第3話

「それと、これも」


 次に松坂君が取り出したのは、チケットだ。


「今度、田崎達と行くんだけど。もし予定が合えば、涌井もどう? こういうの、好きだと思うけど」


「ジオラマ展? イチノセさんって、なんか聞いたことあるような」


「こういうの作ってる人なんだけど」


 松坂君がスマホを操作して、イチノセさんのサイトを見せてくれる。街中の一画や校舎、教会の中。いろんな写真があるけれど、どれもが自作のミニジオラマだ。


「これ、SNSで見たことある。私も、行って良いの?」


「うん。男ばっかでも良ければ」


 松坂君は、一緒に行く人の名前を上げてくれた。同じクラスの子が3人と、違うクラスだけど美術部の子が1人。みんな、顔と名前が一致するし、気軽に話をすることもできる。


「みんなが良ければ、行きたい」


「ああ、ちょうど来た。おーい、田崎」


「おはよ。なんか、あった?」


「今度の日曜日、ジオラマ展行くだろ? 涌井も、一緒に良いか?」


 松坂君の問いに、田崎君はすぐに笑顔になった。


「ああ。涌井なら歓迎するよ。良かったな、松坂」


 なぜか松坂君は、田崎君の脇腹にパンチを入れた。力は加減されていたみたいだけれど、田崎君は脇腹を擦っている。


 そうしている間にも、人が増えてきた。私は席に戻って、カバンにチケットと写真集をしまう。

 様子を見ていたのだろう。しまったところで、友達に声を掛けられたので、3人組の会話に加わった。話題は、昨日の音楽特番についてだ。


「昨日のサオリン、かわいかったよね。アレンジも良かったし」


 吹奏楽部の真央が、鼻歌で再現する。気持ちよく聴いていると、慌ただしく走ってくる足音が聞こえた。


「瀬名っ。聞いてっ」


 振り返ると、息を切らした美雲が立っていた。その顔は、嬉しさを隠しきれていない。うまくいったことは一目瞭然だ。

 私は、できるだけ平静を装って聞いた。


「おはよう。どうしたの?」


「昨日の帰り。東先輩にコクられちゃったの。で、うんって返事しちゃったの」


 「キャーッ」と奇声を上げながら、美雲は真央の肩を叩いた。「痛いっ」と悲鳴を上げる真央は、心底迷惑そうだ。


「良かったね、美雲」


「うん。でも、ビックリだよ。まさか、本当に効果があるなんて」


「効果?」


 何のことか知ってはいるけれど、白々しく聞いてみる。美雲は、大きく頷いた。


「美術室の前に、『恋を叶える箱』があるのは知ってる?」


「それは、知ってるけど」


「だよね。美術部員だし。でね。D組の子が叶ったって聞いて、試しに紙を入れてみたの。そしたら昨日、コクられちゃったんだよねー。あの箱、すごいよっ」


 大声で包み隠さず話す美雲に、周りにいた女子達が「ほんとに?」と言いながら集まってくる。よく見ると、男子達も集まりはしないものの、気になっているようだ。


「ほんとだって。さっきから言ってるじゃん。私、今まで先輩のこと見てるだけだったんだよ? それが、話し掛けられるどころか」


 美雲は、両手で頬を包み込んだ。顔が真っ赤になっている。昨日の告白を思い出したのかもしれない。


「みんな、あの箱に入れた方が良いって。神社より効果あるんだから。特に、瀬名っ」


「へ? 私?」


 名指しされて、私は目を丸くした。みんなの注目が、私に集まる。


「だって、人のこと応援してくれるばっかで、自分の事あんま言わないじゃん。たまに言ったかと思えば、鉛筆を持つ腕がカッコいい、とか、座ってる時の背中から腰にかけてのラインが綺麗とか。変態かっ」


 教室中に私の性癖が暴露され、けなされるのも大問題だけど。それより、前方の席が気になって、冷や汗が出てくる。背中は、びっしょりだ。


「私は、瀬名にも幸せになってほしいの。さっさと松ざ」


「ニャーッ」


 私は大声で悲鳴を上げながら、美雲の口を塞いだ。そこへ、担任の先生が入ってくる。


「なんだ? 朝から、喧嘩か? みんな、1回落ち着いて、席につけ」


 先生に言われて、みんなが席に戻っていく。美雲を解放して、私も椅子に座った。

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