任だと思ったからだ。
あくまで子犬を拾った自分たち二人の間で解決すべき問題だろう。彼もそう思っているからこそ、わざわざ自分に頼んできているのだろう。それに、こうも真っ直ぐ熱心にお願いされてはのらりくらりと躱す気にもなれなかった。
仕方ない。頭を下げる直輝には聞こえない程度に小さく息を吐く。
「わかったよ。子犬は俺が面倒見るよ」
ぱあっと直輝の顔が明るくなる。そう、この笑顔だ。
直輝には不思議な魅力があった。何度も迷惑を掛けられたり、今回みたいに図々しくお願いされたりしてきても、嫌いにはなれなかった。いわゆる、憎めないヤツ、だった。本人が必死に頑張っているのを知っているし、迷惑は信頼の証とばかりに堂々としているからだろう。
何より、何より屈託のない笑顔で「ありがとー!」と感謝されれば、こっちも「まあ、いいか」と自然に思えてしまうのだ。
「助かる! ありがとー! 今度あれだ、ラーメン奢るわ!」
当然だ。それくらいしてもらわなきゃ割に合わない。なんてことは口に出さない。
「別にいいって、俺にも責任あるし」
そう答えると、直輝は「いいからいいから」と手をひらひらさせながら「じゃ、俺購買行ってくるから!」と言って笑顔で廊下を駆け出す。
景がその後ろ姿を見送っていると、十数メートル先で何かを思い出したかのように突然「あっ」と立ち止まる。そして、景の方を振り返った。
「お前も購買来る? なんか奢るぜ」
直輝はにいっ、と歯を見せて笑う。その姿に景は呆れた。
ラーメンは一体どこへ飛んでいったというのだろうか。
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