第4話
朝礼が始まってしばらくすると、美雲から手紙が回ってきた。
『さっさと松坂と付き合え! バカセナッ!!!』
手紙は、折られていなかった。当然、回してくれた生徒にも丸見えだ。
『がんばれ、瀬名! 真央』
『松坂なら、簡単に落とせると思うぞ 田崎』
大きな美雲の字の下に、回してくれた2人の文字もある。
あまりのことに、私は立ち上がった。
「バカ美雲ーっ」
「涌井。喧嘩は、後にしろ」
「はい。すいません」
先生に注意されて、おとなしく座る。もう1度、美雲からの手紙を見た。
(そんなこと言われたって、無理だよ)
ちらりと、1番前の席を見る。松坂君は真っ直ぐに前を向いて、先生の話を聞いていた。
◇◇◇
私の性癖が暴露されて、6時間くらい経った。あれから、美雲は何も言ってこないし、みんなも触れてこなかった。
今日は部活があるから、恋愛の神様はお休みだ。
私は田崎君と一緒に、美術室に向かった。2人共、クラス委員だ。修学旅行の件で先生に呼ばれて、少し遅くなってしまった。美術室に入ると、みんなは既に画材の準備に取り掛かっていた。
松坂君は、もう絵を描き始めている。1番後ろの窓際の席を陣取って、外をしきりに眺めていた。今年の市のコンクールの課題は、『空と街並み』。美術室からは、空は見えても街並みは見えない。
(どんな絵を描いてるんだろう)
見てみたいけど、すぐに先客が現れる。1年生の吉岡さんだ。
1年生は入部して、まだ1ヵ月ちょっとしか経っていない。それでも、彼女は松坂君が好きだと公言していて、部活中は始終一緒にいる。
「すごいよな、吉岡」
田崎君は、苦笑いを浮かべている。
「松坂は、絵に集中したいだろうけど」
「そう、なのかな? 嫌そうには見えないけど」
そう口にした瞬間に胸が痛んで、私は話題を変えることにした。
「そういえば、田崎君は今年、何を描くの?」
「ん? これ」
田崎君は絵ではなくて、スマホの画面を見せてくれた。題材を決めただけで、描き始めてはいないのだろう。
「涌井は、どうするんだ?」
「写真集借りたから、今から決めるとこ」
「余裕だな」
田崎君は、おもしろがるように笑った。コンクールの話題だからか、他の部員も集まってくる。
「瀬名ちゃん、今から決めるの? 遅くない?」
「なんか、迷っちゃって」
「分かる。私もまだ、描きながら迷ってる」
笑いながら、コンクールについて話が盛り上がる。そんな中、副部長が「そういえば、聞きたいことがあるんだけど」と話を切り出した。
「外にある箱なんだけど。あれ、本当に叶ったって聞いたんだけど。たしか、瀬名ちゃんの友達じゃなかった?」
「はい。たぶん、そうです」
今朝の話は既に、階が違う3年生にまで届いているらしい。少し驚いてしまう。
「昨日の朝、入れたんだそうです。そしたら、その日の夕方に告白されたって」
「それ、本当ですかっ?」
教室の後ろから、大きな声で質問される。振り返ると、両手を胸の前で組んだ吉岡さんが、こっちを見ていた。
「本当に、恋が叶いますか?」
「みたい、だけど。吉岡さんはべつに、必要ないのでは?」
(今も、当たり前みたいに松坂君の隣りにいるのに)
「そうなんですけど。お守りは、いくつあっても良いじゃないですか」
吉岡さんは自信たっぷり、といった笑顔を浮かべている。
「えと、うん。そうだね?」
周りが困惑する中、私も戸惑いながら言葉を返したのだった。
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