第3話:私の歓迎会_1
「わざわざありがとうございます。歓迎会なんて開いていただいて……」
「全然! みんな入ったときはやってるし、飲み会好きだからね、ここのメンツ」
「そうなんですね。……飲み会は、雰囲気好きです。あと、お酒のつまみになるようなやつとか……」
「美味しいよね? 俺も好きだよ。店長権限で、行ける人はみんな集合にしちゃお」
「あはは、無理させないでくださいね?」
「強制はしないよ? それだと楽しくないからね。でも、久々の新人さんだし、大勢集まるのもこういうときくらいだし、みんな喜んでくると思う」
相崎さんが、私の歓迎会を開いてくれるそうだ。学生同士の飲み会は、大学やネットのオフ会でよく行く。私自身、そういう会は割と好きだ。だから、予定が合えば極力行くようにしている。さすがに高い額は払えないから、場所や人数、回数は選ぶが。
「なにか食べたいものある?」
「うーん、難しいですね。でも、私あんまり焼酎とか日本酒みたいなのは飲めないので……。そういうものより、サワーとかカクテル、ソフトドリンクが多いお店だと助かります。嫌いじゃないんですけど、お酒そのものがちょっと、弱いみたいで……」
「おっけー。ソフトドリンクの種類多めのお店探すね? あとはノンアルコールカクテルとか。じゃあお店決めたら連絡するね。都合の悪い日ある?」
「うーん、できれば金曜か土曜が良いです。そこなら、今のところ調整できるかなと」
「了解。あ、千景ちゃんは費用かからないからね? 社員で払うから」
「えっ、良いんですか?」
「もちろん! 歓迎会なんだから!」
「ありがとうございます!」
(正直助かる……!)
一人暮らしで飲み会が頻発するのは辛い。雰囲気が好きだからこそ、行きたいと思ったときに参加できないのは悲しい。
以前はとくに、バイトの時間が楽しくなかった。前のバイト先は、人間関係がギスギスしていて、こんなふうに歓迎会なんてなかったし、あとから知ったが特定のアルバイトの子へのイジメのようなものがあったらしい。入るタイミングが異なっていて、ほとんど被ることがなく、仕事をしていた二年の間で、最初のほうに数回しか会わなかったあの子。最後はシフトも操作されていたらしく、まったくいない月もあった。一緒になることもほぼなかったし『学校が忙しいのだろう』くらいにしか思っていなかった。
それを私が知っているのは、その子本人から最後バイト先に来たときに聞いたからだ。たまたま着替えるときにロッカーで会った。先に出て行ったその子は、お店のキッチンに貼られたシフトを確認して、泣きながら戻ってきたのだ。『もう無理です』と言ったその子は『どうしたの?』と問いかけた私に、ポツリポツリとあったことを話してくれた。
なにも知らなかったことを、思わず謝ってしまった。心にも無いことを、と思われただろうか。でも、そのときはその言葉しか浮かばなかった。知っていたら、なにが変わっていたのかはわからない。率先して社員がやっていたことだ、ただのバイト、それも未成年の私には、なにもできることはなかったかもしれない。ただ、話くらいは聞けたのに、と思うこともあったが、それをその子が求めていたかどうかは別だ。
いじめを見過ごしたようで、とにかく後味の悪い出来事だった。そのとき私にできたのは、『お疲れさま。あなたはなにも悪くないよ。ここまで本当に、頑張ったね。もう頑張らなくて良いよ』と伝えることと、もう二度とこの店に来たくない、そう言った彼女の代わりに、制服を洗って店に返すことだった。
連絡先は聞かなかった。顔を合わせることも少なく、まだこの店にいる人間となんか、交換したくも無いだろう。思い出したくないことを嫌でも思い出してしまう。
……果たして彼女は、元気にしているだろうか。
相崎さんの仕事は早く、その日のうちにお店が決まっていた。私の希望通り、飲みたい物の多いお店。調べてみたら、こぢんまりとしたお店のようだったが、口コミサイトの評価は高く、料理も楽しみになった。
(美味しいご飯食べながら、美味しいお酒やジュースが飲めるのか……最高……幸せ……)
体質的にそんなにお酒を飲むわけではないが、やはり折角の機会だ。酷く酔わないレベルでは楽しみたいと思っている。
夜遅く届いた、そんな相崎さんからのメール。課題が残っておりまだ起きていたが、返信するのは躊躇われた。
(そういえば、新メニューの試作があるって言ってたっけ。お店はとっくに閉まっているはずだけど、それで残ってたのかな?)
一生懸命、メールの文面を考えるが、眠さで頭が働かない。
(課題もそろそろ終わるし、返信も明日でいっかなぁ。この時間に送っても、気を遣わせてしまいそうだし)
メール本文には、『夜遅くにごめん』の一言と、『返信は明日で良いから、もし起こしちゃってたら本当にごめんね!』の文章が添えられていた。こんな言葉が丁寧に添えられているのに、返信するのは野暮だとも思える。
「ふあぁ。眠い。……うん、やっぱり明日だよね」
時刻はもう深夜一時。普段なら眠っている時間だ。相崎さんも、遅くまで仕事とは頭が下がる。とても真似はできないが、なにか手伝えることがあればできる範囲で手伝いたいところだ。いつも、相崎さんはなにかとフォローをしてくれる。そのお返しが、できるタイミングがあれば良いのに。
返信自体を忘れないよう、明日の朝もまた開くパソコンに、付箋を貼った。『相崎さんへの返信』とメモを書いて。
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