第4話 神聖魔法

 翌日。神殿に残り、全体指揮を取るグラシアや遊撃部隊との連絡を任されたリアン、その他最低限の人員を置いて、それ以外の者達は街の外へ出てきていた。

まずは街に近い場所で待機・偵察に徹する部隊と、周辺に展開し間引きをする少数精鋭で構成された班とに分かれる。

魔獣の観察目的で同行を許可された俺が、待機部隊に配属されるわけもなく……。


「本日の護衛はお任せ下さいね、ヒビキ様」

「面倒をかけます……」


 制約があるらしいが、緊急時に街への転移が可能なシリス率いる班に配属された俺。

専属護衛は、なんとアリシアである。

シリス班なので彼も近くにいることはいるのだが、昨日の魔獣の異変もあるのでこの配置だという。

二人のーーというかみんなの強さがどのくらいかを知らないんだけれど、揉めることなく決まったのでバランスが良いのだろう。

 ちなみに戦闘好きなサリスはというと、遊撃要員として片っ端から強敵になりそうな個体を倒していく係らしい。

間引く、と言いつつ本格的な殲滅になってないか?とも思いつつ。


「サリスが強力な個体を相手にしているとはいえ、気配が少ないように感じられるな」

「昨日と同じ感じですわ……。サリス様の元へ移動した方が良いかと」

「そうするか。彼方の方が、逃げてくる通常種もいるだろうからな」


 理性を失っているはずの魔獣が逃げるほどの戦闘とは……。

サリスの本気というのは凄まじいものなのだろう、深く考えてはいけない気がする。


「そう言えば、サリスは単独行動みたいだけれど神殿騎士はみんなそういうものなの?」

「何を得意としているかにもよるが、大抵独断で動く問題騎士ばかりだな」

「思ってた神殿騎士とイメージが全然違う」


 物語やゲームなんかで語られる騎士ってもっとこう……、厳しい規律を守っていて集団で動く表現だったような。

騎士の性質の違いが異世界仕様だとでも言うのだろうか。

 呑気に雑談しながら歩いていた、その時。

 腕を捕まれたと思ったら、身体に暖かい何かが駆け巡る。

ぐい、と引っ張られた感覚にいつも以上の軽やかさを感じながら周りを見れば、一緒にいたはずのシリスが遠い。

と同時に、少なくない数の魔獣に囲まれつつある。


「異変を察知しましたので、強化魔法で距離をとりました」

「え!?シリスは……」

「あの方は筆頭ですから、大丈夫ですよ」

「!?」


 アリシア瞬時の判断で避難した先で初耳情報を聞き、驚いて思わず叫びそうになった。

魔獣がいる場所で大声なんて自殺行為でしかないから、何とか呑み込んだけれど。


「筆頭っていうのは、つまり……?」

「神殿騎士で最も優れた方、という意味ですね。サリス様も同じく筆頭なんですよ」


 まるで自分のことのように嬉しそうで、誇らしげだ。

周囲に段々と戦闘音らしき爆発音が聞こえきているというのに、この笑顔。

 きっと筆頭のことが好きで仕方ないんだろうなあ。

ーーというか今俺、和んでいる場合じゃないだろ。

 そもそも、何で激しい爆発音のようなものが響き渡ってるんだ?

いや、魔獣を相手にする時は魔法を駆使して戦う、とは聞いていたけれども。


「魔獣の感想を聞くのは後回しにして。ヒビキ様。せっかくの機会ですし、今から私アリシアが神聖魔法をお見せしようかと思います」


 アリシアが見据える先には、ライオンほどの大きさの魔獣がいた。

赤黒いオーラのようなものが身体を包み込むように纏わりついていて、離れた場所にいるというのに、圧のようなものを感じる。


「あんな離れた場所にいるのに?それに神聖魔法って」

「昨日は新種との遭遇戦だったので、満足に使えませんでしたの。サポートに徹するなんていつ以来だったでしょうか……」


 俺の質問に答えることなく魔獣の方へと片手を向けると、雑談そのままに光が手に集まっていくのが見えた。


「勇者候補の方も勘違いされてたんですけれど。魔法というのは完全無詠唱なのですよ?」

「いや、それも驚きなんだけれど神聖魔法って聞いてたのと」


 言い終わる前に、眩しすぎる白い光が束になって魔獣の元へと瞬時に向かう。

想像は想像でしかないのだと、思い知った今日この頃……。

 つまり、特に目立つ動作も言葉も音も無く、光が手に集まってきたと思ったら標的に放たれていて。

直撃したお相手は、血痕すら残すことなくご退場。

悲鳴を上げる余裕もなく、視線を此方に向けたかどうかってところで消え去った。

 これが神聖魔法……?

え、サポート特化じゃなかったの!?

ーーいや、そういや誰もそんなこと言って……、なかった?

昨日、戦うことなく二人の補助ばかりをしているアリシアを見て、勘違いが加速しただけだろうか。

あれだって、強化か神聖魔法なのか区別がついてないのに、思い込みというのは本当に厄介なものだ。

 きっとお互いに、「神聖魔法はこういうものだ」のイメージだけで会話を進めてしまっていたんだろう。

俺は俺で想像の産物でしかない知識ものしか持っていないし。

もう何度か思っていることだけれど、なかなか意識を変えられないのは本当に良くないと自覚しているのに。

そのうち、事態が進行していきそうで恐い。


「今のはヒビキ様に教える為に手を向けたのですが、本来ならば」

「ーーアリシア、ちなみに今聞こえてくる音って?」

「神聖魔法以外のものですね。基本的に、音が出てしまう魔法というのは強化をはじめとした基本魔法のどれかですから」


 この世界、俺ーーは神殿の主人だか何だかの候補らしいので残念ながら除外されるがーー以外の勇者候補達をわざわざ呼ばなくても、どうにかなりそうな気しかしないのだが?

ああ、そういや神殿の幹部達もよく「苦戦しているわけではない」とか「神の干渉が」とか言ってたな。

俺はてっきり、そんな言い方してるから拮抗もしくはやや劣勢なんだとばかり思ってたんだが。


「アリシア。神聖魔法の精度が上がってきているようだな」

「本当ですか!?」

「ああ。歴代の調整役でもトップクラスの実力になってきている」


 自身も戦っていたはずなのだが、きちんと此方にも意識を向けていたシリスはまず第一にアリシアの魔法技能を褒めた。

そこそこの数に囲まれていたように思うんだが、それでも他を気にする余裕があるって一体ーーああ、アリシアが筆頭って言ってたな、さっき。


「戻ったらいろいろと勉強し直さないとな……」

「主人様が勤勉なようで何よりだ」


 とりあえず、お互いにかなりの認識の差があるという事実をみんなと共有して、何事も丁寧に指導してくれるように頼むことから始めよう。

 アリシアの口振りじゃあ、勇者候補の人達もどちらかというと俺寄りの知識を信じてるみたいだし。

彼女の滞在期間中、認識を改めるように言い聞かせておかなければ……。

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