案10:謝罪文芸部・聖夜の裏番組


 僕は正座している。


 黒部先輩は座布団を推めるが、とてもそんな気分ではなく、フローリングの感触を膝で確かめている。段差が小さい上質さのおかげで苛むのは硬さと冷たさだけだ。その冷たさも体温を与えて徐々にマシになる。その分だけ体力を使っているとはいえ、体感はさほど辛くもない。それが逆に、今の僕を惨めにさせる。


 先輩は諦めて作品を読み始めた。今回は長い話でもないが、先輩は二度三度と上下にスクロールし直す。僕には驚きはない。今回は本当に、先輩を驚かせたと思っている。悪い方へ。


「君の心境はわかった」


 先輩はスマホを置いた。僕は額をフローリングにつけた。もちろん冷たいが、先輩を冷やしているのは僕の作品だ。痛み分けには足りなすぎる。



『案9:ダイモス』


 文芸部のいつもの3人に、赤羽りせ先輩を交えて賑やかにやっている。


 具体的には、黒部先輩が読んでいる横で、りせ先輩は少し前に読んだ作品に登場した小物を手作りしている。折り紙の本を開いて、手元の作りかけと見比べながら、ついにラフレシアを仕上げた。


 りせ先輩が顔を上げたら大きな蛾がいた。声を上げたので他の全員が気づいた。


 僕と瑞穂くんが立ち上がり、その蛾を追い払おうとする。翅を含めたら手のひら大の相手に対し、瑞穂くんは素手で、僕は手近にあったノートで、窓のほうへ追い立てる。


 どうにか追い出してひと安心のその場で、男子組はかっこつけて決め台詞を言う。


「男ってのはいいところを見せたくなっちゃうもんなんです。特に女の子の前では」


 台詞としては陳腐だが、相手がりせなので別の文脈を持つ。すなわち、自分とは別の属性を持つ存在として扱っていると間接的かつ強調して示している。


 という話を書くつもりで長らくの時が流れた。


 (作者エコエコメモ:作中ではここで読んでいる作中作は別の話ですが、ややこしくなるので作者エコエコプロットから対応する部分を出しています。この括弧内の文章は作中でも作中作中でもありません。なんだかややこしいな)



「つまり君は、書くつもりの話を書かずにいて、そのくせ『エタりました』の一言を出す勇気もなく、ずるずると日々ばかりを重ねていたわけだ。挙句、こうして謝罪文でお茶を濁している。出世街道をタクシーで駆け抜けたようだね」

「仰る通りです。情けない結果を見せてしまいました」


 顔を下げたままで答える。目を開けると黒部先輩の頭髪より短い縮毛を見つけてしまった。よくないものを見た気がして固く閉じなおした。


「日付を申してみよ」

「12月24日です‥‥」

「君が上がった時刻も」

「午後6時27分ごろです‥‥」

「私が期待したものはね、こんな謝罪じゃあないんだ。家を10分ほど出て、頭を冷やしたら改めてインターホンを押してくれたまえ」


 僕は顔を上げて、黒部先輩の横顔を見て、何も言わず背を向けた。荷物はポケットに全て入っている。スマホと、財布と、自宅や自転車の鍵。


 黒部先輩の家を出て、大通りへ続く道の先には、肉眼でもコンビニの看板が見える。暗い住宅地では看板がよく目立つ。


 ケーキやチキンを買う程度の小遣いはある。他には何かないか、店内を隅々まで眺める時間もある。黒部先輩なら何を喜んでくれるか、考えた結果をレジへ持ち込んだ。全てを選ぶほどの小遣いはないから、候補から2個だけを残して他を諦めた。勇気が必要だった。

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