第3話 チワワ二匹だぞ

「おっす、りょーや! 聞いてくれよ、朝あの駅から学校の途中の公園でさ、犬拾ったんだよ、犬!」


 後方のドアから教室に入ると直輝はすぐに青木涼也あおきりょうやの元へと駆け寄っていった。

「な!」と直輝に同意を求められて、景はこくりと頷く。


「そんでさー」


 軽快に話し続ける直輝に対して涼也は、時折、無愛想に「そうか」と相槌を打った。身長差があるだけに、嬉しそうに今日の出来事を話す息子とそれを聞く父親のように見えて仕方がない。だが、彼らは立派な景の同級生だった。

 景は行き場に迷って、結果その場に留まることにした。どうにも居心地が悪くて、内心溜め息を吐いてしまう。


 涼也は二年生の時、直輝と同じクラスだったのだと言う。

 対する景は、直輝とは一年生の頃に同じクラスでなおかつ、同じサッカー部に所属していた。クラスと部活動が生活の大半を占める高校生にとっては、共に長い時間を過ごした仲であると言っても過言ではなかった。

 しかし、涼也と景は三年生になるまで全く接点がなく、お互いの名前すら同じクラスになって初めて知ったくらいだった。

 だから、正直に言って涼也とはあまり仲がいいとは言えなかった。高身長と無愛想さからくる威圧感に加えて、口数が少なくて何を考えているかよくわからない印象も相まって苦手意識すら持っていた。

 無論、涼也に対する印象は腹の底にしまって、苦手だとは露ほども悟られないように接しているつもりだが。


「そうかー、やっぱりょーやんちも無理かー」

「すまん」


 じゃあ俺ほかあたってくるわー、と残して直輝はさっさと教室にいる他のクラスメイトに子犬を飼えるかどうか訊きにいってしまった。

 尋ね回るなら自分も一緒に連れていって欲しかった、と内心ぼやく。

 残された二人でどう会話を盛り上げろと言うのか。かといって、今からついていって変に思われるのも嫌なので、気は進まなかったが、そのまま涼也と会話を続けることにした。


「涼也の家はどうして犬飼えないの?」


 口に出してから気づいて「あ、いや別に責めてるとかそんなんじゃなく純粋に気になって」と付け足す。


「俺の家はもう二匹犬飼っているから」


 意外だった。この無愛想で大柄な男が犬を可愛がっているところなんて想像できなかった。やっぱり、ドーベルマンとかシベリアンハスキーとかそういう大きくて強そうな犬種だろうか。

 左右にドーベルマンを従えている涼也の姿を想像して、様になるな、と頷いた。


「何を想像してるか知らんがチワワ二匹だぞ」

「あ、そうだったの」


 イメージよりもだいぶ小さい犬種を飼う涼也に若干の親しみを覚えつつも、次の話題を考える。


「名前は?」

「コハルとコムギ」

「散歩とか行くの?」

「姉貴が行ってる」

「お姉さんいくつ?」

「今年社会人」

「へえ」


 会話が終了する。次の話題を持ち出そうにもこれといって思い付かない。普段使わない部分の脳みそまでフル回転させる。まだ最後に打った相槌の余韻が残っているうちに、続けて何か喋らなければ。

 見切り発車で「そういえばさ」と口に出してしまって後悔していた時、ちょうど助け舟が出された。


「おーい、わんこ飼ってくれる人見つかったー!」


 教室の窓際で少女と話している様子の直輝がこちらに向かって手招きしている。景はこれ幸いとばかりに、返事をしながら足早に直輝の呼ぶ方へと向かう。ちらっと背後を盗み見ると、涼也は犬に対する興味を失ったようで、つまらなそうに欠伸をしていた。


「春日井さんに写真見せてあげてよ」

「ああ、写真ね」


 彼らの元へと着くや否や、直輝にそう言われてポケットから携帯電話を取り出す。期待のこもった目を向けてくる少女、春日井遥香かすがいはるかに急かされるようにして画面に指を滑らせる。写真フォルダからさっき撮ったばかりの子犬の写真を選び、彼女に携帯電話の画面を見せる。

 何故、本物の犬ではなく写真を見せているのかといえば、いくら校則が厳しくない学校であるとはいえ、流石に教室に子犬を連れてくるわけにはいかなかったからだった。


 校門をくぐった後、そのまま教室に連れていこうとする直輝を説得して、職員玄関を入ってすぐのところにある事務室に寄った。

 学校に犬を連れてくる生徒は初めてだったのだろう、事務員は明らかに困惑した表情を浮かべていた。保健所の職員を呼ぼうとするのを直輝が必死に説得し、代わりに担任の先生を呼んでもらう。二人に事情を説明して頭を下げた。事務員はずっと渋い顔をしていたが、最終的に放課後までなら、と事務室で面倒を見ることを了承してくれたのだった。


 その時に、飼ってくれる人を探すのに役立つだろうと思って撮っておいたのが遥香に見せた写真だった。


「かわいい!」


景の手にある画面の子犬を見るや否や、彼女は大きな目を爛々と輝かせた。


「でしょでしょ!」


 景の代わりに直輝が大袈裟に反応し、わーとか、きゃーとか言って二人で盛り上がる。


「それで? 春日井さんがこの子犬を飼ってくれることになったの?」


 景は画面に夢中な二人を交互に見て気になっていたことを尋ねる。


「うーん、そうしたいんだけどさすがにお父さんとお母さんに聞いてみなきゃ」

「まあ、そうだよなー」


 またも代わりに直輝がうんうんと頷く。


「だから今日帰ってから確認するね。どっちに連絡すればいい?」


 遥香は景と直輝の目を順番に見つめて尋ねた。

 当然、直輝が「俺!」と威勢よく返事するものだと思って、自分よりも少しだけ低い位置にあるその横顔に目を向けて待つ。

 しかし、景の予想を外れて彼はあー、と歯切れ悪く言った。


「俺んちペット禁止のマンションで、しかも父さん犬アレルギーだから、今日犬連れて帰れないんだよな」


 ……は?


 舌を出す直輝と愕然とする景を余所に、朝のホームルームの開始を知らせるチャイムが呑気に教室内へ鳴り響いた。

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