第5話 世界の呪い
その時代から魔獣は各地に生息してはいたが、獣にも魔物にも理性あるものが多くいて、現在とは比較にならないほど穏やかで。
最初に異変を感じ取ったのは、とある神殿に住む神だったとされる。
いつの間にか彼らの理性が消え去っていて、見境なく生物という生物に襲いかかるようになってしまった。
すぐさま事態を把握して動いたはずなのに、既に手遅れだったという。
不可解なまでに速く広がる被害に、得体の知れない何かが関わっていると見抜いて、すべてを巻き込んだ闘争の時代が幕を開ける。
神の判断が何を招くことになるのか、当時の人々は誰も予想出来なかったのだろう。
或いは、すべての元凶とされる存在は答えを分かっていたのかもしれない……。
そして現在までの永き時代、魔獣と人々は争いを続けている。
ーーその身に数多の呪いを受けながら、いつまでも、いつまでも。
「人族の多くは逃げてきた地でも戦い続ける不運に見舞われて、呪いを忘れてしまっている者がほとんどです」
「それって今でも効力のあるものなの?だとしたら危険なんじゃ……」
「代償が大きすぎて誰も試してはないが、名に関する呪いは今でも意識的に避けているな。この国の人族は、代々名付けに関しては強さにあやかって魔族に頼むことが常識だから、防げている状態だ」
「魔族と人族では条件が異なりますが、魔族の重要な役割を負う方々の中には人族のように名を伏せて、略名を名乗る方もいますのよ」
異世界に来て、早数週間。
ヒビキは、地球での常識が何一つとして役に立ちそうにない、と確信した時から積極的にこの世界の情報を求めて勉強する毎日を送っていた。
物騒なことは勇者側が担うというし、元々人族はもちろん、魔族だって他を頼ることなくこの地を守ってきた実力者ばかりなのだ。
勇者とは違った役職を与えられるーー予定の非戦闘員は、今のところ
ヒビキ自身も戦場は避けたいと思っているので、堂々と神殿にて引きこもり生活をしている、というわけだ。
現在は、神殿の中でも博識だと評判のグラシアという女性を中心として、護衛でもあるサリスとシリスも加わっての勉強会中である。
グラシアはダークグレイの髪色と妖しげに光って見える赤色の瞳が特徴的な、やけに妖艶な雰囲気を醸し出している司教様だ。
ウェーブがかった長い髪がまた、彼女の妖艶さを一層引き立てているというか。
色素の薄い双子騎士とは違ってはっきりとした色を持った人だから、余計に目立つんだろうけれど。
宗教はあまり詳しくないけれど、こんな司教が地球にいたら「風紀が乱れる!」と大問題になりそうな色気があるというか。
「ヒビキ様。戦況が落ち着いたら、是非面会をしたいと勇者側より打診が来てますが……」
「いやあ……、それって引き延ばせる?」
最近の悩みは王城側から定期的に送られてくる茶会のお誘いだ。
ちなみに、返事は保留にしてある。……のだが、いつまでも待たせるのはさすがに悪いだろうか。
こっちの知識もまだまだ学び足りない、と思っているし正直ゆっくりと考える時間だって欲しい。
いや、考え込むとネガティブ思考の沼に堕ちそうだからって理由で、予定詰め込んでいるのは俺自身だけれども。
数ヶ月先輩の同じような立場の人間とは言え、赤の他人と時間を取るくらいなら別のことに使いたいというのが本音である。
相手がどういう人柄か分からない以上、用心を重ねに重ねて悪いことなんてないだろうし。
「まだ不安定だからこれ以上他人に会いたくないとか、適当に言い訳しておいて下さいお願いします」
「あら……。でも確か、お知り合いの可能性もあるのでしょう?一度くらい……嫌なのね。分かりました、我ら神殿の主人の意見ですもの。尊重しますわ」
グラシアの言った通り、何らかの要因によって到着がズレてしまった姉弟の可能性も否定出来ない。
しかしだからこそ、慎重になりたいというか。
あの二人はそれこそ気にしないんだろうけれど、勇者は既に魔獣との実戦経験もあるという。
時間差があったので仕方ない、と言われれば確かにその通りでしかないんだろうけれど、少しでも知識を身に付けてから対面したい……という、俺の我儘だ。
現状、戦闘面でも役に立たないのに知識すらないとか
せめて第一印象くらいは良くありたいという、小心者の意地である。
「じゃあ、この世界で一番気を付けないといけないのは名前ってことでいいの?」
「そうですね。例えば直近の可能性ですと、ヒビキ様のお知り合いの名を見知らぬ方に話す、というのも念の為に避けるべきでしょうね」
やっぱり断るのは難しいだろうか、勇者側との面会ってやつ。
憂鬱でしかないんだけれど、覚悟を決めておかないといけないのかもしれない……。
面会相手が高圧的ではないことを祈っておこう。
何の神様がいるのか分からないが、これくらいの願いなら多少はーーいやいや、世界に干渉出来ないって言ってたし、無理だろうか。
「俺の……というか、ヒビキ以外の名前があったとして、それも?」
「ええ。我らにも話さないで下さいな」
絶対に本名は言わないようにしよう。
そう言えば最初にサリスに名前を言う時、自然と苗字は省いたのを名乗ってたけれど、本能が何かをキャッチしたんだろうか。
いや、サリスっていう明らかな名前に対して苗字名乗るのもな……って咄嗟に言っただけか。
「仮に面会を行うとして。此方と王城、どちらがよろしい?」
「グラシア、分かってて言ってるでしょ?神殿以外は無理だからね!」
揶揄う気満々な様子で尋ねられて、思わず大声で即答してしまう。
俺以外の三人はクスクスと笑って楽しそうだ。
「我が神殿の主人となられる方ですもの、いつかはその不幸体質とやらも改善されるかと思いますよ」
「そうなるのなら早くなりたいよ……」
安易に大丈夫か否かを試すと、不運っぷりが健在だった場合に異世界であるのだし、想定外以上のことが起きてしまうのでは?
という、主に俺自身の熱心な申告により、二人は半信半疑ながらも付き合ってくれている。
残る一人は俺の言い分をそのまま聞いてくれていて、それがなんと意外なことにシリスなのである。
サリスはグラシアほどではないが、何だか圧を感じるような……神殿の女性は強いということだろう。
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