第3話 彼の目覚め



 厳かな雰囲気漂う石造りの建物を中心として、円形状に広がった街並み。

無駄を徹底的に省き、実用性を追求しつつもその存在意義からか外装にはこだわった建物群は、周辺の殺伐さが嘘のような静けさがある。

 その日、大陸最大とも謳われる由緒ある中央の神殿で、静かな混乱が起きていた。


「何故この場所に……」

「王城ではない此処に降臨されるとは、一体どういうことだ?」

「いや、王城には最近、勇者が降臨したと聞く。大攻勢が近いと言うのに、これ以上彼方に負担をかけるわけにも……」


 どよめきが絶えることはない。

それだけ彼らにとっては予測不能で、イレギュラーな事態が発生してしまったのだ。


「部屋の準備を急がせなさい。それまでは、私の部屋で休ませましょう。神殿騎士を呼び出しなさい。彼は二人に任せます。その他の者はこの場で会議よ」

「グラシア様!」

「まずは彼への対応をどうするのか、我が神殿の見解を出しましょう」


 混乱の中、冷静な女性の声が響き渡る。

声を張り上げたわけではないが、不思議とよく通るその声は集まっていた者達の精神をも落ち着かせたようだ。

思わず目がいってしまうような艶やかな見目をしているが、混乱を素早く静めたことから有能であるのは間違いないだろう。


「リアン。方針が決定次第、王城に行ってとアリシア様に例の伝言を頼むわね」

「いいんです?あの子も一応、こっち神殿側ですけれど」

「現状で戻って来ないのだから、彼方の立場優先で動くと言うことでしょう。勇者様の教育も担っているのでしょうし」

「了解です」


 その後もグラシアは何人かに細かい指示を出しながら、神殿の中枢を預かる者を集めて突如神殿内に現れた少年の待遇について意見をまとめていく。

周囲の喧騒の中、一向に目覚める気配のない一人の少年の様子を注意深く観察しながら。


♢ ♢ ♢


「良かった……、目が覚めたようですね」


 いつの間にか眠っていたらしい。

初めて聞く声だが、そうすると此処は一体何処だろうか。

 俺は肌触りの心地良いベッドらしき物に寝かせられていて、すぐ近くに寄り添うように看病をしていたであろう人が微笑んでいる。

心底安堵した様子で、すらりとした綺麗な手を俺の身体にかざすようにしてゆっくりと行き来させている。

 全体的に儚げだと初対面ながらに思うのは、色素が薄いからだろうか。

さらさらと指通りの良さそうな長い髪は金色のように見えるが、限りなく薄い。

瞳も同様に金色だが、こちらは輝いているかのように……あ、薄い色になった。

 この儚げ美人さんは何者だろうか。瞳の濃淡が変わるなんて、明らかに日本人ではない。

いや、日本人どころか地球の何処を探しても存在しそうにないけれど。

 俺の不幸体質、ついにここまでのものになってしまったか。

現実逃避している場合じゃないのは理解しているが、「此処が地球です」と確信を持って呼べる要素がなくて非常に戸惑っている。

見るからに日本人ではなさそうだが、何故言葉が分かるんだろう。


「問題はないようです。少し、席を外しますね」


 ぽかんと呆気に取られつつも、目で忙しなく情報を探ろうと落ち着きなくしていた不審な状態の俺を置いて、儚げな人は部屋を出て行ってしまう。

不思議なことばかりで頭がおかしくなりそうだ。

特にやることもないし、まずは状況を整理してみよう。


「確か……いつものに巻き込まれて」


 地元の治安の鍵を握っていると言っても過言ではない、あの二人に挑む馬鹿はそれなりに多い。

しかし、向かってくる輩をいちいち丁寧に相手するほど暇ではないし労力も割きたくない二人は、大抵無視するか軽く捻る程度だ。

 では、それだけでは満足出来ない連中はどんな手段で構ってもらうのか。

答えは簡単、幼馴染みである俺を餌に呼び出せば、速攻でお望みの喧嘩バトルが出来るのだ。

まあ厄介事だと察しつつも、無駄な努力をしたくない俺が無抵抗なのも悪いんだろうけれど……。

この何とも傍迷惑な方法を不良共が見出してからは、定期的に巻き込まれる。

いちいち非戦闘員を巻き込んでやることじゃないが、俺以外は何だかんだで楽しそうなのでもう諦めている。

人間、さっさと諦めた方がいいのである。

 今日も学校帰りにあっさりと巻き込まれた俺は、迎えが来るのを大人しく待って諸々終わって、謎現象が起きてケイ君に腕を……。


「二人とも、どうしたのかなあ」


 言いつつも、心配はしていない。

喧嘩の売買だけは異様に上手いし、大抵のことは素手でどうにか解決出来るのだ。

見るからにファンタジーな世界って感じがするし、あの二人に武器持たせたらあっという間に暴力コンビ即戦力の出来上がり、となるはずだ。

放っておいても俺よりも平穏快適に生きるだろう。

 そもそも、此処が地球ではないと勝手に想定しているが、そんな場所に二人も来たのかは微妙なところである。

その瞬間を俺は知らないが、切羽詰まった声から察するに巻き込まれては……いや、ミオとケイなら自ら飛び込んでくるタイプか。


「まずは軽い物でもどうぞ」


 先程の美人さんである。軽食を運んできたようで、給仕のようにテキパキとセッティングしていく。

部屋にあるテーブルセットは頑丈そうでありながら、凝った装飾が施されている。結構お高そうだ。実際はどうか知らないけれど。


「食べながらでいいので、私より主人あるじ様の現状を説明しますね」

「……よろしくお願いします」


 さり気なく主人様、と呼ばれたことに内心驚きつつ。

話が進まないと困るので、何とか疑問を飲み込んで説明をしてもらう。


「まず、場所について。此処は神殿となります。リーノス大陸にあります。近くには、大陸で唯一現存している国があります」


 分かってはいたけれど、聞いたこともない名前の大陸だ。そして今いる場所は神殿らしい。


「主人様の他に、数ヶ月ほど前に王城の方に勇者が異世界より降臨したと聞いております」


 これは同じような境遇であろう仲間先輩がいて良かったと喜ぶべきところなんだろうか。

というか、既に戦闘力になりそうな人員がいるのに……いや、というかって何だ?


「えっと?王城に降臨したのが勇者、ですか?」

「はい。勇者となる者は王城に現れると聞いています。主人様は神殿に降臨されたので、勇者ではないと判断されました」


 ちなみに王城というのは、この大陸にある国の中枢を指すようだ。見た目もお城なんだろうか。

ちょっと見てみたい気もするが、彼女の口振りだとご近所、というわけでもなさそうなので果たして俺に見る機会があるかどうか。

 俺は物騒そうな勇者という役割からは除外されているらしい。

見事に偏見しか持ってないが、まあ不幸に好かれる俺が勇者とか冗談抜きで味方側に迷惑しかかけそうにないので、とりあえず安心していいだろう。


「申し遅れました、私は神殿騎士のサリス。魔族です」


 色素が薄いのは、出自が関わっているようだ。魔族、と呼ばれる存在だという。

彼女の一族は全体的に色が薄く、魔族や人族の外見的特徴を持たない代わりに、かなり高度で繊細な魔力を扱えるんだとか。

 何となく存在してそうだな、とは思っていたがあるんだな……魔力。

この分だと魔法も普通に存在する世界なのだろうな、恐ろしい。



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