第4話:私の歓迎会_2
しっかり相崎さんにメールの返信をして、胸を躍らせて迎えた歓迎会当日――。
「それじゃあ、バイトに来てくれた千景ちゃんに、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
大きなジョッキを鳴らせて、みな一気に飲み干している。
(おぉ……すごい……)
私はビールもあまり得意ではなかったが、まったく飲めないことはない。あの独特な香りと味が苦手だった。ビールを美味しそうに飲む周りの姿を見て、私にはさっぱり理解できなかったが、カクテルのような甘いお酒を飲まない人には、私がビールに対して思う感想と同じ感想を抱いていると思うと、なんだかしっくりいった。
(好き嫌いは人それぞれだもんね。誰が決めるものでもないし)
と、心の中で思いながら、私は目の前のジョッキとにらめっこをしていた。一口口にしてから、ずっと膠着状態が続いている。飲めないことはない……が、さすがにジョッキなみなみ一杯分は厳しい。
着いてすぐお手洗いに行ってしまい、『一杯目はみんなジョッキのビールで良いかな?』という質問に答えられなかったのだ。グラス一杯程度であればなんとか飲み干せるが、こうも多いと気持ち悪くなってしまう可能性がある。
(どうしよう……この量残すのもあれだし……)
にらめっこは終わらない。素直に『飲めない』と言えば良いのだろうが、なかなかその一言が言い出せなかった。
「……千景さん? どうしたの?」
「え、あ、うん……」
私の隣には、広絵と航河君が座っている。いつまで経っても一口以上口をつけないまま、ジョッキを眺め続ける私を不審に思ったのだろうか。
「ビール嫌い?」
「嫌い……ではないけど、ちょっと苦手……。この量は厳しいなと思って……」
「それなら、俺飲もうか?」
「え!? ダメだよ! 航河君思いっきり未成年じゃん!」
「あ、バレた?」
「バレバレだし、なにその右手に持っている物は……」
「え、これ? タバコですけど?」
「未成年……!」
「千景さん、そういうの気にするタイプ?」
「気にする。友達ならね。それに、私タバコ嫌いなんだよね。煙吸うと、すぐにむせちゃうから。……未成年じゃなかったらなにも言わないけど。今ちょっと見過ごせないかもしれない」
「あれ、そうなの? ごめん、千景さんと一緒にいるときは吸うのやめるわ」
「あ……」
航河君はすぐにタバコの火を消すと、そのまま灰皿へと捨てた。よく見ると、航河君の前にはウーロン茶が置かれていた。他にも、数席置いてある。未成年なのは今のところ彼とキッチンのスタッフ数人だけだ。年齢を気にして、未成年組には店長がウーロン茶を頼んだのだろうか。
(気を遣ってくれたんだよね……? 注意しなくて良いし、良かった)
「店長? 千景さん、ビール苦手だって」
「マジで? ごめん、ちゃんと聞けば良かったね」
「いえ、私もいなかったから、お伝えすることができなくて……」
「うやいや、苦手なら無理に飲まないで? 気分悪くなっちゃってもいけないし」
「あー、千景ちゃん、ビールダメなの? じゃあ俺もらおうかな? だから気にせず、好きなの頼みなよ」
「あ、早瀬さん、ありがとうございます!」
早瀬さんは私の目の前に合ったジョッキを自分の元へと手繰り寄せると、そのまま一気に飲み干した。
「ほい、おしまい。俺も新しいの頼もうかな。千景ちゃんはなににする?」
「えっと、じゃあ私はカシスオレンジで」
「それ、美味しい?」
「私はジュースみたいな方が飲みやすいので……。美味しいと思います」
「じゃあ、俺もそれ頼もうかな。――すみません! カシスオレンジふたつ!」
(一気に飲んでたけど、早瀬さん大丈夫かな……。間髪入れずに二杯目だし……)
ケロっとした表情で、早瀬さんは料理を食べている。その様子はなにも問題ないようで、酔っぱらっている素振りも、気分が悪そうな素振りも一切見られなかった。
(強いのかしら、お酒……)
思わず感心してしまった。自分ならすぐにお腹いっぱいになるだろうし、あんなに一気にアルコールを飲んだら気持ち悪くなってしまう自信がある。ザルや酒豪に生まれたいとは思わないが、ある程度耐性のあるほうが楽しく飲めそうで羨ましい。
「早瀬さん、ザルみたいだよね。全然顔色も変わらないし」
航河君が、こそっと私に耳打ちしてきた。
「……うん。ちょっとビックリしちゃった」
「俺も、最初見たときはめちゃめちゃビックリした。……あー、でも、素面っぽいからって油断しちゃダメだよ?」
「そうなの?」
「素面でも、油断しちゃダメだけど」
「……初めて会ったときも、そんなようなこと言ってたよね?」
「あの人女好き……女の子が好きだからね。若い子が好きなの、マジで」
「でも、私の倍以上の年齢……って言ってたでしょ? それなら、いくらなんでも守備範囲に入らないんじゃない?」
「そう思ってると、痛い目見るからね? 絶対にダメだよ? ついて行かないって、航河さんと約束して?」
「は、はい……」
航河君は私に小指を差し出した。
(指切りする……ってこと?)
「約束!」
「……う、うん……」
私は航河君の小指に自分の小指を絡めると、小さな声で指切りげんまんをした。すぐに離れた小指は、なぜだか熱を帯びているように感じた。
(き、緊張したぁ……!)
「そこ、なにやってんの?」
「早瀬さんが千景さん誘っても、ついていかないようにの指切りでーす!」
「おい! なんで航河が決めてるんだよ!」
「危険だからでーす!」
どっとその場に笑いが起こった。
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