勇者と使徒の狂想曲
ゆいのみや
序章
第1話 彼らの日常
世界は理不尽と不平等で出来ている。
そんな悟りにも似た想いを少年が抱いたのは、いつのことだっただろうか。
わりと早かった気もするし、つい最近だったような気もする。
よく晴れた青空。雲一つない。
ぽっかりと開いた天井ーーというよりも、朽ちて一部が抜け落ちた屋根から見える空は憎らしいほど清々しい。
地元にある廃倉庫群の一角で、一人の少年がぼんやりと穴から見える空を眺めていた。
残念ながら見慣れてしまった倉庫内は、特に変わり映えのないいつもと同じ光景で、何より居合わせる人間が恐ろしくて彼は必死に現実逃避をしている最中なのだ。
何処からか運んできたのか、最初からあった物なのか分からない最低限の家具に、遊び道具らしき物が散乱している。
ついでにパッと見、善人ではなさそうな人間もそれなりにいる。
雑談しながら入口の方を気にして、そわそわと落ち着きがない。
平穏を望む
◇ ◇ ◇
「ごめんねえ、加賀美君。またうちのボスが無理言っちゃって」
謝るくらいなら、最初から人のことを拉致同然に連れて来ないでほしいものだ。
理由が理由なだけに、毎回無理矢理付き合わされる身としては、呆れるばかりで。
ーーなんて、反論出来たら良かったんだが。
反論したとして、素直に聞いてくれる連中ではないと少なくない付き合いから察しているので、わざわざ無駄な努力はしない。
その程度で頭に血が昇って暴れ回る連中ではない……とは思うが、用心しすぎて困ることなんてないからな。
決して不良君達を恐れているわけでは……いや、これ以上何も言うまい。
「とりあえず、あの二人が来るまで寛いでいってよ」
爽やかな笑顔。実にいい笑顔だ。
こんな見た目が優等生にしか見えない輩も不良の仲間入りだなんて、地元は何故こうも荒れているんだ。
まあ原因に心当たりがあるし、無法地帯というわけでもないから環境としたらそこそこなのだが。
むしろ他の地域よりも不良共に関しては統率されている、まである。
俺以外の一般人からしたら、何も問題無く平和に過ごせるだろう。
目の前のテーブルには軽食が並べられている。
不良の溜まり場にはもったいないクオリティであるが、そんなことは決して口にはしないし、今の状況で軽食を口に入れるような度胸もない。
見た目は美味しそうだがこんな所で運試しなどしたくはないのだ、俺は。
普段は普通に美味しい軽食だったとして、“ハズレ”を引いてしまうのが俺という存在だ。
何故かって?答えは簡単、不運に好かれているのである。
その他食事以外も非常に丁重なおもてなしではあるが、気が休まることはない。
この後、何が起こるか知っているからだ。
しばらくすると賑やかな声が聞こえてきた。
「あ、ヒビキ先輩発見!」
達観したような気分でその時を待っていると、聞こえてきたのは明るく弾んだ声。
これから俺にとっての地獄がやってくるというのに、いい気なものだ。
「よくやったわ、ケイ!ちょっとあんた達、ヒビキ君に怪我……させてないでしょうね?」
倉庫入口付近に現れたのは、二人。今日はお仲間を連れて来ていないらしい。
久しぶりに思う存分遊びたいのだろうか。
「当たり前だろ!神田さんとの約束は破ってないぜ!」
どこに潜んでいたのか、わらわらと元気の良すぎる輩が出てきて、二人を囲む。
これ、もしかして此処で全員対二人とかやる気でいるんだろうか。他所でやってくれないかな。
広い倉庫内とはいえ、何が飛ばされてくるか分からない場所に居続けるなんて恐怖でしかない。
見慣れてる廃倉庫とは言っても、不運に好かれる俺が何事もなく安全地帯に逃れられるはずがない。
今からでも別の場所に移動して……ああ、無理だ。
彼らにとっては楽しく有意義な、俺的には地獄の時間が始まってしまった。
今日は肉弾戦だけだろうから、流れ弾という名の吹っ飛ばされてくる人間に注意しておくだけで危険を回避出来るだろうか。
ーー何でこんなに不幸なんだろう。
今更思い悩んだって仕方ないことは理解しているのだが、あの二人を見るとどうしても思わずにはいられない。
何故ならば、俺がどんなに頑張って
たまに弟のケイも笑顔で厄介事運んでくるけれど。悪魔かあの二人は。
自他ともに不幸体質だと認めているが、大抵の場合は今現在楽しそうに喧嘩を片っ端から買いまくる二人のせいだと思っている。
二人の干渉さえなければ、ちょこっとだけ運の悪い人間でしかなかった……はずだ。
家も隣、親同士も仲が良く年も近いとあって、幼い頃から互いの家を行き来して遊んできた。
その辺にいる少年少女とは違う、濃密すぎる、俺的には不幸としか呼べない思春期。
おかげで反抗期している暇などなかった。それどころじゃない。
裏で狂人と囁かれていれる姉弟とは、幼馴染みである。
それぞれ上下一つ違いなので、必然的に通っている学校でもトラブル続きだ。
なら違う高校に通えばよかったって?甘いな。
ミオとケイのおかげで不良君達から認識されて、しかも何かと不運を呼び込む俺が、頼りになる二人から離れることなど死活問題だと。
何がどうなったのか二人は勉強も出来る上に喧嘩の腕前まで上げていき、地元周辺では知らない人間がいないのではないかと思うほどの知名度と強さを誇る。
もっとも、その原因の一つを知っている身としては強く意見出来ない。
トラブル量産機とは言え、二人は何だかんだで大切な幼馴染みだからな。
すべては俺自身の不幸体質と、なんというか……いろんな要素が重なりあった結果だ。
俺も二人のようになれたら多少はマシになったのかもしれないのだが、母さん譲りのドジ……を超越した何かのおかげで、そんな夢は呆気なく潰えた。
いや、別に二人のように不良相手に喧嘩をしたいわけでもないから、それは夢とは呼ばないか。
「ヒビキ先輩!無事で良かったです!」
ケイに向かってくる相手は少なかったようで、あっという間に制圧したようだ。
彼のことだから、相手にも気を遣って互いに怪我しないように立ち回っていたんだろうけれど、それでいてこの速さはさすが神田家の人間、と言ったところか。
あれだけ暴れ回っていたというのに息切れもしてないようだし、まだまだ足りない様子にすら見えてしまうのが末恐ろしい。
「全然前と変わってないじゃない!ヒビキ君に手出す前に腕上げなさいって言ったでしょう!?」
「いや、お前ら二人の基準で言われ……ぎゃああっ!」
最後の一人をあっさり倒して、不満気に地に伏した男共を見下ろしているのは、姉であるミオだ。
慣れているとはいえ、弟のケイ同様に不良共を擦り傷一つ負うことなく沈められるのは……いや、味方である分には頼もしいから深くは考えないでおくか。
「うわっ!!」
たまには文句の一つでも言ってやろうか、なんて珍しく挑戦的なことを考えていたバチが当たったのだろうか。
何の前触れもなく怪しげな光に包まれたのは、帰る前に愚痴でも言おうかと口を開きかけた時で。
「先輩っ!?」
「ケイ!離すんじゃないわよ!?」
近くにいたケイが俺の腕に触れ、ミオが物凄い形相で走り寄ってくる。
せっかくの美人が台無しだ。
しかし何がどうなったのかを把握する前に、俺は呆気なく意識を失ってしまったのだ。
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