第3話 異変

「大攻勢を直前に控えたこの時期に、魔獣の異変発覚とは……」

「幸い、が外の遊撃として動いているので、情報共有はすぐにでも出来ます」


 頻度的には多くはないが、変異種というのは過去にも度々確認されてきた存在だ。

今回問題となっているのは、その出現時期である。

 大攻勢前に魔獣側に変化が生じるのは、何らかの異変があったから。

それこそ、と表現してもおかしくはない大きさのもの。

本来ならば、襲撃に備えての防衛強化・警戒をすればよかったが、変異種のせいで予定が狂いそうなのだ。

普段通りの対応で、防げるものなのかが分からない。


「ですが大攻勢まで時間がありません。少々危険ではありますが、調査は後回しにするしかないでしょう」

「うむ、サリスの言う通りだ。今、危険に飛び込むわけにはいかない」

「ヒビキ様にと無事確認出来たんですもの。今回、我が神殿は安全最優先で動くとしましょう」

「では次に、彼が率いる遊撃部隊の活動変更についてはーー」



 幹部達が会議を進めていく中、同じ室内に居て話を聞いてはいるものの、参加はしてない者も数人存在した。

軽視出来ない異変であったことから、神殿内とはいえ護衛から離れるべきではないと判断されたヒビキと、王城からの帰還者二名。

 今回発覚した、異変に関する詳細な報告は会議の始まる前に共有してあるので、当事者である三人は会議を見守るだけでよかった。


「こんな時ではありますが。私がヒビキ様の魔力操作を指導する予定なんですよ」

「え……、だってアリシアって……」

「あら、王城で魔力操作を教えるのは大抵私なんですよ。慣れていますから、安心して下さいませ」


 神殿と王城の調整役、という立場にいるアリシアは元王族。

先代から調整役を引き継ぐ際に王族としての地位を返上しているので、今現在は調整役という肩書きしか持っていない。

ヒビキも元とはいえ王族相手にする話し方については悩んでいたのだが、サリスの時と同様にあっさりと「神殿の主人となる方ですので」と敬称も何もかも拒否されてしまい、ぎこちないながらも普段通りの会話をしようと試みている。

 王城側は未だに王女として対応しているのだが、それを知る術のないヒビキはアリシアの願い通りに話すしかなく。

ちなみに当然のことながら、王城側の対応を知っている神殿関係者達は、元々自分達が畏まった扱いをしていないこともあって、口を閉ざすことにしたようだ。

果たして彼がその事実に気付くのは、いつになることやら。


「ヒビキ様って魔獣見たの初めてなんでしょ?それでいきなり変異種なんて、運がいいね!」

「運が悪い、の間違いなんじゃ……」


 子供らしい笑顔と共に言うセリフじゃない、と突っ込みたい。

 帰り道で変異種の群れに襲われても動揺していない、このリアン少年。

見た目も態度も明らかに子供そのものなのだが、突発的な事態に陥っても物怖じしない冷静さを持っている。

変異種を見つけて「運がいい」と嬉しそうに言ってしまうあたり、遊び感覚でいるのは間違いなさそうだ。

必要以上に恐がるよりは、こっちの反応の方が歓迎されるんだろうか。


「運の良し悪しは分かりませんけれど、普段の魔獣も見ておいた方がいいでしょうね」

「やっぱり……。そんなに違うものなの?」

「さっきの魔獣はほんと突然でさー。気配がするなって方向見たら群れでいるんだもん、久しぶりにびっくりしたよ」

「通常ですと気配を隠して移動する、なんて魔獣は上位種しかいません。その上位種だって独特の臭いは消せませんし」


 これはまた外に連れ出されるんだろうな、と確信した。

それも近いうちに。

大攻勢が迫っているので、下手したら「今日この後で」とか言われそうだ。


「聞いていた通り、我が神殿は今回の大攻勢では安全最優先を徹底します。今日中に街全体へ知らせるようになさい。異変に関しても漏れのないように」


 神殿幹部をまとめて指揮をとるのはグラシアの役目のようだ。

こうして各所へ指示を出している姿を見ると、普段のあの色っぽい妖艶な雰囲気はことが分かる。

以前話していた派閥云々が関係してくるんだろうか。

彼女の的確に役割を割り振る手腕は見事なもので、何かを聞かれて考え込んでもほんの数秒で答えを出している。

周囲の人達が頼りにしている存在だっていうのが見ていて分かるし、誰かに聞くまでもなく有能なんだろうな。


「普段の司教とは真逆でしょう?こういう時、彼女がいるだけで他の幹部も動きやすくなるんですよ」

「サリス。会議お疲れさま」

「お待たせして申し訳ありません、ヒビキ様。二人との交流は順調ですか?」


 完全にいつものサリスに戻っている。

街で見た饒舌に戦いを語る彼女とも、戦闘中の積極的に突撃していく彼女とも違う、真面目で丁寧な見慣れた姿。


「そう言えば、先程興味深い話をしていましたね。神殿周辺の間引きは急遽明日実行することになりましたので、ヒビキ様も是非同行して下さい」


 サリス達は会議を進行しつつ、不参加組三人の様子にもきちんと気を配っていたようで、俺達の会話は全部聞かれていたらしい。

確信通りに、外への強制連行が決定した。

いつもならば冗談半分に反論するところだが、魔獣という存在を知らなさすぎるのもどうかと思うので、プロの方々の判断に委ねることにする。

 

「リアン。貴方はしばらく私付きよ。彼にまでは神殿内で過ごすこと」

「はーい」


 グラシアがリアンを呼んで、注意を促している。


「リアンはとある神官との間限定だが、連絡手段があってな。彼は今、遊撃部隊を率いる者として各地を回っているから、神殿の決定を伝えてもらうんだ」


 何のことか分からずに首を傾げていると、此方に向かってきていたシリスが疑問に答えてくれた。


「神官なのに騎士みたいなことするんだね」

「この神殿の者は動いてしまうからな。おかげで統率するのが大変なんだ」


 心底うんざりとした表情で、溜め息を吐きながら放たれた言葉。

シリスも随分と苦労させられてるんだな……。


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