第2話 姉弟の非日常



「姉さん!ヒビキ先輩がっ!!」

何処のどいつよ!?」


 それは騒がしくも、二人の姉弟にとっては充実した毎日だった。

不幸体質の幼馴染みと活発すぎる二人は一見すると相性の悪いようにも見えてしまうが、地元では知らない者はいないとさえ言われるほどの気の合った仲である。

 その日も、不運っぷりを発揮して下校早々に何処かへと拉致された彼を探して、馬鹿共を締め上げる。

諦めた表情で「仕方ないな」と苦笑いする彼を囲んで、いつものように帰るつもりだったのに。


「ケイ!離すんじゃないわよ!?」


 突然の現象に、冷静に素早く対処出来たはずなのに。


「ケイ!無事よね!ヒビキ君は!?」

「あれ……何で、てか此処……」


 光が収まって、二人が目にした光景は、生涯忘れることが出来ないだろう。

見慣れた景色から、初めて目にする物すべてが異様で。


「なんと……こんなことが……」

「この世界に降臨する者が、まさか複数人存在するとは」


 寂れた、夕暮れの近い薄暗い廃倉庫にいたはずなのに、周囲は昼間のように明るい。

風通しの良すぎる場所ではなく、頑丈そうな建材で造られた建物内。

緊張感漂う雰囲気はしかし、二人の出現で困惑しているようにも感じられる。

周りにいる人間は、先程までミオとケイによって沈められた不良達ではない。

それどころか、何とも不思議な色合いを持った、この世に存在するとは思えない人達。

ーーいいえ、そんなことよりも言葉が分かるのならば!


「あの!もう一人、男の子を見ていませんか!」


 様々な疑問よりも、大切なこと。

何となく予感めいた何かを察していながらも、諦め切れずに問いかけて返されたのは。


「それでしたら……」


 告げられた言葉にどう返したのか、否、その会話以降のことを思い出せない。

それくらい衝撃的で、今までにないほど取り乱してしまった。

あの時の感情はきっと、これからも引き摺っていくことになるのだろう。


 あまり自覚してはなかったけれど、幼い自分が、そんな深い絶望。

ミオとケイという姉弟にとって、ヒビキという人間は欠けてはならないものだったのだと、初めて気付かされた出来事であった。


◇ ◇ ◇



 最初の頃は、何も分からなくて混乱ばかりで、ちっとも冷静になれなかった。

意外にも結論をさっさと出して、「しっかりしろ」と怒ってくれたのは弟のケイだった。

 あの時、異変の中心にいたはずの大切な幼馴染み。

確かに一緒に……というよりも、ケイと二人で訳も分からずに変な光に自ら飛び込んだというのに、今彼の姿は近くにない。


「ヒビキ君を早く探し出す為にも、頑張らないと」


 ミオとケイの二人は、他の勇者候補の誰よりも死に物狂いで、貪欲に思うがままに異世界で生きる為の術を食らっていた。

知識が十分な量になったら、二人の得意分野である身体を動かす方ーーつまりは、戦闘訓練を始めると事前に言われていたからだ。

よく学び、二人で復習しては決意を新たに日々を送る。

別口で来たという少女には受け入れられなかった、此処で生きる為に必要不可欠なものたち。

 きっとちょっぴり不幸で優しい彼にも向かない、荒事の類。


「姉さん!いよいよ戦闘訓練ですね!」

「時間まで復習するわよ、ケイ」


 この世界には、“魔獣”と呼ばれる理性の失った獣が大地のほとんどを支配している。

所謂モンスターとか魔物とか、見境なく人を襲うモノの総称であり、敵性生物として分類される。

もう少し詳細が聞ければよかったんだけれど、今までの勉強にはあまり出てこなかった。

今後に期待、と言ったところか。

 世界情勢は、魔獣に抗う者と、人々を狩るモノーー人族・魔族と魔獣の二つの勢力。

古代には神と呼ばれる超高位の存在もいたとされているが、果たしてそれが真実なのかは人族には分からない。

闘争ばかりで疲弊していた古代の人族にとって、あまりに関わりの少なかった存在は後世に残すべき知識ではないと判断されたのだ。

 対照的に、人族と魔族の違いについての知識は様々ある。

最も重視すべきものは、魔力操作の技能であるとされる。

魔力の扱いが乏しい者は人族で、繊細で高度な操作が可能な者が魔族という分け方であるが、人族の中にも稀に才能に恵まれた者が産まれることがある。


「それが元王女っていう人でしたっけ?」

「ええ、そうらしいわね。神聖魔法っていう、人には扱いが難しい魔法を使えるみたい」

「俺らはどんな魔法に適性があるんでしょうか……」


 復習のつもりが、やはり一番気になる魔法の話題へと移っていく。

片っ端から使ってみて適性を見極めるという何とも脳筋的なやり方ではあるが、分かり易くて大変結構だと二人は思っていた。

使える使えない問わず、まずはどの魔法もやってみたかった二人にとって、今日から始まる訓練は非常に楽しみな要素しかないのだ。


 自分があまりにも役立たず無力だと、知ってしまったあの日から。

地元周辺では負け知らずで知られていた二人は、異世界だろうとやっていける自信が密かにあった。

しかし、この世界の現実を遠巻きにであるが見せられた時、今のままヒビキを探しに飛び出しても辿り着けないのだと悟った。

所詮獣だからと、侮っていた。でも違った。

 魔獣は常に活発に動いてはいるが、数ヶ月に一度だけ、統率の取れた大軍勢となって人々の生活を奪い去ろうと襲撃を仕掛けてくるという。

その時の強さは普段よりも手強くなり、一瞬の迷いが死に至る可能性すらある。

残念ながら戦闘の常識を知らない現在のミオとケイは、通常の魔獣でさえ満足に倒せない状態なのだ。

 目標を見失わないように、まるで、姉弟は毎日のようにヒビキの話題を積極的に話していた。

ヒビキのことは、二人だけの大切な秘密だ。

というのも、古の呪いが蔓延っているとされる世界で、現状が全く分からない幼馴染のことは誰にも知られたくなかったのだ。

呪いに関しては神殿に多くいる魔族の方が詳しいらしいが、今のところ、彼らに会う機会も口実もない。

何がどんな影響を与えてしまうか分からない以上、迂闊に他人との会話に出してはいけないと判断したのだ。


「まずは真剣に訓練に参加する」

「実力がついたら実戦で、どんどん経験を重ねていく」

「ええ。彼は絶対にこの世界にいる。今はそう思って、ひたすら鍛錬するのみよ」


 自分自身が強く信じていれば、必ず道は切り開かれる。

 今はただ、自分の直感を信じて耐え凌ぐ時。

 ミオとケイは互いが暴走しないように気を付けながら、着実に力を伸ばす為に努力を重ねていくことを改めて誓い合った。

 

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