第1章 邂逅

第1話 神殿騎士というもの


 異世界に来て、一ヶ月が過ぎていたらしい。

正直、現実逃避勉強に忙しくて正確な日数なんて数えてなかったので、もう一ヶ月経ったのかくらいの認識だ。

 本当は、あんまり考えないようにしてただけなんだけれど。

それは簡単なことで、俺がいなくなった世界のことを考えてしまうからだ。

何事もなかったかのようにーーこの場合だと、存在ごと消滅してそうだがーー日常が流れているのか、それとも事件だ何だと大事になっているのか。

個人的にはどちらにしても嫌というか微妙な感じだが、前者の方がマシな気がする。

考えてもどうにもならなさそうってのは分かってはいるし、だからこそ何日経ったかに意識を向けないでいた。

 そんな日にちも満足に数えないような俺が、何故今それを認識しているのかといえば。


「大気中の魔力に身体が慣れてきた頃ですね。そろそろ神殿外に出るのも良いかと」

「なら今日は双子連れて、の迎えにでも行ってらっしゃいな」


 今まで神殿内で過ごしていたのは、てっきり俺の希望が通っていたからだと思っていたのだが、まあそんなわけもなく。

実際は身体にこの世界の魔力が馴染み、適応するのを待っていたようで今日めでたく外出許可が下りたのだ。

本来ならば、最初の頃に魔力に対してどこまで耐性があるのかとかいろいろ調べたかったようなんだけれど、俺の頑な拒否がずっと続いたので諦めたらしい。

 俺としては、見知らぬ場所で発揮されるであろう不運っぷりを回避したかっただけなんだけれど、これからはきちんと周りの意見もよく聞いてから決めた方がいいと今回のことで学んだ。


「何か違和感があればすぐに二人に報告すること。それだけはしっかりと守って、あとは遊びに行く程度の認識で大丈夫よ」


 勉強会で話していくうち、すっかり敬語のとれたグラシア。

神殿内でよく話す人の中では最も貫禄があって年上に思えるので、フレンドリー口調になってくれて一番安堵したというか……。

女の人に年齢を聞くのはと思って聞けていないけれど、一体何歳なんだろうか。

 彼女は司教として留守を守る役目があるそうで、一緒には出かけないようだ。

何でも大攻勢に向けて各地に人を派遣している最中で、此処の神殿を預かる幹部クラスはあまり人数がいないのだとか。


「あの子って……、今日来るっていう調整役の人?」

「ええ。あともう一人、リアンって子も一緒に戻ってくるはずよ」


 事前に教えられていた訪問者の情報と同じだ。

そろそろ大攻勢が近いということで、念の為、神殿に近い場所への出入りは厳しく管理されているのだ。

ーーって、俺からしたら何故そんな危険が近い時にわざわざ外に出るんだか……って感じなんだけれど。

電話みたいな遠距離でのやり取りが可能な手段がないから、この世界の人達はわりとこういう無茶を平気でするのだろうか。


「今日は軽い運動をする、程度の心持ちで大丈夫だ」

「神殿の街なのでちょっと特殊ですが、とても良い街なんですよ」


 丁寧に解説をしながら案内してくれる二人は、神殿にいる時よりも動きやすそうな服を着ている。

神殿内ではもっとこう……儀式に向いてそうな、適度に光沢があって装飾が多く付けられた、白くてひらひらしている服でいることが多い。

今はどちらかというと軍人のようなーーって、二人は神殿騎士だと言っていたから、たぶん此方が本業の服装なのか。

黒を基調とした、いかにも軍服!って感じの機能性抜群そうなものである。

男女で異なる部分はなく、装飾品の類いも必要最低限のようだ。


「神殿の中で着てたのとは色も違うんだね?」

「当然です。戦闘になった時にあの服でいて、魔獣の血で染まってしまったら大変じゃないですか」


 振る話題の選択を間違ったのだと、笑みを浮かべながらも物騒なことを言い出すサリスを見て悟ったが、後悔しても遅い。

いや、神殿騎士というからには当然荒事にも慣れてるのは分かっていたつもりだったんだけれど……。


「後方支援ならば汚れの心配もしなくていいんですけれど、神殿騎士は最前線を行くことが多いものでして」


 溜め息を吐きながらも、口調は明るいままだ。

この感じは、幼馴染みの彼女と同じ気配がする……!


「前線が嫌というわけではないんです。戦闘ならば近接の方が向いていますし。ああ、でもご安心下さいね、ヒビキ様。我が一族は魔法の扱いに長けておりますので、遠距離魔法も得意ではあるんです」


 ミオと相性抜群そうだ、という意外な事実が明らかになった。

普段は見た目や雰囲気から儚げな印象の強いサリスだが、間違いなく戦闘狂に分類される人だ。

勝手な想像でしかなかったけれど、てっきり回復系の魔法を使うんだとばかり……。

その後も、俺が振ってしまったばかりに彼女による戦闘メインの話が聞けた。

丁寧で若干おっとりとした話し方が常だが、戦闘関連の話題だとかなり饒舌になるようだ。


「神殿騎士の素質がある者というのは、大抵あんな感じだぞ」

「ええ……まあ、慣れてるからいいけれど。他の人達もサリスみたいな感じなの?」

「戦闘好きの集まりだ、とだけ言っておこう」


 個性豊かな戦闘狂達、と覚えるのがいいだろうか。

しっかし、なんて集団が存在しているんだ。

魔獣に対抗するには有効かつ強力な戦力なんだろうけれど、戦闘狂の度合いがどの程度かで話が違ってくるような……。

そこは神殿のお偉いさんが制御するから大丈夫なんだろう。

ーーあれ?でも今、そのお偉いさん枠に俺が就任するって話が進んでいるんだっけ?


異世界此処でも同じ苦労をするのか……」

「慣れていそうな口振りで安心した。ま、協力はするからそんなに気負うことはない」

「頼りにしてるよ、シリス……」


 残念ながら此方でもそれなりの苦労はしそうだ。

これに不運が重ならなければいいんだけれど、今からそんな心配したって仕方ないか。





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