第6話 神殿奥に眠るモノ
人生経験豊富な御三方より、「今日はゆっくり休め」と部屋から出されたのだが、一体此処はどこなのでしょうか。
「いやあ、ふざけてる場合じゃないんだよ……マジでどこ?」
心当たりがあるとすれば、特に特徴のない、覚えるのが大変そうな造りなので居住区だろうか。
そもそも、慣れない場所で案内も無しに放り出すのは如何なものかと思うわけだ。
まあ、あの三人が唐突にそうしたということは、何か良からぬ事態が突発的に起きてしまったのかもしれない。
ーー現在、俺が面会拒否してる王城関係者が突撃訪問しにきたとか、な。
「うーん……、自由に行ってみよう」
神殿がどの程度の広さがあって、どのくらい入り組んでいるだとか全く知らないが。
遭難したとしても、彼らのことだからそれこそ魔法か何かで迎えに来てくれるはず。
もう遭難している、と言っても過言ではない気もするけれど、気のせい気のせい。
さあて、とりあえず奥を目指して行きますか!
「うわあ、何だか神秘的な感じが……する?」
奥へ奥へと進んで行くと、緑溢れる庭園のような場所に出た。
きらきらと光る小さな粒が至る所に浮かんでいて、初めて見る幻想的な光景に足を止めて魅入ってしまう。
「あれ、でもいつの間に外に?」
外に出た覚えはないのだが、この庭園はどう見たって屋外だ。
広い屋内の廊下を進んできたはずなのに、気付けば庭園とはさすが異世界。
そう思って振り返って見れば、歩いてきたはずの廊下は跡形もなく消え去っている。
「深く考えたくないな……。異世界に来てまで転移とかしてないよな?」
魔力や魔法の話を振られても華麗にスルーしてきたというのに、こういう非常事態が早々とやってくるのなら真面目に受けておけばよかった……。
神殿外に飛ばされてしまったと仮定するのはいいが、戦闘力皆無の俺にどうしろと?
安易に動かず、大人しく迎えが来るのを待った方がいいだろうか。
『運が良いのか悪いのか、微妙な奴だのう』
「なんだよかった、人がいるの……か……」
いつの間にかすぐ目の前に、半透明の人っぽい何かがいる。
興味深そうに……観察されているような、気がする。
半透明だから、表情の変化も性別もよく分からないから感覚でしかないけれど。
『何じゃ、もしかして見えているのか?』
「見えては……いますけれど」
何だこれ。異世界には幽霊もいるっていうのか!
霊感とか全然信じていなかった俺が、何の問題もなく見られるなんて。
『聞こえてもいる、と。何とも奇抜な運を持っておるの、少年』
いや、この世界にはいろんな呪いがあるって教わったし、変なことは言わないでおいた方がいいだろうか。
まさか初対面で「幽霊ですか?」なんて聞けないし。
合っていても間違っていても、問答無用で呪われそうである。
余計なことは聞かないようにしようーーというか、さっさと興味を失って去ってくれないだろうか。
『面白い運が見られた。お礼に、何か欲しいものはないか?』
なんと、いきなりの無茶振りである。
これ、断ったら断ったで呪われそうだな……、何を言ったらいいんだろ。
『うむうむ、よく悩むが良い。我は気が長い方じゃ、安心して答えを差し出せ』
生前はかなりの地位にいたのだろうか、話し方が何だか偉そうだ。
今もこうして彷徨っているということは、名のある魔族だったに違いない。
この世界の人族と魔族がどの程度強いのか知らないから、人族かもしれないけれど。
「あの、元の場所に帰してほしいんですが……」
思い付く最善がこれしかなかった。
何にも影響しそうにないし、叶えてくれるだろうと期待していたのに。
『おや、此処は少年のいた神殿内じゃ。ちょっと特殊な出入りが必要なだけの、な』
「何ですと??」
困った。かなーり困った状態だぞこれは!
呪いのことが頭にあるせいで、迂闊なこと言えない状態なんですけれど!?
『しかし……あまり礼と言っても贈れそうにないな、少年は』
「……へ?」
言われたことが気になって、つい返事をしてしまった。
迂闊に話を続けてもいい存在じゃないかもしれないのに……!
危機感が行方不明状態だ。
『その魔力から察するに、この世界の人族ではないのじゃろ?』
「え!?」
『この地に来る時に、力をもらっておるよ、少年。神殿の者とも、我とも話せているのがその証拠じゃ』
「あ、あれ?そういえばそんな簡単なこと、なんで誰かに聞かなかったんだろ……」
突如、異世界に連れて来られて自分が思っている以上に混乱していた?
でもサリスもシリスも、一目見れば明らかに地球に住むどの人間にも該当しないってことくらい、分かっていただろうに。
そこで「何故言葉が通じるのか」と疑問に思ったら、その流れで誰かに聞くものだろう、普通!?
なんでそのまますんなりと受け入れていたんだ……。
自分のことなのに記憶があやふやで、変な気持ち悪さを今になって感じている。
『ふむ。では、その奇抜な運を弄ってやろう。それくらいは今の我にも出来るからの』
「え!?いやいや、あまり弄らないでいただけると……」
『手遅れじゃ。ーーうむ、いい出来じゃの!また機会があれば会おうぞ、少年!』
それは、未知の体験だった。
浮かんでいた光の粒が渦巻くように素早く慌ただしく動き出したと思ったら、神秘的な庭園から先程まで歩いていた廊下へと早変わり。
どこにも違和感はないし、立ったまま寝てたんだろうか俺は、というくらい。
「何だったんだ、今のは……」
止める間も無く、幽霊曰くの“奇抜な運”とやらを弄られてしまったのだが、これ大丈夫なんだろうか。
「戻ってみよう……。無理そうだったら今度は別の方向に行くか」
先程確かに感じていた気持ち悪さも疑問も一瞬のうちに綺麗に忘れてしまったヒビキは、庭園も中にいた存在のことすらもあっという間に忘れて、歩き始める。
彼が去った庭園があった場所には、何もない。
ただ真っ直ぐな廊下だけが彼の後ろ姿を見送っていた。
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