第7話 恩人と姉弟
何かの嘆きが聞こえてくる。
深く冷たい暗闇の中で幾重にも響き、何もない空間を支配する。
人ではないであろう、何かの声のようなものは途切れることを知らない。
何をそんなに嘆くのか。
問いかける術を持たない者には、どうすることも出来ずにただ聞き手に徹するのみ。
やがて、空間に少しずつ光が差してくる。
「やっと、目覚められる……」
心底安堵した様子の、誰かの声が散った。
それでもなお、悲しみと後悔に濡れたような負の嘆きを思わせるそれは、止まる気配がない。
まるで何かが起こるのを予言しているかのように、ただ不気味に辺りを満たし続けている。
その様を憂いた表情で見つめる何者かは、闇を惜しみながらも光に包まれて何処かへ消えて行ってしまった。
◇ ◇ ◇
「何だか変な夢を見た気がするんですよね……」
「何かの予知かもしれませんよ?」
「あんまり覚えてないんですけれど、不気味な夢だったように思うので言わないでおきます」
よく晴れた空の下、何人かの少人数グループがそれぞれ思い思いの場所で食事をとっていた。
周囲を警戒することなく食事を満喫出来るのは、此処が安全地帯であるからだ。
大きな城の一角にある中庭で、日々の訓練の疲れを癒すべく、少年少女達はゆったりとした時間を過ごしていた。
警護ついでに交流しているのは、彼らの勉学や戦闘訓練を任されている騎士団を中心としたメンバーだ。
当初は互いに気苦労が多く、落ち着かない日々が流れていくばかりだった。
今では気持ちを新たに異世界での暮らしを頑張る者がみんなを引っ張る形で、いい雰囲気になりつつあった。
そんな中に、ミオとケイはいた。
周りのグループとの交流も進んではいるが、基本的に二人が離れることはない。
戦闘訓練が始まったばかりの頃は余裕が全くなく、誰であっても容易く近付けさせなかった。
周囲のさり気ない気遣いに気付けないでいたし、交流したいと思っている人がいることすら知らなかった。
今でも二人の内心の焦燥は消えていないのだが、焦ってばかりいてもダメなのだと叱ってくれた人がいた。
貪欲に知識を力を求めるのならば、休息も大切にするべきだと気付かせてくれた恩人。
「そう言えばアリシア様は、今度神殿に行かれるんですよね?どういう所なんですか?」
「こっちよりも多くの魔族の方がいると聞きました」
「まあ確かに彼方には様々な魔族が滞在していますが……。もう少し実戦経験を積んでからなら、同行も許可出来ますよ」
アリシアと呼ばれる、ミオよりも二つ上の物腰柔らかな女性。
年齢のわりに落ち着いて見えるのは、育ちの良さと自身の立場や世界情勢が主な要因か。
丁寧に整えられた艶やかな白銀の髪は母親譲りで、ローズ色の瞳は父親譲りだという、この国のお姫様であった人だ。
神殿騎士筆頭にあやかって、戦場に出る人族としては珍しい長髪にしていることでも知られている。
彼女は神聖魔法が扱える為に、王女という立場ではなく王家と神殿の調整役としての立場でいることが多い。
人族中心の王城と、魔族が主体となっている神殿双方の交流をスムーズに行えるよう、代々王家の関係者が担う重要な役職の一つが調整役と呼ばれているのだ。
幼い頃から魔力操作の才能がずば抜けていた彼女は、歴代の中でも若く有能だと評判の神殿関係者なのである。
ちなみに、人族の対応こそ血筋に沿ったままのものではあるが、王女という肩書き自体は調整役になった時点で返上している。
アリシアは普段、城に常駐しているわけではない。
勇者関連での王城の混乱を重く受け止めた神殿上層部が、特例で彼女の派遣を決めた結果、異世界に降臨することとなった少年少女達の面倒を一時的に見ているだけに過ぎない。
「今回はすぐに戻ってくる予定ですが……。一緒に行く機会があれば、その時の案内は任せて下さい」
そしてこの交流会の後に、自分自身の言葉で伝えるべき進捗やその他様々な報告、そして神殿で発生した極秘案件に関しての情報共有の為に一旦神殿に戻ることをミオとケイに伝えに来ていた。
「ありがとうございます!」
「いい目標が出来ましたね、姉さん!」
アリシアは二人の浮かべる笑顔を見て、安堵したように微笑んだ。
以前とは全く違うものだと分かる、心からの喜びの笑み。
その表情を見る度に、あの時無理にでも二人に踏み込んで会話をしてよかったと、実感出来るのだ。
周囲と距離を置き、何か強固な意志を持って勉学に訓練にと精を出す二人の様子に、彼女が危機を感じ取ったのは、いつのことだっただろうか。
それからすぐに、同じく勇者の教育を担っている兄や騎士団幹部に相談して、熱心すぎる二人を見守った。
本来ならば定期連絡を終え、勇者達に基礎を一通り教えた後は神殿に戻る気でいたのだが、危うい雰囲気の二人を放っておくことは出来なかったのだ。
幸い、調整役を担う者は比較的自由に時間を使えるので、今回のような事態にも臨機応変に対応ができた。
「王城から神殿ってどのくらいなんですか?」
純粋な興味によるものだ。
以前の姉弟だったならば答えをはぐらかしたかもしれないが、今の二人になら教えても大丈夫だろうか。
「強化魔法で飛ばして行ける範囲、です」
「アリシア様の強化魔法って何だか凄そうなんですけれど」
「遠い道のりなんですね……」
ミオとケイの戦闘技術については不安があるわけではないが、だからこそ今無理されても困るのでぼんやりと言葉を濁す。
具体的な方角や距離、所要時間など分からなければ、どうしようもないはずだ。
実際には、無駄な戦闘を避ける為に強化魔法を使用して移動するという点だけは正しいが、距離的にはそう遠くはない。
近い将来、旅慣れない勇者を含めた集団での移動経路が必要になってくるだろう。
此処に戻ってくる際は行軍計画を練りながら、魔獣の分布を確認しておくべきだろうか。
きっとそれは自分への修行にも繋がるし、次回は共に行くことになるであろう勇者達に、魔獣の詳細情報も実戦形式で教えられるので充実した教材を提供出来そうだ。
「アリシア様、戻ってきたらまたご指導お願いします!」
「ええ、私で良ければいつでも」
アリシアが離れている間にも、彼らは成長していくのだろう。
城の者や民達とは違った、どちらかと言えば気安い見送りに新鮮な気持ちになりながら、出発準備の為に中庭を去る。
自ら神殿へと戻るのは、何も報告や情報共有だけではない。
王城の誰にもーー王である父にさえ、言っていないこと。
今回の勇者降臨において、少なからずの疑問が出てきてしまった。
「どうして平等ではないのかしら……」
神殿幹部に知らせ、判断を仰ぐべき重大な問題は、果たして今後どのような結果を生み出すのだろうかーー。
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